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空から堕ちた民達  作者: ナパパール
My Own Prison
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第二話 慣れるものとは

あの会話から、数日が経った。


私は未だに車椅子へ縛り付けられたまま、フィリンの家の中を彷徨うように過ごしている。


できることは多くない。


せいぜい彼の家事を少し手伝うか、窓辺に座って外を眺めるくらいだった。

けれど、この場所は平和だった。


風は静かで、土の匂いが濃い。

森は深く、川の音さえ穏やかだ。


そこには科学の痕跡がほとんど存在しない。


配線も。

排気音も。

ネオンも。

機械駆動の振動すら無い。


不思議なことに、私は次第に思い始めていた。


……この世界は、このままの方がいいのではないか、と。


ラフの技術を持ち込まないまま。

鋼鉄と煙で塗り潰さないまま。

そんな考えが、心のどこかに芽生え始めていた。


本でも読めれば時間を潰せるのだが、家の中にはほとんど見当たらない。

やはり、この世界では本は貴重なのだろう。


印刷技術が未発達なら、全て手書きになる。

大量流通などできるはずもない。


そしてある日の夕食時。

私はフィリンへ、本を持っていないかと尋ねた。


何もすることがない時間ほど、妙に長く感じる。


「あるにはあるよ」


そう答えた彼は、私には登れない階段を上がり、二階から数冊の本を抱えて戻ってきた。

私が登れない階段。


しかも、こんな田舎に見える場所で。

もしかするとフィリンは、それなりに裕福なのかもしれない。


彼が持ってきた本は二種類。

魔法の基礎書。

そして、題名からして冒険譚らしい本。


「俺たちの文字、読めるのか?」


フィリンが少し意外そうに尋ねる。


「少し……なら」


士官学校では、他種族の言語も多少教え込まれた。


今喋っている人族語

獣語。

魔語。

さらに、今ではほとんど使われていない古言語まで。


簡単な会話程度しかできないが、それでも最低限は理解できる。


だが、ずっと疑問だった。


機械翻訳が存在する時代に、なぜわざわざ肉体へ覚え込ませる必要があったのか。


今なら少し分かる。


誘拐、潜入、諜報。


そういう用途のためだったのかもしれない。


「分からない所があったら気軽に聞いてくれ」


フィリンは自然にそう言った。

ラフ族である私へ、妙なほど優しい。


やはり私は、他のラフ人のような“怒り”を持っていないのだろうか。


「……色々と、ありがとうございます」


相変わらず大きな声は出せない。

だがフィリンは、穏やかに笑ってくれた。


翌日。


私は早速、一階の窓辺で魔法の基礎書を開いてみた。


だが。


本を開いた瞬間。

目と頭へ激痛が走った。


「ッ……!」


反射的に本を閉じる。

頭蓋の奥を針で掻き回されるような痛みだった。


……身体が拒絶した?


そんな考えが浮かぶ。


本を開こうとした瞬間に反応した。

まさか、本そのものに?


