浮気
2年B組のギャル代表こと、真島範子は気合が入っていた。
赤点の罰に通わされた塾の最終日翌日である昨日、大量の食材を買い込み、親友の綾波貴巫女の家のキッチンを占領し、悪戦苦闘の後、料理を一つマスターした。
後に貴巫女曰く、
「何でレシピ通り作って料理が爆発するのか。それが分からない」
と。
そして今日。
範子は計画を実行に移すべく、彼ピの部屋に向かった。
『彼ピのバイト中に部屋で手料理を作って待ってて、帰って来た彼ピに、のりりんが俺のためにうるうる、のりりん愛してる今直ぐ結婚しようと告白される大作戦』である。
その作戦名を聞かされた貴巫女は、「あっ…はい」と言って突っ込みを放棄した。
土日では無く金曜日を選んだのも、彼ピが塾通いの範子のために週末を開けてくれているからだ。
料理の練習に付き合っている間中、惚気を聞かされ続けた貴巫女にしてみれば、いつにも増して御馳走様な話だった。
ガチャッ
範子は懐から革のキーケースを取り出し、唯一の鍵を引き出して、アパートの玄関の鍵を開けた。
それは実家から離れて独り暮らしの彼が、恋人の証として渡してくれた合鍵。
「おじゃま~♪」
パンッ、パンッ
玄関を開けた範子の視界に入って来たのは一組の男女。
見慣れた裸の男と、四つん這いになって、男に後ろから突かれて善がっている見知らぬ女。
男の方は範子の彼ピこと、真一郎。
長めの前髪は天然パーマとは思えないほど様になっていて、スラッとした長い手足にかなりの高身長、街を歩けば女性なら10人中10人が振り向きそうなイケメン。
女の方は良くも悪くも化粧が無ければ10人並の顔だが、胸や尻の肉付きは範子より遥かに良く、真一郎が腰を打ち付ける度に、パンパンと小気味良い音を立て大きな胸を揺らしていた。
トスンッ
範子の手から力が抜けて、持っていたスーパーの袋が地面に落ちる。
中からコロコロとジャガイモや人参、玉葱が転がった。
範子の視線が彼ピと女の間を泳ぐ。
「の、のりりん?!」
真一郎は、真夏の生暖かい空気に気付いて玄関の方を見ると、範子の姿が視界に入って固まる。
「――んっ」
四つん這いの女も、お尻に感じていた衝撃が止まったので、不満そうに真一郎を見て、その視線の先を追って範子に気付いた。
ニヤリ
彼女は範子と視線が合うと、見下すような笑顔を作って無言で勝ち誇った。
「――っ! …しんちゃんのバカ~~~~~っ!!!」
範子は一気に涙目になり、振り返って走り去っていった。
彼女はドラマみたいに、彼氏へ詰め寄ったり、女に食って掛かったりするほど、攻撃的では無かった。
「………」
真一郎は暫く範子を見送っていたが、走り去る音が遠退いて聞こえなくなると、何も無かったかのように腰振り運動を再開した。
「ぁんっ♡ いいの?」
女は善がりながら、心にも無い心配をして理解のある女の振りをする。
「仕方ないさ。見た目はイイから連れ歩くのに丁度良かったし、具合もイイ、イイ金蔓だったんだけどな」
範子は典型的なギャルで、化粧映えもしてスタイルも良かったので、連れ歩けば周囲の視線を集め、彼の自尊心を大いに満たしてくれた。
見た目の割りに家が金持ちらしく、偶に金の無心をしても快く金を出し、安物で機嫌を取れたので都合が良かった。
それが学校の成績が落ちて小遣いを止められて、しかも塾に通わされて、夏休みなのに最近は週末しか会えていない。
だから彼は経験則から、丁度いい潮時だと思った。
「こんなことならハメ撮りしとけば良かったか」
真一郎は、口で言うほど後悔をしていなかった。
別に範子を思いやってハメ撮りをしなかった訳では無い。
便利な金蔓に逃げられる危険を冒す気が無かっただけのこと。
動画で裸を見て楽しむだけなら、目の前の女にボリュームが劣るのも理由の一つだった。
パンパンッ
「んんっ♡ あの子、鍵持って無かった?」
女は善がりながら、また邪魔をされないかと心配をした。
「戻って来るようなら言い包めるさ」
「戻って来なかったら」
「鍵を変えるか引っ越す」
パァンッ!!
女子高生に金の無心をするような男は気軽に言って、一際強く腰を打ち付けると身体を震わせた。
「―――っ!」
女は一際大きな言葉にならない声を上げた後、余韻に浸りながら楽しそうに呟いた。
「…悪い男♡」
* * *
「う゛ぇ~~~んっ! き゛ぃみ゛ぃこ゛ぉ~~~~~…」
範子は貴巫女の家に裏口から入って行くなり、彼女の薄い胸に泣き付いた。
「よしよし。お帰りなさい。何があったの? 砂糖と塩を間違えた? 転んで彼氏にぶち撒けた?」
貴巫女は親友の頭を撫でながら戸惑った。
範子は数時間前、意気揚々と彼氏のアパートへ料理を作りに行った。
その浮かれようと言ったら、予定を忘れて彼氏の次のバイト時間まで帰って来ないかも、と心配していたほどである。
いつも、範子は彼氏の家に泊まる度に、親には「貴巫女の家に泊まる」と嘘を吐いて、貴巫女と口裏を合わせている。
貴巫女の家の裏口から出て、裏口から戻って来るまでがアリバイ工作。
それが遅れるどころか、一晩もしないで戻って来れば戸惑いもする。
「ぐすっ……女の人……いた…………」
(あらぁ…)
貴巫女は目に手を当てて上を仰ぎ見て、茶髪のショートボブが後ろに流れ落ちる。
「彼氏に確かめたの?」
「…追って来なかった。…コネも遅かった…」
(あ、駄目だわこれ…)
ギャルの割りに論理的思考の貴巫女は、範子の言葉から最悪の状況だと理解した。
彼氏もその場に居たのに、範子を追わず、コネクトで直ぐに謝りもしなかった。
それは取りも直さず、彼氏が範子より目の前の女を優先したことを意味し、真っ最中だったことを疑える要素が欠片も無い。
今までに時々、バイトで会えないと言われたことも、嘘だったと考えられる。
(範子はこう見えて純情なのよね…)
範子にとって、真一郎は初めての恋人だった。
実家のせいでモテなくて、高校デビューして一年でやっと出来た彼氏。
そのせいで惚気が凄く、そしてその分反動も大きかった。
貴巫女は胸の中で泣き腫らす親友の背中を優しく擦りながら、彼女の気が済むまでとことん付き合ってやろうと思うのだった…。




