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誘拐おかわり:女たちの選択

 “卑屈そうな男”は、すっかりゲームを再開する気を失っていた。

 彼はさっさと仕事を終わらせるべく、まだ寝ている人たちを一人ずつ小突き起こし、【リアライザー】と会話をさせて状況を理解させ、馬鹿な真似をしないように釘を刺して回る。


 起こされた十人の中には、男の銃殺死体を見て取り乱す者もいたが、“卑屈そうな男”が拳銃をちらつかせると涙目で声を抑えた。

 彼もそれ以上の殺しはしなかった。


 積極的に起こして回ったことで、一時間足らずで仕事が終わる。


「これで終わりだ。もう戻っていいよな?」

『一人足りないぞ』


 十人目で終わりだと言う彼に、電話の相手は野太い声でぶっきらぼうに訂正した。


「パーマのジジイが暴れたから始末した」

『…まあいい』


 ガチャッ


「さぁて、お前らの命運はオレの気分一つってわけなんだが…」


 “卑屈そうな男”は電話を切ると顔を上げて、舌なめずりをして女たち――老婆と子供を除く――に嫌らしい視線を送る。

 先に拉致されていた四人はそれを見て、大塚に付いて行った女性たちの運命を悟った。


「あら?」


 化粧が濃く茶髪のワンピースの女は、男を見て今更気付いたかのように言った。


「…なんだ?」


 男は訝しげな視線を彼女に向ける。


「よく見たらイイ男じゃない。意志の強そうな眼差しがステキ」

「…嫌味か。オレはモテたことなんて無いぞ」


 男は険しい目付きで不機嫌そうに睨んだが、彼女はそれに怯まなかった。


「それはご愁傷様。今まで周りに見る目のある女が居なかったのね」


 ともすれば慇懃無礼、見下しているとも取られかねない言葉を臆さず口にする。

 男は何も言わない。

 他の誰も口を開かず、何人かが惨劇を想像し始めた頃、


「…ははっ。いいだろう。一緒に来い」


 男は笑ってその女を受け入れた。


「ありがとう」


 女は素直に礼を言い、両足を揃えて崩した女の子座りから膝を立て、上半身を揺らしながら立ち上がろうとした。

 中々立ち上がれず、身体が揺れる度に、ワンピースに包まれた豊かな胸が形を変えて揺れる。

 その様子に焦れたのか。

 或いは唆られたのか。

 男は女の元まで歩み寄ると、正面から抱き付いた。

 女は驚いたが、顔が見えない男は気にせず、そのまま彼女ごと一緒に立ち上がった。


「ありがとう。ちょっと強引だけど、気遣いのできるイイ男は好きよ」

「俺もイイ女は好きだ」


 男は彼女から身体を離して、満更でも無さそうに答えた。

 二人は暫く見つめ合う。


 ――その女は“キャバ嬢”だった。

 馬鹿な男に貢いで借金塗れになり、水商売に身を堕とした彼女にとって、客を選ぶ余裕なんてものは無かった。

 嫌な男、面倒な男、不潔な男、時には女……どんな客も相手にしてきた。

 相手が誰であれ選り好みせず、楽しませ、自分に入れ込ませなければ、彼女には後が無かったから。


 だから安易な嘘は言わない。

 多少大袈裟ではあっても、その言葉に嘘は無かった。

 男も、乗せられていることには気付いている。

 しかし、それでも楽しませるのがプロであり、男にしても、初めて認めてくれた本物との楽しい時間に、無粋な真似をする気は無かった。


 やがて、慣れてない照れ臭さから男が先に視線を外し、次の女に視線を向けた。

 セミロングにベアトップ、アンクルパンツの女だ。


「………」


 彼女はキャバ嬢が男に媚びる姿を見て睨んでいたが、男の視線に気付くと、そっと視線を地面に落とした。

 開けた肩や胸元を覆っていたエアリーボブの毛先が、支えを失って宙に揺れる。


 ――彼女は所謂“イケてる女”だった。

