救出:情報確認
キキーッ
倉庫街の入り口に、一台の普通車が停まった。
倉庫街には同じ倉庫が立ち並び、どこを見ても代わり映えしない。
どこにも人気は無いと言うのに、一定距離ごとにある街灯と倉庫の入り口に付いている照明で、倉庫街は駅前と変わらないほど明るかった。
「うーむ、まさかアキラが攫われたのと同じ場所とはね」
車の後部座席に座るアル・ラクスが感心して唸った。
一人分の座席に収まらない巨漢で後部座席の真ん中に座り、その丸太のように太い両の腕は、逸る気持ちを抑えるために組まれている。
この倉庫街は、僅か一か月前に、彼の【共生者】である御影アキラが誘拐監禁されていた場所だった。
その時は彼と楽人が突入して人質を救出し、【リアライザー】が解決した事件として世間を大いに賑わせた。
「…先月ガサ入れがあったばかりだと言うのに、肝の座った連中だ」
運転席の高町刑事も、誘拐犯たちを評価する。
無論、先月の犯人は全員刑務所の中なので、今回の犯人とは別人。
しかも、犯人は一人を除いて骨折や内臓破裂の療養中であり、脱獄なんて考えるはずもない。
「ククク。正に灯台下暗しだったと言う訳だ」
助手席に座る【心眼】は、大量の行方不明者を知りながらも発見できなかった警察の落ち度を嘲った。
一度調べた場所だからこそ、自信と先入観から未だ捜査をしていない。
「…場所は」
「まだ遠いな。港の近くだ」
高町は【心眼】の返答を聞くと車を倉庫街に入れ、碁石のように綺麗に並んだ倉庫の間を進み、少し奥まった倉庫の合間で停車した。
バタンッ
三人は何も言わずに車を降りた。
【心眼】がアイマスクで覆われた目で当たりを見渡す。
倉庫間の隙間は狭く、道なりにしか視界は通っていないが、目の見えない【心眼】にとっては関係が無い。
彼はある方向に視線を止めると、そちらを目指して歩き出した。
高町とアル・ラクスは顔を見合わせて頷き、その後を黙って追う。
* * *
数分も歩くと、海の見える波止場に到着した。
倉庫内へ海風が入らないように、何れの倉庫も海側には入口が無かった。
【心眼】がどの倉庫からも視界の通らない物陰で足を止め、高町たちも彼の直ぐ近くで立ち止まった。
「あれが目標……須磨楽人が居る倉庫だ」
【心眼】が五メートルほどの向かいにある倉庫を指差す。
いきなり直ぐ近くまで連れて来られて、アル・ラクスは驚いて目を見開いた。
「あちらに三百メートルほど行った所に【リアライザー】、それともう一つ、こちらに同じく三百メートルほどに犯人たちだ」
続けて二つの倉庫を指差した。
どちらも途中に倉庫があって、彼らの居る場所から目視することはできない。
三つの倉庫の位置関係は、丁度目の前の通りを底辺とした正三角形のような配置になっていた。
高町が【心眼】と場所を代わり、倉庫を注視する。
「ガクト君以外の根拠は?」
アル・ラクスは【心眼】の筋の通ったイケメンな鼻を見ながら尋ねた。
彼が見た限り、【心眼】はサーニャの持ち物の臭いを嗅いでいない。
「臭いの濃さが違う。濃い方が【リアライザー】、薄い方は奥方が言っていた彼愛用のリュックだ」
この場には、愛用のリュックより【共生者】の臭いが濃い理由を問う野暮な者は居ない。
(理には適っている。しかしそこまで細かく分かるものなのか? …いや、今はどうでもいいことだったな)
アル・ラクスの疑問は別の意味で深まったが、首を振って疑念を振り払い、目の前の状況に集中した。
「そんなことよりも、想定より数が多い。目標の居る倉庫に十二、【リアライザー】の倉庫に十七、犯人の倉庫に十七だ」
「ガクト君たちではなくて、犯人たちと【リアライザー】が同数?」
偶然と知らないアル・ラクスは訝しんだ。
「…いや。拉致された【共生者】の一部が、犯人たちと一緒に居るのだろう」
「恐らくは」
高町が倉庫から【心眼】に視線を戻して推測を口にすると、【心眼】は頷いて肯定した。
この場にその意味を理解できない者は居ない。
誘拐犯に寝返ったか、媚びを売ったか、弄ばれているか…。
「…応援を呼ぶか」
「理由を聞いても良いかな?」
早く楽人を助けたいアル・ラクスは、応援を待つという高町の言葉に納得できなかった。
「…見張りが居ない」
高町は面倒臭そうに答える。
「必要が無いということか」
「…そうだ。見張りを置いて目立たなければ見つからない自信があり、直ぐに動く予定も無いからだ」
多くの犯罪者を検挙してきた熟練刑事は、犯人の思考をプロファイリングして現状から最も高い可能性を口にした。
「それでも私は急ぐべきだと思う」
アル・ラクスは飽くまで正道のヒーロー。
彼は安全策を取るよりも、倉庫単位で【共生者】と【リアライザー】の数が合わないことを危惧した。
ガラガラガラ…
彼らが次の手を相談していると、【心眼】が犯人が居ると言った方向からシャッターの開く音が聞こえて来た。
アル・ラクスは腰を落とし、拳を握り、片腕を腰に、もう片腕を前に構えて臨戦態勢を取る。
「トイレだ」
「は?」
【心眼】が身も蓋も無いことを言い、アル・ラクスは唖然とした。
「この臭いにあの方角……来る途中にあった、共用トイレに行くつもりだろう」
――物品保管用の貸倉庫は、その需要の低さから内部にトイレを設置していないことが多い。
