第三話 初対面
「……This feels like my own prison」
『まるで、自分のために作られた牢屋みたいだ。』
私は窓の外を眺めながら、ラフ語で静かに呟いた。
たとえ魔法が使えたとしても。
私は今も車椅子へ縛られ、この家の中へ閉じ込められている。
ここへ来てから、もう一ヶ月ほど経っただろうか。
家事や雑用にも流石に飽き始めていた。
とはいえ、今の私に出来ることなど限られている。
皿洗い。
洗濯物を畳むこと。
本を読むこと。
それだけだ。
フィリンは“信用するまで治さない”と言っていた。
だが、私は何をすれば信用されるのだろう。
ラフ人という時点で、十分危険視される理由になる。
私は小さく息を吐く。
結局、暇を潰すには本を読むしかない。
……あぁ。
そういえば、あの冒険譚について聞くのを忘れていた。
『勇者アーロの魔王撃退』
あれは本当に歴史なのか。
それとも、ただの創作なのか。
フィリンと話すのは嫌いではない。
だが時折、妙な感覚になる。
あの静かな目。
まるで全てを見透かしているような視線。
そして彼の言葉選びは、私自身へ“お前は何者なのか”を繰り返し思い出させてくる。
“他とは違うラフ”
“怒りを持たない”
“戦う心が薄い”
まるで血筋そのものを観察されているみたいだった。
しかも彼は、そんな私を助けてくれる。
変わった男だ。
……彼は、私の何を見てそう判断したのだろう。
私は再び窓の外へ目を向ける。
すると、またあの水色の少女が通り掛かった。
もう何度見ただろう。
ここまで来ると、偶然ではなくわざと通っているように思えてくる。
「……誰だろう」
思わず口から零れた。
「さぁな。俺にも分からん」
突然、背後から声が返ってくる。
私は反射的に腰へ手を伸ばした。
そこで、自分が丸腰だと思い出す。
こんなに日が経っても、警戒心だけは消えない。
インプラントの影響なのか。
それとも、士官学校で染み付いた習慣か。
振り返ると、そこにはフィリンが立っていた。
彼は私の動いた手を一瞬見ていたが、すぐ視線を合わせてくる。
「もうここへ来て、一ヶ月になるだろう」
そう言いながら、私の隣へ腰を下ろした。
「しばらく見てきたが、やっぱりお前は他のラフ族より落ち着いている」
私は少し首を傾げる。
士官学校の人間たちも、皆感情を抑えていた。
だが、軍属ではない一般のラフ人は違うのかもしれない。
フィリンは窓の外を見たまま続ける。
「この景色にも飽きてきただろう?」
静かな声音。
「魔法が苦手なことを除けば、お前はあまりラフらしくない」
そして。
「……ラフ族特有の、“戦うための心”が薄い」
そう言いながら、彼は私の太腿へ触れた。
触れられただけで鈍い痛みが走る。
まだ骨は完全には治っていない。
その時だった。
「恩恵の神によって愛されし者よ――立ち直れ」
低い詠唱。
次の瞬間、彼の手から光が溢れた。
同時に。
凄まじい激痛が全身を駆け抜ける。
「ッ……!!」
初めて魔導書を読んだ時の比ではない。
神経を直接焼かれるような感覚。
私は歯を食いしばり、車椅子の肘掛けを強く握り締めた。
意識が飛びそうになる。
……やはり魔力量が多すぎる。
私の身体が耐え切れていない。
『Magic detected within body』
頭部インプラントが警告を発する。
『体内にて魔法反応を検出』
その音声を最後に、私の意識は闇へ沈んだ。
次に目を覚ました時。
私はベッドへ寝かされていた。
また前にも言った台詞が喉まで込み上げる。
だが、今度は飲み込んだ。
横ではフィリンが静かに本を読んでいる。
私は掠れた声で呟く。
「やはり私は……魔法を使えない種族なんでしょうか」
パタン、と本が閉じられる。
フィリンは私へ視線を向けた。
「さぁな」
簡素な返事だった。
「前に試した時は、使えそうには見えた。
