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自業自得

「あっ、ここの塾生さんですか?」


 高校生くらいの男子が雑居ビルに入ろうとすると、ビルの脇から若い女性が現れてマイクを差し出した。

 ピッチリしたスーツが彼女のスタイルの良さを、これでもかと主張している。


「はい、そうですけど」


 彼は魅力的な知らない女性に声を掛けられて浮かれた。

 彼の人生でこんなことはいつ以来か。


「よかったあ」


 彼女の艶っぽい喜びように、彼の心臓は跳ね上がり、「ついに俺にも春が?!」と内心期待した。


「二楷堂講師の件は御存知ですか?」


 …が、彼女が若い男性講師の名前を口にすると、彼の熱は一気に氷点下まで冷めた。

 二楷堂は女子に手を出したりはしないものの、ホストか乙女ゲーキャラみたいに気合の入った外見と(すか)した態度から、モテない男子塾生の間では嫌われていた。


 だから彼は彼女が二楷堂の話を聞きたいだけだと知って肩を落としたが、事実は彼の予想の斜め上を行く。


「【リアライザー】の不正取引で逮捕されましたが、普段の彼はどんな感じでしたか?」

「はあっ?!」


 寝耳に水、鳩に豆鉄砲である。


「どどど、どういうことですか?」


 彼は驚きと嬉しさのあまり、表情は目まぐるしく変わる。


「御存知無かったのですね。では簡単に説明させていただきます」


 彼女は嬉しそうに早口で、そして流暢に語った。


「先日、【リアライザー】と【共生者】を誘拐した犯人グループが逮捕された件は、我がテレビ夕日でも放送したので御存知だと思いますが、警察が犯人グループのアジトを調査した結果、取引相手が判明いたしまして、その中に二楷堂講師の名前もあって逮捕されたのです」


