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顛末:悪の華

 誘拐犯たちの居る倉庫……そこは密閉された空間だった。

 閉ざされた空間に、咽るような雄と雌の臭い、女たちの嬌声、肉と肉を打ち付ける音が入り混じっている。


 全員がほとんど裸だった。

 床には持ち込んだマットレスが多数敷かれていて、寝ている女たちにはタオルケットが掛けられている。

 倉庫の隅には、ハンドバッグやリュックなど、拉致した者たちの持ち物が丁寧に積み重ねられていた。




 男たちの数は六人。

 後一人、トイレで外に出ている。

 倉庫内にトイレが無いのは、中で生活していることを隠すため。

 代わりに持ち込んだ簡易トイレは大便にだけ使い、頻度の多い小便は外の公衆便所で済ませていた。

 軟禁している女たちは外に出せないので、彼女たちの小便はペットボトルに収まっている…。


 倉庫には換気扇が常備されていたが、昼間は音や臭いで周囲にバレることを警戒して回していなかった。

 そのため、初日に倉庫内で景気良く励んだ彼らは、蒸し風呂状態に逆上せて悲鳴を上げた。

 そのまま昇天する女まで出た。


 このままでは不味いと思った彼らは、最初の商品を出荷した後、倉庫内を徹底的に掃除して痕跡一つ残さず返却。

 商品用の空調機器が常備された倉庫を借り直して現在に至る。


 それでも昼間に倉庫内に篭る臭いは相当なものだったので、彼らにとってトイレに出ると言う行為は、新鮮な空気を吸う気分転換も兼ねていた。

 無論、仕事に出る際には香水や消臭剤を使っている。




 部屋の中には女たちも居た。

 その数は十人。

 誘拐の……【リアライザー】の審査初日からが二人、昨日からが四人、今日からが四人。

 当初は男たちに比べてまだ数が少なかったこともあり、何人かヤリ過ぎてダメにしてしまい、人身売買の搬送のついでに海へ捨てられていた。


 しかし、今残っている女たちも無事とは言い難い。

 手錠こそ外されているものの、そも代わりに首輪を付けられ、そこから伸びる紐は柱に結ばれている。

 更に、その大半は抵抗した際に飲まされた違法な薬(ドラッグ)で、意識は朦朧と、身体は敏感になりっぱなしだった。


 快楽に飲まれて自ら腰を振る者、男の動きに合わせて言葉にならない声を息のように漏らす者、時折身体を痙攣させるだけの者、男の相手から解放されて眠っている者…。


 その中で、まだ意識のはっきりしている女が二人。

 今日の午後に連れて来られたばかりのキャバ嬢と陰キャ女である。


 二人とも、最初は連れて来た“卑屈そうな男”に抱かれた。

 彼はその後、キャバ嬢しか抱いていない。

 彼女だけをずっと抱き続けていた。

 彼は表向きは強がっていても、自分に自信が無く、それ故に初めて認めてくれた彼女に執着を見せていた。


 キャバ嬢の独占について、仲間たちは冷やかしはしても、目くじらを立てることは無かった。

 そんなものは「上下関係も信頼関係も碌に無い三下集団のすること」だと、意識の高い彼らは見下していたからだ。


 そんなキャバ嬢に対して、陰キャ女は真逆だった。

 最初こそ“卑屈そうな男”に捧げたが、その後は嫌がる振りをしながらの誘い受け。

 直ぐに彼女を中心とした乱戦となり、僅か一時間足らずで全員を咥え込んでいた。


 彼女の顔は今一つだったが、だらしない生活で培った抜群の肉付きに、嗜虐心を煽る素振りも相俟って、男たちに色々な意味で大層可愛がられ、本人も満足……せずに貪り続けていた。

