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極道一家:圧迫面接

「須磨楽人だな」


 週明けの月曜日。

 いつも通り塾に来た楽人は、突然ビルの入り口で4人の黒服に囲まれて声を掛けられた。


(「いいえ違います」って言えたらなあ…)


 どう見ても、冗談を言ってやり過ごせるような雰囲気では無い。


「はい。そうですけれど、どちら様ですか?」

「範子お嬢さんのことと言えば分かるな?」


 『質問に質問で返すな』と言うのは時と場合に因るが、少なくともこの場合は、名乗らない黒服たちに一方的に非があるだろう。


「範子に何かあったんですか?!」


 驚く楽人を見て、黒服たちは納得した様子で頷き合うと話を続けた。


「会って欲しいお方が居る」


 黒服はやはり質問には答えず、けれど有無を言わさぬ圧力で楽人に迫った。


 恐らくは範子の知り合い。質問に答えないのが怪し過ぎて逆に誘拐犯の線は低い。何より、【リアライザー(サーニャ)】を隠している俺には誘拐する価値が無い)


「きょっ! 今日中に帰れるならっ!」


 楽人は挙動不審な振りをして、黒服を避けるように通り過ぎる通行人や、向かいの歩道の通行人に聞こえるような大声を出した。

 彼らの大半が楽人たちを振り返り、その内の何人かが態とらしくスマホを操作する。


「そんなに掛からん」


 目の前の黒服が心外そうな顔で言うと、黒服たちは楽人を囲んだまま歩き出す。

 楽人は背中を押されるように一緒に歩き、路上駐車されていた黒塗りの高級車の後部座席に乗せられた。

 車内でも黒服たちは楽人を左右からガッチリ挟み、運転席の黒服は全員がシートベルトを締めたことを確認して車を発進させた。


「先に注意して置くが、これから行く先では、範子お嬢さんを呼び捨てにするんじゃないぞ」


 隣に座る黒服が楽人に忠告した。


「俺たちは良いが親分の前では禁句だ。分かったな?」

「…気を付けます」


(親分…か。嫌な予感しかしない)


 楽人は嫌な予感を犇々と感じていたが、範子を心配して付いて来た時点で覚悟はしているから今更だった。



 * * *



 数十分後。

 楽人がいざと言う時の脳内シミュレーションをしている内に、車は隣町に入った。

 やがて大きな屋敷の門を潜ると、そこには立派な日本庭園が広がっていた。


 広大な土地に溢れる四季折々の草木。

 静かなせせらぎの聞こえる池。

 まるで動物でも隠れているかと錯覚するような配置の石組。

 それらが森のように密集しているのではなく、幅広い石畳の道や砂地など、贅沢な土地の使い方をしている。


「おおぉ…」


 楽人はその美しさに感動した。

 中学校の修学旅行で寺社を巡った際に日本庭園も見たが、彼は言葉で言い表せない違いを感じていた。


 それもそのはず、多くの観光客が訪れる寺社は公共性が求められるのに対し、個人宅はそこに住む家人の望みを映し出すもの。

 一見同じように見えても違うそれは、大衆食堂と家庭料理の違いに近いと言えよう。


「坊主、スマホはマナーモードにしておけ」


 角刈りの黒服は、楽人の反応に気を良くし、彼が学生だと思い出して社会人の常識を諭した。


「あっ、はい」


 楽人も塾の講義中はマナーモードにしているが、今日はまだ塾に入る前。

 言われてマナーモードに切り替えた。


「あと両手を上げろ。身体検査だ。一応決まりなんでな」


 楽人が素直に両手を上げると、角刈りの黒服はパンパンと彼の身体を叩いて、危険物を身に着けていないか確認した。

 無論、薄手の夏服に刃物などを隠す場所など無いので、本当に形骸的なものに過ぎない。


「どうぞ」


 楽人は言われていないのにリュックを開いて見せた。

 いつものリュックなので大型カッターなども入っているが、隠す方が怪しまれると考えての判断。

 黒服たちはその様子に感心し、角刈りの黒服はリュックの中を覗き、問題無しと判断して楽人に押し返した。


「付いて来い」


 角刈りの黒服の先導に楽人が続き、その後に残り三人の黒服たちが続いた。


(子供一人と言うのもあるけど、本当に害意が感じられないな…)


