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空から堕ちた民達  作者: ナパパール
My Own Prison
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2/7

第一話 終わりの始まり

私たちは、神に捨てられた種族だ。


空の果てより訪れ、この地に根付いた異邦の民。

銀河標準語には、怒りを意味する Wrath という語がある。

原音でいえば、ラースに近い。

けれどこの地の言葉を通るうち、その響きは少しずつ歪み、いつしか私たちは《ラフ人》と呼ばれるようになった。


魔法を持たない。

魔力すら身体のどこにも宿さない。。


その代わりに、私たちは機械を使う。


歯車。

電気。

鋼鉄。

演算。


世界のどの国とも異なる理と技術を操る、まるで異世界から迷い込んできたような人種。


それが、私たちだった。


父の顔は覚えていない。

母の記憶も、輪郭が擦り切れている。

声も、手の温度も、思い出そうとするたびに霧の向こうへ遠ざかっていく。


幼い頃、私は「才能がある」と判断され、まだ歳も二桁に届かぬうちにラフ国の士官学校へ送られた。


気づけば、親元で過ごした時間より、この学校で生きた時間の方が長い。


ここでは、あらゆる知識を叩き込まれる。


機械科学。

電気工学。

高等数学。

飛行機が飛ぶ理論。

推進機関の構造。

演算処理。


他国ならば魔法で容易く叶える事を、何百年、何千年を費やしても辿り着いた学問。


「それらの習得が、私たちには日々の課業として与えられた。


「識別番号四二二七五四。士官候補生ルミナス・スカイウィーバー」


扉の前に立った教官が、抑揚のない声で告げる。


「次課程は、魔法圏外における生存訓練である。準備せよ」


発音は銀河標準語。


外の国々は、それをひとまとめに“ラフ語”と呼んでいる。


教官は静かで、感情を滲ませない男だった。

もっとも、彼は身体訓練担当ではない。だから穏やかなだけかもしれないが。


私は無言で敬礼する。


教官も同じように返礼し、そのまま個室を後にした。

金属製の廊下を歩く靴音が、徐々に遠ざかっていく。


私は小さな部屋に置かれた机へ腰を下ろし、備え付けの端末画面へ視線を向けた。

画面の端に表示された日付を見る。


表示されたカレンダーを見る。

もう十三歳だった。

ここへ来てから、既に5年が経っている。


十歳になった時、私たちは身体へ機械を埋め込まれた。


脳と接続された補助装置。

機器へ触れずとも操作できる神経接続。

同じ機構を持つ者同士だけに許された、声を使わない通信。


最初は気味が悪かった。

けれど今では、それも呼吸と大差ない

機械は、いつのまにか道具ではなく、私自身になった。


だが、次の訓練だけは楽しみだった。

初めて、この国の外へ出られる。


本や資料、人づての話でしか知らない世界。

魔法が存在する外界。

それを、自分の目で見られる。


そして翌日。


まだ陽も昇り切らぬ時間、私たちは教習所外の発着場に整列させられていた。

私を含め、五人。

今日は普段とは違う教官だった。


「お前らは運がない」


低く濁った声が、朝の空気を押し潰すように響く。


「なにしろ我々は、神にさえ見放された人種だからだ」


教官は一人ずつ、ナイフと拳銃を配っていった。


刃物の重み。

銃把の硬さ。


訓練場で幾度となく持たされたはずの重さと冷たさが、掌から心の奥底に沈みこむ。


「だが、それでも我々は生き残った。神の加護も、魔法の恩恵もなしに、我々はここまで築き上げてきた」


教官の足音が、整列した私たちの前を横切る。


「それはなぜだと思う」


誰も答えない。


答えることは求められていなかった。


「偉大なる先人たちが、未開の地を切り開き、脅威を制圧し、何もない場所から都市を築いたからだ」


その時だった。


轟音が空を裂いた。


一機の回転翼機が、発着場へ降下してくる。


巻き上がった風が制服を叩き、髪を乱し、砂塵を走らせた。


「お前らも同じだ」


教官は風の中で声を張った。


「未知を知り、既知としろ。

我々がどのような脅威の中で生きているのか、その身で学べ」


彼は回転翼機を指差す。


「帰還したなら報告しろ。

この世界が、どのような場所であったかをな」


そして最後に、ラフ人特有の言葉を口にした。


「バーンブライト」


直訳するなら『輝くほどに燃えろ』。


実際は『健闘を祈る』の方が近い。


私たちは無言のまま、機内へ乗り込んだ。


機体が離陸する。


地面が遠ざかり、士官学校の施設が箱庭のように小さくなっていく。


やがて眼下に、ラフ首都ダラスが広がった。


美しい都市だった。


林立する高層建築。

規則正しく伸びる道路。

その上を流れていく小型貨物車。

都市全体を止まることなく巡る光の線。


まるで巨大な生物の血流だった。


『マジックフィールド外縁まで、あと五分』


パイロットの声が、頭部インプラントを通じて直接脳へ響く。


マジックフィールド。


ラフ人を守るための対魔法結界。

その内部では、一切の魔法が使用できない。


