顛末:誓い
バキバキバキ…
楽人たちは誘拐犯たちの倉庫に辿り着くと、高町刑事が拳銃を構えて警戒する中、アル・ラクスがまたしても鍵の掛かった電動シャッターを力尽くで抉じ開けた。
ムワァッ…
倉庫の中から、咽るような雄と雌の臭いが溢れ出す。
臭いには僅かな煙草の残り香、それとアンモニア臭も混じっていた。
彼らがアル・ラクスを先頭に倉庫の奥へと踏み入ると、敷き詰められたマットレスの上には、九人の女たちが有られも無い姿で転がっていた。
意識のある者も、無い者も、大半は半開きの目で中空を……在らぬ方を見ている。
そんな中、一人だけ服を着て座り込んでいる者が居た。
キャバ嬢である。
唯一意識のしっかりしている彼女は、犯人たちが残していった小型冷蔵庫の横に胡坐を掻き、缶ビールを傾けていた。
「あら、遅かったわね……えっ?!」
ぴょーんっ
「アヤノ!」
アル・ラクスの背中にしがみ付いて来た“仕事を選ばない猫”が、可愛らしい声でキャバ嬢の名前を呼びながら飛び掛かった。
「キャーティ!」
彼女――伊達絢乃――は驚きながらも、自らの【リアライザー】を豊かな胸で受け止めて、細い腕で抱き締める。
「アヤノがぶじでよかったわ」
「キャーティこそ…」
二人は互いの無事を確かめ合う。
サーニャが貰い泣きをして、繋いでいない方の手で涙を拭う。
「キャーティの【共生者】が彼女だったなんて…」
楽人はキャバ嬢と世界三大マスコットと言う、意外な組み合わせに言葉を失った。
しかし、他のどの【リアライザー】が似合うかと言われるとそれも難しい。
他の【リアライザー】たちも自分の【共生者】に駆け寄った。
青い髪の美少年が“意識の高そうな女”に、筋肉質のオカマが“気の弱そうな女”に駆け寄ったが、彼女たちの反応は芳しくない。
大量に与えられた違法薬物とその影響下で受けた快楽に依って、意識がおかしいことになっていた。
それはこの場に【リアライザー】の居ない、昨日以前に拉致された女性たち六人にも言えること。
アル・ラクスは紳士的に、憐れな犠牲者たちに、落ちているタオルケットを掛けて周る。
「くぅ~ん…」
逆に、唯一【共生者】の居ない、パンチパーマの【小犬】が寂しげに鳴いた。
「……七人切り…フヒヒヒヒ……」
そんなしんみりした空気をぶち壊すように、陰キャ女が幸せそうな寝顔で嬉しそうな寝言を呟く。
手の平サイズの妖精がその頬を突くと、彼女は嫌がって寝返りを打った。
「……うぅ~ん……」
ゴロンッ……ブルルルンッ
彼女の顔よりも大きな脂肪の塊が二つ、派手に揺れて激しく自己主張をする。
それが視界に入った者は男女を問わず、それに目を奪われた。
無論、周囲に気を配っていた高町やアル・ラクスも例外では無かったが、それで劣情を抱くかは全くの別問題。
(…サーニャより全然張りが無い)
サーニャ一筋の楽人に至っては、【巨乳リアライザー】を軽く凌ぐ、人類の誇るオーパーツを前にしても全く動じず、冷静に無慈悲で失礼な正しい評価を下した。
――ゴムボールやシリコンでは無い天然物に、【理想の体現者】に張りで勝てる道理は無い。
「…逃げられたな」
高町は憐れな姿の女性たちから目を逸らしつつ、【心眼】に視線を送った。
陰キャ女の胸を見ても止まらなかったアル・ラクスの手が止まる。
「海だ」
【心眼】の返答を聞いた高町が、黙って倉庫の外へ向かう。
【心眼】が直ぐにそれに並び、彼らに気付いたアル・ラクスと楽人、手を繋いでいるサーニャもその後を追う。
他の者たちは倉庫の中に残った。
仮に誘拐犯たちが戻って来たとしても、今までより酷い目に合うとは考えられなかったから…。
* * *
不思議なことに、犯人を追っているはずの高町刑事の足は遅く、早足と変わらない。
楽人とアル・ラクスは訝しんだが、そのお陰で人並の体力しかないサーニャが居ても引き離されることは無かった。
波止場が見えて来る頃には、月明かりに照らされて、彼方の海上に水飛沫が伸びている様子も目に入った。
高町たちが水飛沫の出所を目で追うと、少し大きめのクルーザーが海上を走っている。
「…まあ良い」
高町は遠くに去っていくクルーザーを漫然と見送る。
不思議に思った楽人が尋ねようとした瞬間、クルーザーは真ん中から真っ二つに折れて、そこから浸水して沈んでいった。
その後、クルーザーのものでは無い小さい水飛沫が幾つか上がったが、そのどれもが間も無く消えてしまう。
楽人はその際、水面に小さなサメのヒレを見た気がした…。
高町はクルーザーの最後を見届けると、「自分の仕事は終わった」とばかりに海に背を向け、スマホを取り出して上司に電話を掛けた。
トゥルルルッ……ガチャッ
「…渡良瀬、こちらは片付いた。拉致被害者を送りたい。車を回してくれ。三十三人だ」
『分かった。直ぐに向かわせる』
ガチャッ
電話は直ぐに終わった。
『高町は今どこに居るのか?』
『渡良瀬はいつ到着するのか?』