だがラフ族なんて、死体以外でほとんど見たことがないからな」
どうやら彼自身も分からないらしい。
「だが」
彼は視線を私の脚へ向ける。
「治癒魔法の時、随分苦しんでいたな。
足はどうだ?」
言われて、私は恐る恐る太腿へ触れた。
……痛みが無い。
完全に消えている。
私は僅かに目を見開いた。
やはり魔法というものは異常だ。
ラフ国の医療技術でも、ここまでなら数ヶ月は掛かるだろう。
私はそのまま立ち上がろうとする。
だが瞬間、頭痛が走った。
まだ身体へ魔力が残っているらしい。
視界が揺らぐ。
倒れかけたところを、フィリンが支えた。
「……ありがとうございます」
私は彼の腕を掴みながら、ゆっくり体勢を立て直す。
数秒もすると、頭痛も薄れていった。
余剰魔力の残滓なのかもしれない。
「治癒魔法が効いて良かったよ。
後遺症は少しあるみたいだが……まぁ、ラフ族だからとしか言えんな」
どうやら、本当に未知の存在らしい。
フィリンは私を一通り見た後、ふと思い出したように口を開く。
「なら買い物に付き合ってくれ。
お前の世話をしてたせいで、あまり遠出できなくてな。隣町で少し買いたい物がある」
随分唐突だった。
だが、それだけ信用されたということなのかもしれない。
「……いまから、ですか?」
私がそう尋ねると、フィリンは肩を竦める。
「まさか。もうすぐ日が暮れる。明日にしよう」
そう言って、彼は部屋を出ようとする。
そこで私は、気になっていたことを口にした。
「私は、どれくらい気を失っていたんですか」
治癒魔法を受けた時は、まだ昼だった気がする。
フィリンは振り返らずに答えた。
「数時間くらいだな。
最初はすぐ起きると思ったんだが、全然目を覚まさないから運んできた」
そう言い残し、部屋を出ていく。
私はその後を追うように立ち上がった。
しばらく歩いていなかったというのに、足取りに大きな違和感は無い。
むしろ驚くほど軽い。
その事実に少し戸惑っていると、フィリンがこちらへ気付いた。
「思ったより歩けるじゃないか」
感心したような声。
「なら少し外を散歩してみたらどうだ?
足の運動にもなるだろう」
「……いいんですか?」
ここまで簡単に外へ出していいのだろうか。
「日が暮れる前には戻れ。
街道さえ外れなければ迷わん」
そう言うと、彼は台所の方へ歩いていった。
私はそのまま外へ出る。
窓越しではなく、直接触れる外気。
草の匂い。
土の感触。
そして、どこまでも広がる空。
歩ける。
それだけで、胸の奥が妙に高揚した。
私は感覚を確かめるように、家の周囲をゆっくり歩き回る。
傍から見れば不審者だろう。
だが、そんなことはどうでもよかった。
自由に動ける。
それだけで十分だった。
まだ少し時間がある。
私は、あの水色の少女が向かっていた方向へ歩き始めた。
今にも走り出したい気分だったが、士官学校では“治療後の激しい運動は禁止”と教え込まれている。
歩きながら見えるのは、遠くに点在する家々と畑ばかり。
しばらく進んでも景色は大きく変わらない。
やがて日が傾き始め、私は来た道を引き返した。
あれほどの骨折だったのに。
こんなにも歩ける。
……魔法とは、一体何なのだろう。
その時だった。
背後から声が掛かる。
「What’s this life for?」
『この人生は、何のためにあるの?』
聞き取れず、私は振り返った。
そこには、あの水色の少女が立っていた。
「こんにちは」
明るい……と言うには少し不思議な声音。
「ど、どうも」
フィリン以外で、初めて会話する相手だった。
だが挨拶の前、何か別の言葉を口にしていた気がする。
恐らく彼女の母国語だろう。
「初めまして、私ルーナ」
ルーナ。
銀河標準語にもありそうな響きだった。
ただの偶然だろうか。
「私は……ルミナス。よろしく」
私は少し警戒しながら答える。
妙な少女だ。
名前も。
雰囲気も。
「あなたよね?