 男に媚びない態度は同性から評価され、また、同性の陰口に付き合わず行動で示す態度は、男からも単純に傲慢な女と思われず認められた。

 そんな彼女だから、キャバ嬢の男に媚びる態度は鼻に付いた。


 しかし、男に屈しない気持ちは“意識の高そうな女”と同じでも、その行動は真逆。

 誘いに乗らないにしても、状況を理性的に判断し、男に不快感を与えない行動を選んだ。

 批難することと媚びないことはイコールでは無い。


 男にしても、自分を初めて認めてくれた女の横で、彼女に固執する気は起きなかった。

 彼が次の女を求めて彼女から目を離すと、一足早くその相手から声を掛けられた。


「ぅわっ、私は、その…」


 癖っ毛のブラウスにフレアスカートの女が、ビクビクと怯えながら言葉を絞り出そうとした。

 彼女は何故か、何時の間にかちょこんと正座をしていた。

 ビクビクと身体を揺らす度に、あちこち外に跳ねたボリュームのある髪と、ブラウスを内側から押し広げる脂肪の塊が揺れる。

 “卑屈そうな男”だけでなく、彼女を見ていた男も女も、それに視線を奪われた。

 大きい物、動く物、色が違う場所に目が行くのは生物として自然なこと。


「…その、痛くしないなら……」


 彼女は上目遣いの憐れみを誘うような表情で男を見た。

 …逆効果である。


「ああ、安心しろ。痛くしない」


 何という説得力の無さか。

 先程、手錠で碌に動けないパンチパーマの男に一方的な暴力を振るった男が、笑みを抑えながら答えたのである。


「ほ、本当?」

「本当だとも」


 彼女が僅かな希望に縋り付くように尋ねると、男は安心させるように真面目な顔で答えた。


(絶対に嘘だ…)

(絶対に嘘です…)

(絶対に嘘ね…)

(絶対に嘘だな…)

(絶対に嘘よ…)

(絶対に嘘だろ…)

(絶対に嘘や…)

(絶対に嘘じゃん…)

(絶対に嘘…)


 この時、それを聞いていた全員の心が一つになった。


 癖っ毛の女が足首を立てて前屈みになり、勢いを付けて立ち上がる。


 ブルルンッ


 その勢いで、頭二つ分の質量が盛大に揺れ、彼女はバランスを取るのに四苦八苦した。


「…フヒヒ。こ、これで念願の処女卒業……ヤリチン……慣れてそう……いっぱい感じさせてくれる……皆に自慢できる…フヒヒヒ……」


 その衝撃的な光景に加え、彼女の活舌の悪さと小声も相まって、その言葉は誰の耳にも届かなかった。


 ――彼女は“陰キャ”である。

 見た目にお金を掛けない彼女は、凶悪な武器を持っていながら男性経験が皆無だった。

 そんな彼女も、異性への興味は人並み以上に持っている。


 今着ている服も、審査に並ぶ時に久しぶりに大勢の前に出るので、慌ててネットで調べて通販で購入したもの。

 お洒落に愚鈍な彼女は、流行の柄というだけで服を選んで注文したため彼女の特盛サイズに合わず、ブラウスが内側からはち切れんばかりに押し上げられて、ヘソが見えているような有り様だった。


 男は飢えた喪女の誘い受けに嵌ったとはいざ知らず、ブラをしていても歩くだけで揺れるそれから目が離せなくなった。

 彼女が怖がっているのは演技では無かったが、それでもこれは望み通りの展開。

 女の執念とは斯くも恐ろしいものである。


「あの…」


 最後の女性……と言うには幼過ぎる、ストレートの長髪に、キャミソールとミニスカートの少女が、恐る恐る口を開いた。


「あん?」


 ビクンッ


「ひっ!」


 男が振り向くと、少女は恐怖で泣き出しそうになった。

 別に男は脅していないし、責めてもいない。

 それどころか、人生初のモテ期――昨日一昨日の女はどちらかと言うとアレだった――に浮かれていて、顔がニヤけるのを必死で抑えている有り様……だから気持ち悪かったのである。