 楽人は先日誘拐された経験から敏感になっていたが、黒服たちの行動に悪意や害意と言ったものが感じられなかった。


 黒服たちは、有無を言わさず彼を拉致しなかった。

 人目を気にしたのだとしても、威圧感以外は、概ね温厚なお誘いと言えなくも無い。

 スマホもマナーモードを示唆しただけで、GPSを警戒していない。

 外から見えない屋敷の敷地内に入っても、荷物を奪ったり、拘束したりする様子も無い…。


 楽人は案内されるままに玄関から屋敷に上がり、長い渡り廊下を右に曲がり、左に曲がりと歩いて行った。

 横に見える庭園は、街中では滅多に見かけない草花が絶妙なバランスで配置されていて、池には定番の鹿威し(ししおどし)があり、時折、カポーンッと音を立てている。


 楽人が庭園を楽しんでいる内に、長い渡り廊下の終点に到着した。

 先頭の角刈りの黒服が部屋の中に声を掛ける。


「須磨楽人を連れて参りました」

「…入れ」


 僅かな間を置いて、中からかなり年配の男性の低く重い声がした。


 スッ


 襖が内側から左右に、静かに開かれた。

 部屋の広さは二十畳ほどもあり、まるで豪華な料亭の和室を思わせる。

 部屋の左右には座布団に姿勢正しく正座した黒服が並び、部屋の奥には黒地に金の唐獅子模様を遇った浴衣を着た、白髪交じりのオールバック、五十絡みの眼光の鋭い男性が胡坐を掻いて座っていた。


(…知ってた)


 素人目に見ても堅気には見えない。

 しかし、楽人は心の何処かで冷静に納得もしていた。


「座れ」


 奥の男が顎で、部屋の中央に一枚だけポツンと置かれた座布団を指した。


「失礼します」


 楽人は会釈をして、緊張した素振りで前に進み出て座布団に正座した。


「儂は範子の父親、久谷弦之介(くたにげんのすけ)だ」


 男が鷹揚に名乗った。


 お勤めご苦労様という言葉に対する範子の反応、塾の挨拶に着物で来た母親、何より範子のあの性格で、学力ギリギリの隣町の公立高校を受験したと言う事実。


 楽人の中で全てに合点が行った。

 範子と苗字が違うことも理由は色々考えられる。


「貴様は範子の何だ?」


 弦之介――組長――の目が細められる。

 それは命令慣れした、相手が意を組んでくれることに慣れた者の物言い。


 威圧しようという意思が無くても、一般人である楽人には重圧が……意外なほど感じられなかった。

 悪い経験のし過ぎである。


(一見温厚そうに見えなくも無いけど、明らかに左右の人たちより殺気立っている。答え方を間違えると不味いな)


 楽人は強面の黒服たちから、ある種好意的なものを感じていたが、逆に範子の父親からは、内心を抑えている雰囲気を感じた。


 …それは立場の違い。

 陰ながら範子を護衛している黒服たちからしてみれば、いつも塾の帰りに範子を駅まで送った後、何もせず逆方向に帰る楽人は実に紳士的。

 それを直接見ていない、娘を心配する父親とは反応が違って当然だった。


「俺は範子さんのクラスメイトです」


『そんなことは分かっている』とでも言いたげな弦之介に、楽人は更に緊張が高まったけれど、努めて冷静に言葉を続けた。


「学校ではあまり話す機会もありませんでしたが、塾で他に知り合いが居ないと頼られたので、勉強を教える内に友達になりました。学校と塾以外で会ったことは無かったと思います」


 弦之介が横を見ると、七三分けの眼鏡が似合いそうな若い黒服――若頭――が頷いた。


「範子の様子が昨日からおかしい。部屋から出て来ないし、妻にも話さん。何か知ってるか?」

(説明不足過ぎて分からない、と言うのが本音だけど…)


 楽人の考え込む様子を見て、弦之介は大人しく返答を待った。


≪それで範子は明日からどうするんだ?≫

≪彼ピとデート!≫


(あ…)


 楽人は範子を最後に見た時の言葉を思い出して、思いっきり顔に出してしまった。

 それを見た弦之介の顔が、疑いを孕んだ険しいものになる。


≪手料理でめちゃきゅんさせてー…≫


(人の恋路に踏み込むのも何だけど、言わないと俺が殺されそうな雰囲気だし……仕方ない)


 楽人は覚悟を決めた。


「範子さんのプライベートな話になりますが、皆さんの前でお話しても宜しいでしょうか?」


 楽人はそう言って部屋の左右を見渡し、居並ぶ黒服たちを視界に入れた。


「下がらせろ」


 弦之介が即座に若頭へ命令を下す。


「お前たち、下がれ」


 若頭が組長の意を組んで命令すると、黒服たちが退室して行った…。

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