いつも私に手を振ってたの」
そう言いながら、彼女は距離を詰めてくる。
まるで観察するように、私の顔を覗き込んだ。
「は、はい」
「どうしていつも家にいたの?」
その口調は不思議だった。
答えを知っているようでもあり。
何も知らないようでもある。
彼女は私を知っているのか。
それとも、本当にただ興味を持っているだけなのか。
だが、この警戒心は簡単には消えない。
私は少し言葉を選ぶ。
「足を怪我していて……外に出られなくて」
継ぎ接ぎのような返答。
「ふぅーん」
彼女は更に一歩近付いた。
そこで私は気付く。
彼女の瞳。
紫色だ。
今まで見たことのない色だった。
私は無意識に息を止める。
……彼女は、一体何者なんだ。
「これからどこに行くの?」
そう言いながら、ルーナは私の足元へ視線を落とした。
どこか妙な聞き方だった。
だが、私は深く気にしないことにした。
異種族なら、言葉遣いや会話の間も違うのかもしれない。
「もうすぐ日が暮れるので……保護してもらってる家へ帰ろうかと」
言葉を選びながら答える。
どこまで本当の事を話すべきか。
どこから隠すべきか。
その線引きがまだ上手く掴めない。
「ふぅーん」
また同じ返事。
まるで既に答えを知っている者のような声音だった。
「じゃあ、送ってあげるよ」
自然な口調だった。
けれど、その瞬間。
士官学校で叩き込まれた教訓が脳裏を掠める。
相手の善意を鵜呑みにするな。
会話は情報戦だ。
相手は既に答えを知っていて、確認のために聞いている場合がある。
彼女は私を探っているのか。
あるいは、試しているのか。
うっかり余計な事を口走るのを待っているようにも思えた。
……だが。
この場で警戒ばかり見せるのも不自然だ。
私は少しだけ人間味を作る。
「あ、ありがとう」
そう言って、再び家への道を歩き始めた。
しばらくは無言だった。
草を揺らす風の音だけが耳へ入る。
私は横目で彼女を見る。
やはり妙な雰囲気だった。
周囲から浮いている、と言うべきか。
そもそも周囲と馴染む気が無いようにも見える。
「ルミナスは、どうやってここに来たの?」
また探るような質問。
その瞬間、昔の訓練を思い出す。
尋問対策。
直接的ではない問い掛け。
雑談に見せ掛け、情報を引き出そうとする会話。
不用意に本当のことを話した者は、不合格になった。
私は数秒だけ考え、口を開く。
「……それが、よく覚えていないんだ」
即席の嘘。
「森で友達と遊んでいたら、急に気を失って」
穴だらけの話だった。
だが、後から補強はいくらでも出来る。
ルーナは特に追及せず、小さく頷くだけだった。
「私は最近、親の都合でここに来たんだ」
今度は彼女が話し始める。
「前いた場所の景色に飽きたみたいで、“違うものが見たい”って。だからこんな田舎まで引っ越してきたの」
その感覚は少し分かる気がした。
閉じた世界に居続ければ、外へ憧れる。
それは私も同じだった。
「最初はここ、あまり好きじゃなかったけど……」
彼女は空を見上げる。
「自然に慣れてきたら、ちょっと好きになってきたかも」
自然に慣れる。
その言い方からすると、以前は都会にいたのだろうか。
すると彼女は、私の考えを読んだように付け加えた。
「私、元々は王都に住んでたから」
王都。
なるほど、と私は小さく頷く。
確かに彼女の雰囲気は、この辺りの農民たちとは少し違っていた。
「ルミナスはどこから来たの?」
その質問に、一瞬言葉が止まる。
答えられるわけがない。
私は少し視線を逸らした。
「私は……田舎育ちだから、周りのことはあまり知らなくて」
無知を演じる。
それが今の私に出来る最善だった。
ルーナは相変わらず、小さく微笑むだけだった。
否定もしない。
疑いもしない。
その反応が逆に不気味だった。
そんな会話をしているうちに、家が見えてくる。
気付けば、日は既に沈み始めていた。
家の前には、フィリンが扉へ寄り掛かって立っている。
こちらを待っていたのだろう。
ルーナはそれを見ると、足を止めた。
もう送る必要は無い、と判断したらしい。
「じゃあ、また今度ね!」
明るい声。
そう言って彼女は来た道へ振り返る。
軽く手を振るルーナ。
私もそれへ手を振り返した。
「……もう友達まで出来たのか。やっぱり君は変わっている」
フィリンが少し感心したように言う。
それは褒めているのか。
それとも呆れているのか。
少し判断しづらかった。
「彼女、ルーナというらしいです」
私は彼の言葉を流しながら答える。
「ルーナ、か。聞かない名前だな」
フィリンは少し考えるように目を細めた。
「多分、噂で聞いた“最近引っ越してきた金持ち”の家じゃないか」
私は特に返事をしなかった。
何となく、まだルーナについて軽々しく話したくなかった。
「もっと早く帰ってくると思って待ってたんだが……」
フィリンは腕を組みながら続ける。
「歩けるようになった初日に、もう友達を作るとはな」
どこか感心したような声音。
……友達。
その言葉にはまだ違和感がある。
ルーナは確かに私へ興味を持っている。
だが、それが“私自身”なのか。
それとも“私の秘密”なのか。
まだ分からなかった。
「それで、足の方はどうだ?」
フィリンは視線を私の脚へ向ける。
「後遺症みたいなものは感じるか?」
私は少し足を動かしてみる。
違和感は無い。
かなりの距離を歩いたが、痛みも無かった。
「……特に異常はありません」
そう冷静に答える。
「そうか。なら良かった」
フィリンは短く頷き、そのまま家の中へ戻っていった。
私はその背中を見送りながら、ふと先程の少女を思い出す。
紫色の瞳。
妙に探るような会話。
そして。
まるで最初から、私を知っているような態度。
……ルーナ。
あの少女は、本当にただのエルフなのだろうか。
長くした事でもっと時間が掛かってしまいました。
5000字あたりを基本に目指してみます




