#025「目論見」
#025「目論見」
@シュエットの家、東海林の部屋
――チャーリーが去ったあと、入れ違いでフィッシャーが帰ってきた。期待に胸を膨らませて出掛けていったバイオリン青年は、意気消沈して帰ってきた。首尾は、わざわざ問うまでもなさそうだ。暴走して、撃沈したのだろう。
フィッシャー「聞いてくれよ、ショージ。いい線行ってると思ったら、全然駄目だった」
東海林「それは残念でしたね。何て言われたんですか?」
フィッシャー「『君の演奏は、ソリスティックで調和を乱す分子にしかならない。もっと周りの音を聴きながら弾けないと、オーケストラには相応しくない』だってさ。もう俺、穴があったら落っこちたいよ」
――歯に衣着せず、ズバッと一刀両断。なかなか手厳しい指摘をされたものだな。事実だとしても、もう少しオブラートに包んだ言いかたがありそうなものなのに。自分だったら、落ち込んだまま立ち直れない。
東海林「ずいぶんストレートに批判されたんですね」
フィッシャー「ウン。でも、悪いことばかりじゃなくてさ。テクニックは褒めてもらえたんだ。だから、そこを伸ばしつつ弱点を改めていこうと思うんだ。また明日から頑張るぞ!」
東海林「前向きだね。フィッシャーは不安にならないの?」
フィッシャー「何で不安になるの?」
東海林「自分は、世間一般からすれば、自分の才能は、それほど大したことないんじゃないかと、ふと考えることがあるんです」
――アレ? 何で自分が悩みを告白してるんだろう。フィッシャーを褒めて元気付けるつもりだったのに。
フィッシャー「自分で自分には才能があると信じなきゃ、大事な場面で充分にポテンシャルを発揮できないし、自分で保障しなきゃ、他に誰も保障してくれないよ?」
フィッシャー、東海林の背中側からソッと抱き付き、頭を撫でる。
東海林「そうですね。自分で才能を疑っていては、誰も信用してくれませんよね」
フィッシャー「よしよし。ショージは良い子だね」
東海林「フィッシャー。自分なら、もう慰めなくもらわなくて結構ですから」
フィッシャー「もうちょっとだけ、このままで居させて」
――何も考えず、悩みなんて一つも無いように見えても、心の内では深く思いを巡らせてるんだろうな。気持ちが落ち着くまで、させたいようにしておいてあげよう。
*
@シュエットの家、キッチン
ビクトリア「この皿で良いのか?」
シュエット「いえ。今夜は中華料理なので、青磁の皿を出しましょう」
ビクトリア、手に持った皿を戻し、別の皿を出す。
ビクトリア「この八角形の皿か?」
シュエット「それです。そこに置いておいてください」
ビクトリア「了解」
ビクトリア、皿を作業台の上に置く。
ビクトリア「しかし、面倒なことになったな」
シュエット「お互い、厄介なことになりましたね」
ビクトリア「変なことを聞くようだけどさ。そのルーシーという女は、どういう男が好みなんだ?」
シュエット「明け透けにいえば、容姿が優れていて、資力に富んでいる人物ですね」
ビクトリア「性格に難があっても、眉目秀麗で大金持ちなら良いのか?」
シュエット「身も蓋もない言いかたをすれば、その通りです」
ビクトリア「なるほどな。そういうことなら、うまいこと片付けられそうだ」
シュエット「したり顔を浮かべてますが、何か妙案でも思いついたのですか?」
ビクトリア「あぁ。タイミングさえ間違えなければ、何とかなる。ちょっと耳を貸せ」