 彼は早口に面食らってよく聞き取れなかったが、それでも嫌いな講師が落ちぶれたことだけは理解して喜んだ。


「二楷堂先生の話でしたね。二楷堂先生は普段から…」


 それから彼は、まるで人伝に聞いたように講師の悪口を散々語り、彼女に頭を下げて、軽い足取りでビルに入って行った…。



 * * *



「さぁて、次の獲物はっと……来たわね」


 美味しい獲物を堪能した女記者が、またビルの陰に隠れて次の獲物を待ち侘びていると、これまた如何にも普通の男子がビルに向かって来た。


「あっ、ここの塾生さんですか?」

「…はい?」


 思ったより食い付きが悪い。

 それでも彼女はめげずに、マイクを持つ手の二の腕をもう片手で掴んで胸を強調し、少し前屈みになって上目遣いで男子に迫った。


 彼女持ちでも二割。

 倦怠期の中年や性欲の塊の高校生相手なら99%の実績を誇る、彼女の必殺技である。


「二楷堂講師の件は御存知ですか?」

「?」


 しかし、今度の彼は強調された胸を一瞥しただけで、首を傾げて終わった。


 彼女の額には血管が浮かび上がり、笑顔も引き攣ったが、そこは腐ってもプロ。

 彼女はめげずに、平静を装ってインタビューを続けた。


「【リアライザー】の不正取引で逮捕されましたが、普段の彼はどんな感じでしたか?」

「…そういうのは間に合ってますんで」


 彼は完全に彼女への興味を失い、訪問販売でも相手にするように断って、ビルの中へと消えて行った。


「キーッ! 何なのあれ!?」


 取り残された彼女は大いにプライドを傷付けられて地団駄を踏んだ。


 彼女は知る由も無いが、今回は相手が悪かった。

 彼の名は須磨楽人。

 学校では名の知れたソシャゲ好きである。

 ソシャゲには三次元のような美人も溢れている上に、彼には相思相愛の【リアライザー(サーニャ)】が居る。

 “自称イイ女”、“ローカルミスコン優勝”、“三股不倫中”程度の女性では荷が勝ち過ぎるのだ。

 見た目だけで彼を誘惑するつもりなら、最低でもミスワールドレベルは必要だろう。


 【リアライザー】と相思相愛と言うのは、概ねそういうものなのである。



 * * *



「あ、須磨っち~☆」


 楽人が教室に入ると、椅子に座っている範子(ギャル)が大きく手を振る。

 それに合わせて――今日は――ポニーテールに纏められた金髪が、左右に小気味良く揺れ、ピチTに包まれた年齢の割りに豊かな胸が、柔らかそうに弾んだ。


「おはよう、範子」

「おはよ須磨っち。ねえ、見た見た?」


 範子は早く最新の話題を共有したくて、椅子から立ち上がって入口まで駆け寄って楽人の手を引いた。


「入口の小母さんなら見たぞ」


 楽人はビルの入口で話し掛けて来た、女記者に不信感を抱いていた。


 漫画やドラマではよく、マスコミが容疑者の学校や職場に押し掛けるが、実際に体験したことがある者はそう多くない。

 普通は威力業務妨害で訴えられることを危惧して、自宅や実家に集中する。


 今みたいに話題が多く人手不足な時期に張り込むのは、何らかの執着があるか、功を焦った新人くらいのものである。

 だから塾も臨時休業などはしない。


「ひどっ」


 範子は、自分と年齢が片手くらいしか違わない女性の小母さん扱いに、口だけの小さな批難をして元の椅子に座った。

 引っ張って来られた楽人も隣の椅子に座る。


「範子は何か知ってるのか?」

「うぃ」


 範子の話を要約するとこういうことだ。


 先週末に捕まった――楽人たちを誘拐した――犯人グループのアジトを警察が調査した。

 発見された証拠品の中に、取引相手の名簿があり、その中には審査開始前の取引も記載されていて、実は彼らは審査開始前に塾で話題になった詐欺にも絡んでいたと発覚。

 名簿に載っていた購入者や詐欺被害者に捜査の手が回り、【超生物保護法】違反、及び人身売買罪、ワシントン条約――絶滅の恐れのある生物の売買禁止――違反の容疑で全員が芋づる式に検挙された。


 女記者が話題に出した二楷堂も、その一人と言う訳である。

 今日休んでいる、「【リアライザー】を拾った」と自慢していた塾生の春陽も捕まったのだろうと、皆で噂していたところだった。


「自業自得だな」

「それな」


 楽人たちは知る由も無かったが、二人とも完全な自業自得だった。




 春陽は【リアライズ】二日目に、クラスメイトの陰キャが美少女と歩いているところを目撃。

 翌日、待ち伏せして金属バッドで殴りかかり、【リアライザー】を奪って凌辱。

 こっそり家に連れ帰り、「逃げても行くとこがないだろ」と脅して監禁。


 【超生物保護法】の公布で、審査すればバレるしこのままだといずれ捕まると思い、ネットで見つけた審査代行詐欺に引っ掛かって【リアライザー】を預けた。

 騙されたと被害者面をしていたところに、昨日、警察に逮捕された。


 【超生物保護法】公布前の強盗罪、公布後の不同意性交等罪は確定。

 未成年でも顔や名前が公表され、二度と塾や学校には戻って来れない。




 講師の二楷堂も似たようなもの。

 彼は、浮気を疑われて処分に困った友人から、【リアライザー】を格安で譲り受けた。

 その後、塾で塾生相手に我慢している性欲を、友人の趣味である従順な【幼い少女(リアライザー)】にぶつけていた。


 彼も【超生物保護法】の公布で心配になっていたところ、春陽の話を聞いて便乗を決意。

 塾生とのSNSは禁止されているので、彼の持っていた契約書の業者名を暗記して、後でネットで調べて【リアライザー】を預けて同様にカモられた。

 警察の友人への聞き込みで、あっさり違法行為が確定。

 彼に二度と塾には戻って来れない。




(まさか繋がっているとはなぁ…。世の中は狭いや)


 楽人は犯罪者がより賢い犯罪者にカモられる構図に呆れながら、範子と仲良く講義を受けるのだった…。

みんなも悪いことだとわかったら直ぐに自供しよう!

(それ以前にするな)

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