『犯人はどうなったのか?』
報連相を重視される公務員なら、本来あるべき言葉が無い。
それは互いの信頼と信用の証。
彼らはもう何十年と、そんな関係を続けている…。
「終わった……んだな」
楽人は高町の様子を見て、漸く事件が終わったのだと理解した。
まだ誘拐犯たちの生死は不明だし、彼らの仲間の有無も、昨日以前に拉致された被害者たちの行方も分かっていない。
それでも、先程までこの倉庫街に監禁されていた者たちは全て保護された。
彼らにとっての事件は終わりを告げたのだ。
「刑事さん、ありがとうございました」
だから彼は、高町刑事と【心眼】に深く頭を下げた。
「わ、わわわたしもっ! ありがとうございましたっ!」
サーニャも慌てて頭を下げた。
最敬礼に成れていない二人が3秒を過ぎても頭を上げない姿を見て、高町は後ろ頭をガリガリと掻いて返答をした。
「…どういたしまして」
それを聞いて、楽人とサーニャは頭を上げた。
「ククク。済まないねえ、彼は口下手なんだ」
【心眼】が心底愉快そうに、相棒のフォローを入れる。
そして腰を曲げ、頭一つ半は背の低いサーニャに――相変わらずアイマスクで覆われた――視線を合わせて意味深なことを言った。
「まあもしかしたら、助けは要らなかったかも知れないがね」
「え?」
「それはどういうことですか?」
サーニャが可愛らしく小首を傾げ、楽人が意味を尋ねる。
「くくく」
しかし、【心眼】は笑って背筋を戻すと、もう言うことは無いとばかりに海を振り返って、クルーザーが沈んだ辺りを眺めた。
その視線の先、海の底では、真っ二つにされた六つの死体が沈んで行き、その奥を人型の何かが泳ぎ去って行くのだった…。
* * *
「…それから俺たちは、誘拐犯たちの倉庫で荷物を回収し、高町刑事の車で送って貰ったってわけさ」
須磨家の居間。
楽人とサーニャがソファーに並んで座り、向かい側のソファーには両親が座っている。
楽人が今日あった出来事を話し終えたが、黙って聞いていた両親の表情は硬い。
彼らは家に帰って来た時、出迎えた母親に二人纏めて抱き締められ泣き付かれた。
普段は穏やかな母親がそこまで取り乱した姿を、サーニャは疎か、楽人も今まで見たことが無かった。
一緒に彼らを出迎えた父親も面食らっていた。
「楽人。二度と危ない真似はしないで頂戴。母さんはもう心配で心配で…」
話の途中、アル・ラクスの説明でそちらの事件も聞かされたため、母親は気が気で無かった。
楽人もこうなるとは分かっていたが、嘘も隠し事もしたく無かった。
「母さん、それは無理と言うものだよ」
「でもお父さん…!」
父親は隣に座る母親の両肩に手を置いて宥めようとするが、感極まっている母親は納得しない。
今の彼女は、普段の聡明で御茶目な須磨真理では無く、子を思う一人の母親でしか無かった。
だから父親は言う。
「約束しろ楽人。サーニャちゃんを悲しませるような真似だけは絶対にしないと」
言外に母さんは任せろと。
サーニャも楽人の顔を見て、彼の答えを待つ。
「…俺は…」
楽人は俯いて目を閉じた。
感情のままに即答することは容易い。
しかし、その場の気分で出した答えは、後にその場の気分でその答えが変わることの証明そのもの。
――そんな約束を、一体誰が本気で信じられると言うのか。
「…誓えない」
サーニャは目を瞬かせ、母親は息を飲んだ。
「…サーニャが心配すると理解していても、音無先生が泣いていたら何度でも支えたいと思うし、アキラ君が攫われたらまた無茶をすると思う…」
――それは衝動的な行動では無い、理性的に考えた結果。
(でも俺はヒーローじゃない…)
――彼は自己評価が低い。
見知らぬ他人を助けようとするほど傲慢でも無ければ、何でも思い通りになると思うほど自惚れてもいない。
(出来ることなんて高が知れている…)
――けれど、身近な人間を切り捨てられるほど、正しくも無い。
楽人は顔を上げて、父親と母親の顔を見た。
「…でも無理はしない。必ずサーニャの元に帰って来る」
ソファーに片手を付いて、愛する人の方を向く。
彼を見ていた彼女と目が合う。
「サーニャ、これが俺の偽らざる気持ちだ」
二人の視線が絡み合う。
「わたしも…」
サーニャが小さな拳をギュッと握り締める。
「わたしもガクトを離さない。絶対に離れない。ずっと一緒に居る。…ガクトを信じる!」
彼女は内から溢れる感情のままに誓った。
けれど、短いとは言え、一切の嘘偽りなく生きて来た彼女の真摯な誓いは、決して揺らぐことは無いと信じられるものを秘めていた。
楽人とサーニャは、どちらからともなく顔を近付けて行き、唇を重ねた。
父親と母親は、何も言わず居間を後にする。
――そのまま、楽人はサーニャをソファーに押し倒し、二人は激しく求め合った。
離れていた時間を埋めるように。
お互いの全てを確かめるかのように…。
第四章、完!(第五章は平和な予定です)