私は試すように、もう一冊の冒険譚へ手を伸ばした。


題名からして胡散臭い。

だが、こういう本は読んだことがない。


『勇者アーロの魔王撃退』


恐る恐る頁を開く。

痛みは無かった。


私は少し眉を寄せる。

理由は分からない。


だが推測はできる。

魔法書だからだ。


本そのものへ魔法が施され、それがインプラントと干渉しているのかもしれない。


私はそのまま読み進める。

内容によれば、およそ六百年前。


魔王アクシアが空からワァーロン大陸――今、私がいるこの大陸へ侵略を試みたらしい。


だが勇者アーロによって撃退され、魔王軍はサーベント大陸へ追いやられた。


そこは、現在ラフ国が存在する大陸でもある。


もしこれが歴史書に近い内容なら


ラフ国が「魔王の末裔」と思われていても、不思議ではない。


もっとも、時代は二百年以上ずれている。


だが。


空から現れた侵略者。

異質な力。

機械。


……確かに、似ている。


今度フィリンへ聞いてみよう。


そう思いながら、私は窓の外へ視線を向けた。


その時だった。


一人の少女が、家の前を通り過ぎていく。

水色の髪をしたエルフの少女。

籠を抱えて歩いている。

この家の前は、あまり人通りが多くない。


通るとしても農作業関係の者ばかりで、むしろ四足で歩く馬や牛の方がよく見かけるほどだった。


だからこそ、一人の少女というだけで妙に目を引いた。


私は無意識に彼女を見つめていたらしい。


少女がこちらへ気付く。

整った顔立ちだった。


“美しい”や“綺麗”という言葉が、自然と似合う顔。


そう思っていると、彼女は不意にこちらへ手を振ってきた。


私は少し遅れて手を振り返す。


すると少女は、小さく笑ったように見え、そのまま道の先へ消えていった。


時折、通りすがりのエルフや人族と目が合うことはある。


だが、大抵は怪訝そうに一瞥するだけだ。


……あの少女は、何を思ったのだろう。


私は意識を戻し、別の本を手に取る。


獣族と魔族について書かれた本だった。


種族ごとの文化。

信仰。

能力。

魔法体系。


人族とは違う神を崇め、異なる理で生きていると記されている。


そして私は、何気なく魔族の魔法陣が描かれた頁を開こうとして


再び、痛みが走った。

だが今度は、先ほどより軽い。


私は眉を顰めながらも、そのまま読み進める。


すると、一文が目に入った。


『空を飛べるのは魔族のみ。

また、魔族魔法は他種族と類似しながらも、魔力構成が大きく異なるため、解析は進んでいない』


その下には、魔法陣の挿絵。

私はそれを見ようとして


瞬間、今までで最も強い痛みが頭を貫いた。


「ッ……!」


反射的に本を閉じる。

呼吸が乱れる。


指先が震えていた。


……今日は、もう読むのはやめておこう。


私は本を膝へ置き、そのまま窓の外へ目を向けた。


風だけが、静かに草原を揺らしていた。


「私はどうやら……魔力に弱いみたいです」


夕食の席で、私はぽつりとそう零した。


以前より少しだけ、自然に言葉が出るようになっていた。


「ほう?」


フィリンは食事の手を止め、興味深そうにこちらを見る。


「ラフ族は魔法を使えないとは聞いていたが、まさか魔力そのものに弱いとはな」


少し考えるように顎へ手を当てる。


「……いや。単純に、今まで全く魔力へ触れてこなかったからかもしれないな」


それは十分あり得る話だった。


魔法も魔力も、私にとっては本の中だけの存在だ。

知識として知っているのと、実際に触れるのでは全く違うのかもしれない。


私は少し躊躇いながら問い掛ける。


「私も……いつか魔法を使えるようになりますか?」


フィリンは少しだけ笑った。


「どうだろうな。

だが、魔法書を開くだけで痛むんだろう?」


そして肩を竦める。


「まずはそこから慣れるしかないんじゃないか?」


……なんだか、痛みに耐える訓練の方向へ進んでいる気がする。


「わかり……ました」


それから私は、毎日のように本を開いた。


最初は頁を開くだけで頭痛が走った。


だが日を追うごとに、少しずつ耐えられる時間が増えていく。


痛みに慣れたのか。

それとも身体が魔力に順応し始めたのか。


理由は分からない。


それでも、数頁程度なら読めるようになっていた。


読めた内容によれば、魔法は種族ごとに性質が異なるらしい。


生まれつき魔力量にも差があり、得意な属性も変わる。


そして魔法とは、“想像”によって形を成す力。


想像力に優れた者ほど高度な魔法を扱え、熟練者は詠唱すら必要としない。


だが、無詠唱には繊細な制御技術が必要とも書かれていた。


ほんの少ししか読めていない。

それでも、私は確かに“理解”へ近づいている気がした。


だが。


私のように、魔力へ全く触れず育った存在については、まだ記述を見つけられていない。


もし急に使えばどうなるのか。


最悪、身体が耐え切れず死ぬ可能性すらあるのではないか。


そんな考えも頭を過ぎる。

だからまだ、実際に試す勇気は無かった。


その日も私は、窓辺で本を読んでいた。

ふと外へ目を向ける。


あの少女だ。


水色の髪を揺らしながら、また家の前を歩いている。


彼女の名前は何というのだろう。

なぜこんな場所を通るのか。


そんなことを考えながら見つめていると、少女はまたこちらへ気付き、立ち止まった。


そして、小さく手を振る。

私は慣れたように振り返す。


少女はそれを見ると、どこか満足そうに歩き去っていった。


……脚が治ったら、名前くらい聞いてみようか。


そんなことを思いながら、私は再び本へ視線を落とす。


気付けば、この家へ来て数週間が経っていた。


魔法の基礎書も、以前よりはかなり読めるようになっている。


やはり、ラフ族が魔法へ全く触れてこなかったせいなのか。

それともインプラントが原因なのか。


未だ理由は分からない。


だが、読み進めるほど痛みが薄れていく感覚は確かにあった。


慣れ、なのだろうか。


その日も私は、初級魔法について書かれた頁を読んでいた。

すると珍しく、昼間にフィリンが部屋へ入ってきた。


普段の彼は二階にいるか、仕事で外へ出ていることが多い。

この時間に戻ってくるのは珍しい。


彼は私の読んでいる本を見て、少し口角を上げた。


「それで?」


机へ片手を付き、身体を寄せる。


「君みたいな族でも、使えると思うか?」


「ど、どうなんでしょうか……」


そう答えると、フィリンは私の本を取り、慣れた手付きで頁を捲っていく。


そして、ある頁で止めた。

そこには、水属性初級魔法について書かれていた。


「簡単なやつだ。

ウォーターボールでも作ってみたらどうだ?」


そう言って、彼は手のひらを上へ向ける。


瞬間。


透明な水球が空中へ浮かび上がった。


私は思わず目を見開く。


水が浮いている。


それだけでも十分異常なのに、何もない空間から物質を生み出している。


科学法則を、真正面から踏み潰していた。

私は真似するように手を差し出した。


……水。

何を想像すればいい?


蛇口から流れる水か。

それとも、以前映像資料で見た超音波振動によって宙へ浮く液体か。


考え始めると、別の記憶まで連鎖していく。


浮遊戦車。

航空機。

反重力機構。

兵器。


無数の科学理論が頭へ流れ込む。

私は目を閉じ、必死に形を思い描いた。


その時。


突然、フィリンが私の手を掴んだ。


「今日はここまでにしよう」


静かな声だった。

私は目を開ける。


だが周囲に異常は見当たらない。


失敗したのだろう。

フィリンの表情は妙に真剣だった。


……やはり、私には魔法の才能など無いのかもしれない。

そう思い、少し落ち込んでいると。


「別に、無才能ってわけじゃない」


フィリンはそう言った。


「ただ、お前は先に“魔力を扱う感覚”を覚えた方がいい」


そう言って、軽く肩を叩く。

そしてそのまま部屋を出ていった。


残された私は、しばらく自分の手のひらを見つめる。


あの言い方だと。


少しくらいは、私にも使えるのだろうか。

そんな淡い期待が、胸の奥に灯っていた。

もう少し長く書こうかなと思っているところです。

やはり英語の本ばかり読んでいると展開を早く書いてしまう。

改修するところです。

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