ラフの機械は、過剰な魔力に触れると故障、あるいは暴走する。

だから私たちは、国土を思うように広げられない。


機械と魔法が共存させる方法は、何十年も研究されている。

だが、成果はほとんど無いと教えられていた。


『マジックフィールド外。着陸地点まで十分』


窓の外には、広大な平原が広がっていた。


その先には森。

さらに遠くには、青く霞む山脈が竜を思わせる威容で横たわっていた。


外の世界。


期待もあった。

だが、それ以上に緊張が強い。

私は士官学校以外の世界をほとんど知らない。


友達もいない。

ここは“士官”を育てる場所であって、子供を育てる場所ではない。


似たような境遇の子供たちだけが集められ、淡々と訓練を受ける。

嫌いでも、好きでもなかった。


母は昔、私を「特別な子」と呼んで頭を撫でた。

けれど、その意味はいまだに分からない。


成績は平均的。

身体能力も突出していない。


きっと、ただの親の褒め言葉だったのだろう。


そう思った瞬間。

機体が激しく揺れた。


同時に、警報音が鳴り響く。


『メーデー、メーデー! 攻撃を受けた! このままでは墜落する! 現在地を――』


操縦士の声は、最後まで続かなかった。


その身体が、吹き飛んだ。


服の中の赤と黒と白いものが、機内へ散る。


誰かが悲鳴を上げた。


次の瞬間、機体が大きく傾く。


身体が座席へ叩きつけられた。


骨が軋む。

視界が回る。


終わりだ、と理解した。


――ああ。


せめて死ぬ前に、本物の魔法を見てみたかった。


強烈な衝撃。


視界が、白く弾ける。


そこで、意識が途切れた。


だから私は、墜落の瞬間を覚えていない。


目を覚ますと、木造の天井が視界に入った。

木目の隙間をぼんやりと眺めながら、私は小さく呟く。


「……知らない天井」


昔読んだ物語にあった台詞。

こんな状況で思い出すあたり、自分でも少し可笑しかった。


どうやら誰かに助けられ、看病されていたらしい。

だが、同時に警戒心も頭を過ぎる。


ラフ人は嫌われている。

訓練でも何度も教え込まれた。

なら、これは捕虜か。

あるいは交渉材料か。


そんな考えが脳裏を掠める。

……訓練失敗だな。


外へ出て早々、敵か味方かも分からない者の手を借りて、生き延びている。


起き上がろうと身体を動かした瞬間、太腿へ激痛が走った。


「ッ……!」


息が詰まる。


訓練で教わった通り、両手で慎重に脚を押さえ、損傷箇所を探る。

かなり酷い折れ方だった。


これでは完治まで数ヶ月は掛かる。

少し動くだけで、焼けるような痛みが全身へ突き抜けた。


私は力なく、寝台へ倒れ込む。

これじゃ、どこにも行けない。


「……フ、フフ……」


不意に、自分でも分からない笑いが漏れた。

こんな激痛は初めてなのに、不思議と辛いとは思わなかった。


それ以上に、“外の世界へ出られた”という感情の方が強かったのだろう。


むしろ


もう帰る必要など無いのではないか。

ヘリは撃墜された。

おそらく皆死んだと思われている。


救助隊など、そう簡単には来ない。

このまま亡命するのも悪くない。


そんなことを考えていた時に扉が静かに開く。


入ってきたのは、ラフ人


……いや、違う。


ラフ人によく似た、別の種族だった。

その男は私の顔を覗き込み、静かに口を開く。


「君は、ラフの民だな」


私は黙ったまま彼を見返した。

彼が話しているのは、この大陸で広く使われる共通語だった。


当然、意味は理解できる。


だが、この状況で即座に返答するほど、私は愚かではなかった。


男は、答えを待たずに続ける。


「ラフの民は、戦いしか知らないと聞いていた」


ゆっくりと、言葉を選ぶような声だった。


「だが、君は少し違って見えた」

私は目を細める。


違って見えた。

それは外見の話だろうか。

それとも、別の何かを見たというのか。


そう言うと、近くの椅子を引き寄せ、ベッドの傍へ腰掛けた。


「聞きたいことは色々あるだろう。

だが、その前にこちらから聞かせてくれ」


静かな視線が向けられる。


「君の名は?」


私は少しだけ喉を震わせ、彼の言葉で答える。


「……ルミナス。

ルミナス・スカイウィーバー」


男はその名を聞き、少し考えるように目を細めた。


「ルミナスか。

ラフの民は、随分と独特な名を付けるんだな」


小さく微笑する。

敵意は薄い。

少なくとも今は。


では、ルミナス」


男は改めて私を見る。


「君はどうしたい?」


問いは静かだった。


「国へ帰りたいか」


その言葉に、私は黙り込んだ。


帰る場所。


そこでは、私は名前ではなく番号で呼ばれる。

命令され、評価され、次の訓練へ送られる。

必要とされているのは私ではない。


識別番号四二二七五四。


士官候補生。

ラフ国の駒。


それが、あの場所での私だった。


いっそここで新しい人生を始めるのも、悪くないのかもしれない。


そう思ってしまった。


だが、答えは出ない。


私はただ、男を見返すことしかできなかった。


その様子を見て、彼は肩を竦める。


「そんなに急いで決めろとは言わないさ。