移動式トイレも貸し出しているが、そんな物を借りれば中に人が住んでいると教えるようなもの。
誘拐犯たちは、代わりに使い捨ての携帯トイレを持ち込んでいたが、物には限度がある。
避難生活と同様、小さい方は極力外で済ませることにしていた。
無論、海や路上での立ちションは軽犯罪なので、彼らは不要なリスクを避けるために共用トイレを使っている。
「…確保する」
「こちらだ」
高町が指示を出すが早いか、【心眼】が音のした方向に歩き出した。
高町とアル・ラクスが足音を忍ばせて続く。
【心眼】は一見、普通に歩いているように見えたが、その足音は二人よりも小さかった…。
* * *
高町刑事たちは【心眼】の先導で、男の先回りをした。
倉庫の陰に隠れて待ち伏せていると、間も無く男が現れる。
街頭に照らし出された姿は三十路前の男性で、肌着にボタンを留めていないデニムだけというラフな格好。
「ぐぁっ?!」
アル・ラクスが背後から押し倒して馬乗りになると、男は胸を激しく地面に打ち付けられて短い悲鳴を上げた。
男が出て来た倉庫からは既に程良く離れていて、彼らの他にその声を聞く者は居ない。
アル・ラクスは俯せに組み伏せた男の喉に手を回し、軽く掴んで言った。
「騒ぐな」
男は必死に藻掻いたが、アル・ラクスは微動だにしない。
超人にとっては軽く添えただけであっても、その力は人間からすれば万力にも等しい。
男は数十秒ほど足掻くと抵抗を諦め、黙って首を縦に振った。
高町は男の正面に回って屈み込み、男の頭を掴んで無理矢理顔を上げさせた。
「…質問に答えろ」
「な、何なんだよお前ら?! けけけ、警察に通報するぞ!」
「ククク…」
男の誰何の声に【心眼】は笑い、アル・ラクスは静かに首を横に振る。
高町は空いている手で懐から警察手帳を取り出し、男の顔に突き付けた。
「…もう来ている」
「くぁwせdrftgyふじこlp?!」
男は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になったが、そこは腐っても手練れの犯罪者。
「…仲間は何人だ?」
「お、俺が仲間を売るような奴に見えんのか?!」
男は高町に質問をされると、直ぐに我に返って保身を始めた。
しかし、我が身を捨ててまで仲間に危険を知らせる覚悟は無く、高町を批難する声は小さい。
「け、警察が無抵抗な相手に暴力振るっていいのかよ!?」
誘拐された善良な【共生者】たちに聞かれれば、「お前にだけは言われたくない」とタコ殴りにされるような正論。
事態を見守っていた【心眼】が、不意に男の右側に回って歩き出した。
それを見た高町は盛大に溜め息を吐くと、警察手帳を懐に戻し、代わりにハンカチを取り出して男の口に突っ込んだ。
男が訳も分からず目を白黒させていると、男の近くまで来た【心眼】が最後の一歩を踏み下ろし…、
ボキンッ
その下に有った男の右前腕を踏み折った。
「―――っ!!」
男の声にならない悲鳴が、塞がれた口の隙間から微かに漏れる。
「おや? 何か踏んだかな? 私は生来目が見えないから仕方ないなあー」
【心眼】は嘯くと、今度は男の左側に回った。
「止め…」
アル・ラクスが静止の声を上げるが、時既に遅し。
ボキンッ
彼が言い終える前に【心眼】の足は踏み下ろされ、左腕も折られた男は痛みのあまり気を失った。
「何でこんな真似を…」
悪人であっても無益な殺生はしない、正しさの化身であるアル・ラクスは、警察に協力する仲間だと思った男の凶行に困惑して彼を見上げた。
「自ら成さぬ良心を他人に強要する人間は、折らなければ変わらない」
【心眼】の言葉には何の感慨も無い。
「だからと言って他に方法が…」
「例外は無い」
【心眼】はアル・ラクスの追及を切って捨てた。
いや、切って捨てたと言うのは正しくない。
ただ正直に答えただけだ。
その端的な一言には、感情の欠片も込められていなかったが、有無を言わさぬ重いものがあった。
アル・ラクスは決して正義を見失わない強い眼差しで【心眼】を見つめ、【心眼】はアイマスクで覆われた目で彼を見つめ返した。
「…【心眼】」
【心眼】を見上げる高町刑事の目に、彼を咎める様子は無い。
「必要な情報は得られた」
【心眼】はアル・ラクスから目を離し、高町刑事に向き直って求められたことを答えた。
「最短一時間。【共生者】と【リアライザー】は完全に別の倉庫。犯人はこれを除いて六人。後は女だ」
【心眼】は言葉少なに情報を伝え、既に他所へ移された被害者については言及しなかった。
その意味を長年の――と言っても【リアライズ】以来なので一か月程度だが――相棒は全て理解した。
高町は立ち上がると、俯せに倒れている男の足側に回り、腰から取り出した手錠をその両足首に掛けた。
「…行くぞ」
そして一言だけ声を掛けると、先程【心眼】が指差した、【共生者】たちの囚われている倉庫を目指して早足に歩き出した。
「救援を待つ余裕は無くなったということか…」
アル・ラクスは男の背から下り、頭の中で【心眼】の言葉を噛み砕きながら高町の後に続く。
「ふふっ」
彼は我知らず鼻を鳴らしていた。
高町が犯人を捕まえて拉致被害者の安全を確保するよりも、被害者を先に助けることを選んだことが彼は嬉しかった。
「ククク…」
【心眼】は高町の判断の早さに満足しながら、二人の後に続くのだった…。