 見る人が見れば、


『男に媚びるビッチ』

『襲われて感じる変態』

『犯罪者の相手が御似合い』

『ブスが調子に乗ってキモッ!』


 …などと後ろ指を差されるだろうが、そのお陰で薬を使われずに済み、本人も満足しているのだから、批難する方が野暮というものだろう。



 * * *



 時間は既に夜の九時を回っていた。

 男たちは毎晩、倉庫街が静まる深夜に、拉致した商品をボートで他所へ移している。

 そちらでも【リアライザー】と【共生者】を別々に監禁・管理し、条件の合う客に個別に販売していた。


 彼らの分担は誘拐チームがリーダーの武田と三人、輸送チームが三人、販売担当が二人。

 そう、意外なことに、最も精力的に働いている写真屋ウロボロスの武田がリーダーなのだ。


 彼は中小企業にありがちなワンマンと違い、部下たちとの信頼関係を築いて上手く使う才能があった。

 しかし、近年の不況や写真業界の多様化でそれも厳しくなり、彼は儲けるために道を踏み外したのである。


「ふぅーっ。それにしても遅いな」


 武田は気を失った女を転がし、煙草を一服して独り言を呟いた。


「酔って海にでも落ちてんじゃないっすか?」


 大塚は女の尻に腰を打ち付けながら、彼の独り言に冗談で返す。


「今夜も遅くなるのか」


 “卑屈そうな男”は、持ち込んだ小型冷蔵庫から、麒麟の描かれた缶ビールを二本取り出して、一本をキャバ嬢に手渡した。

 何も無ければそろそろ輸送の予定時間だったが、女と遊んでいて遅れるのはいつものこと。

 但し納期を遅らせたことは一度も無い。


 キャバ嬢は笑顔でビールを受け取ると、蓋を開けて、コクリコクリと美味しそうに飲んだ。

 彼女は夏用の崩れ難いメイクをしていて、審査の後で化粧直しをしていたが、拉致されて目覚めてからはずっと激しい運動をしていたので、それもそろそろ限界だった。


 ―――っ


 彼女がせめて化粧落としを無心しようかと考えていると、風に乗って何処からか大勢の声が聞こえて来た。

 言葉はよく聞き取れなかったが、それが喜びや歓声であることは、彼らの茹った頭でも理解することができた。


「まさか…」


 武田は呟くと、マットレスに落ちていたスマホを拾い上げて、監視カメラのアプリを起動させた。

 それは彼が自腹を切って設置したもので、仲間たちもその存在を知らない。


 ピコンッ


 アプリが起動すると、倉庫から出て喜ぶ【共生者】たちの姿が映し出された。

 彼らは全員、手足の手錠を外されている。

 その他に、武田が見覚えのない者も三名居た。

 警察官が一人、人間離れした筋肉の美丈夫が一人、同じくらい長身の男が一人。

 その長身の男は、アイマスクで覆われた顔をカメラに向け、口角を上げて笑った。


 ――設置したカメラは小さなレンズしか露出しておらず、知っていても探さないと見つからないはずなのに。


「逃げるぞ」


 武田の判断は早かった。

 【リアライザー】(しょうひん)を回収している暇は無い。

 戸籍審査は日本中でやっているので、写真屋は惜しいがこの地に拘る必要は無い。

 海上輸送組はもう来ている時間だったので、陸だけでは無く海からでも逃げられることを、彼は都合の良い神に感謝した。


 仲間たちの反応も早かった。

 説明が無くても、何をすれば良いか分かるくらいに、彼らは優秀で、そして互いを理解していた。


 ロリコンの大男が、善がる陰キャ女に夢中で武田(リーダー)の言葉を聞いていなかった仲間の肩に手を置いて、「撤退だ」と告げる。


 肩を叩かれた男は慌てて服を着始める。


 寝そべって薬漬けの女に上で腰を振らせていた男が、起き上がって女を突き放し、ズボンを穿いてボートの鍵を確認する。


 大塚が証拠になりそうな物を残さないよう集めて回る。


 勘の良いキャバ嬢は、自分と男の体液だらけの身体を拭くのを諦めて、そのまま服を着始めた。


「急げ!」


 “卑屈そうな男”は、自分も服を着ながらキャバ嬢を急かす。

 彼は着替え終わって彼女に手を差し伸べたが、同じく着替え終わった彼女は、そこに立ち尽くしたまま動こうとしない。


「どうした?」


 フルフル…


 女は首を横に振った。

 一緒に付いて来るものだとばかり思い込んでいた男は、苛立ちが顔に出た。


「店に来てね」


 女はワンピースの胸ポケットから、店の名刺を取り出して差し出す。

 黒地に目立つ白で店名や連絡先が書かれた名刺を裏返すと、そこには彼女の写真と名前が印刷されていた。


「…捕まえる気か」


 女に愛される自信の無い――裏切られ続けた――男の顔が、裏切られ続けた過去を思い出して険しくなる。


「私は客には平等よ」


 女は微笑みかける。

 その笑みは男を誘った時とは違い、しかし男に抱かれて気を遣った時と変わらないものだった。


「…会いに行くから待ってろ」


 男は女の手から名刺をひったくると財布に仕舞った。


「ええ待っているわ」


 女の返事を背に、男は…誘拐犯たちは倉庫を後にした…。

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