ゆっくり考えるといい」


そう言って席を立ち、部屋を出ようとする。

その背中を見た瞬間。


「帰りたく……ないです」


掠れた声が、勝手に口から零れていた。


自分でも驚くほど自然に出た言葉。


男は足を止め、ゆっくり振り返る。

そのまま再び椅子へ腰を下ろした。


今度の視線には、疑念と好奇心が入り混じっていた。

おそらく、ラフ人と接する機会そのものが少ないのだろう。


「そうか」


男は、短くそう言った。


それから少しだけ目を伏せる。


「なら、少なくとも今は、君はラフの兵ではないな」


私は息を呑む。


男は続けた。


「ここにいる間、君はただのルミナスだ。それでいい」


ただの、ルミナス。


その言葉は不思議だった。


優しいようでいて、どこか恐ろしくもあった。


番号でも、候補生でも、ラフ人でもない。


そう呼ばれた時、では私は何者なのかと、急に分からなくなる。


男は私の沈黙を待ってから、話を続けた。


「最近、ラフの国は領土を広げようとしている」


彼の声は、先ほどより少し低かった。


「だから俺たちは、ラフから現れる“鉄の魔物”を止めるため、奇襲に参加した」


鉄の魔物。


おそらく、私たちが乗っていたヘリコプターのことだ。


「君の仲間は……墜落か、その後の戦闘で全員死んだ」


胸の奥が、わずかに沈む。


だが、強い悲しみは湧かなかった。


元々、深い関係などなかったからだ。

同じ機体に乗って、同じ訓練を受けた。


ただ、それだけだった。


「だが、君は生きていた」


男は言う。


「瀕死の君を見た時、他のラフ人から感じるような“怒り”がなかった。完全なラフには見えなかったんだ」


怒りを、感じる。

まるで心の内側を覗いたような言い方だった。


魔法か。


それとも、この種族にはそういう感覚があるのか。


男は静かに息を吐く。


「だから殺せなかった。……いや、殺すべきではないと思った」


その言葉に、私は呆然と彼を見つめる。


私を殺すかどうか。


その判断が、すでに下されかけていたことではない。


それは当然のことだ。

彼らから見れば、私は侵略者の一員なのだから。


呆然としたのは、この男は何を言っているのか、一瞬分からなかったからだ。


「君を生かすことには反対もあった」


男は淡々と言った。


「だから俺が預かることにした。俺が君を見極める。そういう形で、なんとか話を通した」


私は返事ができなかった。

助けられた。


だが、許されたわけではない。


その事実が、遅れて胸に落ちてくる。

男は私の折れた脚へ視線を落とした。


「脚は手当てした。命に別状はない」


そこで一度、言葉を切る。


「ただし、まだ完全には信用できない。君がラフの者だと村の者が知れば、君を殺そうとする者もいるだろう。君自身が暴れれば、俺も庇えない」


彼の目が、私を見る。


「だから念のため、身体の動きを少し封じている。立ち上がることも、武器を握ることも、しばらくは難しいはずだ」


私は自分の手を見た。


指は動く。


だが、たしかに力が入りにくい。


脚の痛みだけではない。


身体の奥に、薄い膜を張られたような違和感があった。


「……魔法、ですか」


私が尋ねると、男は少し驚いたように眉を上げた。


「分かるのか」


「分かりません。ただ、そういうものだと教えられました」


魔法。


ラフの機械にとって、もっとも危険なもの。


私たちの理を狂わせる力。


機械を壊し、時には暴走させる異質な力。

それが今、私の身体にかけられている。

本来なら恐怖するべきなのだろう。

けれど、不思議と怒りは湧かなかった。


別に責める気にもなれない。


きっと、私でも同じことをした。


「そういえば、まだ名乗っていなかったな」


男は軽く息をつき、少しだけ表情を和らげた。


「俺はフィリン。フィリン・スカーウッドだ」


その時になって、私は彼の耳へ視線を向けた。


長い耳。


訓練資料で見た種族。


エルフ。


「君の国からすれば、俺たちは殺すべき種族なんだろう?」


フィリンはそう尋ねた。


「俺を殺したいか?」


私はしばらく彼を見つめ、それから静かに首を横へ振った。

耳が長いだけだ。


それだけで、殺したいとは思わない。


……もっとも。


エルフの魔法は、ラフの機械にとって天敵だと教わってきたが。


それを見たフィリンは、小さく笑って立ち上がった。


「やはり、君は変わったラフだ」


扉へ向かいながら、彼は最後に言った。


「殺すには、惜しいかもしれないな」


そうして、フィリンは部屋を出ていく。


扉が閉じる。


静寂だけが残った。


私は天井を見上げながら考える。

私は、本当に特別なのだろうか。


母が言っていたように。

それとも。


ただ、どこにも属せないだけなのか。

色々ネタやネットのミームを描くことはありますが、名指しをする気はありません。


ルミナス視点での物語になる予定なので話が噛み合わない所があるかもしれませんが、できれば辛抱強く呼んでください。

感謝致します

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