 しかし男は、少女がそんな失礼な理由で怯えたなどとは夢にも思わない。


「あ、オレロリコンじゃないから」


 男は右手をヒラヒラと振った。


「ふぁっ?!」


 予想もしていなかった返答に、少女は思わず変な声を上げてしまった。


 ――少女はアイドルである……しかも男性不信の。

 彼女の母親は、周りの反対を押し切って出来婚し、夫の借金を父親に無心した挙句、浮気されたと言って直ぐに離婚するような女性だった。


 だから、娘に自分の夢を重ねるのも当然の権利と考え、彼女が幼い頃からアイドルになるよう育てながら、「男は皆クズで浮気性で甲斐性なし。子供でも女の身体しか見ていないケダモノだから気を付けなさい」と口煩く躾けた。


 少女がアイドルになって、周りから感じる視線を母親に相談した時も、母親はそれ見たことかと鬼の首を取ったかのような大燥ぎ。

 アイドルなのだから笑顔を絶やさず、でも心は絶対に男に気を許すなと厳命した。

 視線の正体がレズでロリコンの女プロデューサーだと判明しても、母親は自分の過ちを認めるようなことは無かった。


 その結果完成したのが、顔には出さないが男を全く信用しない、素直な感情表現が苦手な作り物の美少女アイドルの彼女である。


「ほん…とに……?」


 そんな男に不信感しか持たないように育てられた少女が、敢えて目の前の男に声を掛けたのは、母親の身を案じてのことだった。


 僅か10歳の彼女は当然、【リアライザー】の戸籍登録の審査へは母親と一緒に行った。

 写真屋でも一緒だったはずの母親の姿は、この場にも【リアライザー】側にも無い。


 目の前の男は母親について、何も言わない。

 彼女はそんな状況だから、男に従わなければ【リアライザー】だけではなく、母親も酷い目に合わされると思った。


 ――どんなに酷い親であったとしても、そんな親しか知らずに育った子供にとっては、掛け替えのない親なのだ。


「だって自ポ法とか面倒だろ? 小さい女が抱きたければ、その手の店で娼婦を買った方が安全だからな」


 奇しくも、男がその代償行為に上げた例は大塚と同じだった。


 女がイイ男と付き合ったら自慢をしたいように、男だってイイ女と寝たら自慢をしたい。

 しかし彼らはプロだ。

 プロの犯罪者だ。

 うっかり喋ったり写真を残したりして、仕事そのものとは関係ないところから警察に目を付けられるような愚行など、避けて然るべきと言うのが彼らの共通認識。

 …尚、【リアライザー】側の電話担当はロリコンだが、愛でる方向にしか興味の無い生粋のロリコンである。


「そんな…」


 本来なら喜ぶべき状況なのに、彼女の中で今までの――母親に刷り込まれた――価値観(アイデンティティ)が崩壊した。


 目の前の男は確かに凶悪だ。

 人の命を何とも思わないことは、直接見ていなくても、転がっているスーツの男性を見れば分かる。


 目の前の男は女好きだ。

 ワンピースの女性の肩に置いた手は片時も離さない。


 目の前の男は脅迫もした。

 しかし、無理矢理襲ってはいない。

 大勢に持て囃される美少女アイドルを好きにできる機会なんて二度と無いだろうに、法律が怖いからその気は無いと言う。

 男と言うだけで批難する母親とどちらが理性的かは、生まれてからずっと躾けられてきた少女ですら疑う余地が無かった。


「お前らも【リアライザー】が大事なら大人しくしてるんだな」


 “卑屈そうな男”は放心したままの少女に興味を失い、キャバ嬢と陰キャ女の両手に華で倉庫を出て行くのだった…。

ショタコンを出したらロリコンも出さないとね

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