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ヒーロー:合流

 須磨真理は家族の帰りを待ち侘びていた。

 連絡が付かない息子たちが心配で、気を紛らわせるように始めた掃除も家中終わってしまい、今は夕飯を作っていた。


 ピンポーンッ


「は~い!」


 そこに呼び鈴が鳴り、彼女は慌ててコンロの火を消して玄関へ急いだ。

 もう日は沈んでいたが、旦那が仕事から帰宅するにはまだ早い時間。


「!」


 彼女は玄関に向かう途中、鍵を持っている息子が呼び鈴を鳴らす必要が無いことに気付いた。

 只の来客だと分かると、彼女の足は途端に重くなる。

 玄関に着いた彼女は、憂鬱な気持ちで玄関ドアのレンズ越しに外を見て固まった。


「?!」


 それもそのはず、玄関の向こうには熊のような大男が居たのだ。

 身長は2メートル近いか。

 下手なボディビルダー顔負けの筋肉で、着ているスーツは今にもはち切れそうだった。

 しかも日本人離れした目鼻立ちの爽やかフェイス。

 例え、それが非の打ち所のないヒーローらしい見た目だとしても、夜暗くなってからいきなり訪問されれば、初見で抵抗を感じるなと言う方が無理というものだろう。


「………」


 須磨真理が玄関で呆然としている時、アル・ラクスもまた玄関の前で呆然と立ち尽くしていた。


 渡良瀬警部から送られて来た地図を見ながら彷徨うこと十数分、楽人の家に到着した彼は呼び鈴を鳴らした。

 家の奥から歩いて来る気配は感じたが、いつまで待っても家人が出て来る気配が無い。

 ヒーローである彼には、夜分に何度も呼び鈴を鳴らしたり、大声で呼ぶことは憚られた。


 その結果、須磨真理とアル・ラクスは玄関の扉を挟んで、お互いに動けなくなってしまった。




「――何をしている?」


 膠着状態から暫くして、アル・ラクスの背後から声がした。

 新たな珍客は二人。

 声を掛けた方は、警察官の制服に身を包んだ、眼光の鋭い中背中肉の中年男性。

 もう一人は彼より頭一つ高い、アル・ラクスに匹敵する長身の男で、瘦せていると言うほどではないが引き締まった体躯、そして一定の太さのアイマスクで両目と眉毛が覆われていた。

 アイマスクは黒一色で飾り気が無く、ともすれば、ただ陰になっている様にも見える。


「アル・ラクスだな。渡良瀬の指示で来た高町だ。こいつは【心眼】」


 警察官――高町尚也(たかまちなおや)――はぞんざいに名乗ると、隣に立つ男を親指で指差す。


「【リアライザー】! 警察が【リアライザー】を捜査に使うのか!?」


 アル・ラクスの驚きに批難の色は無い。

 それは、公的機関がまだ人権すら無い【リアライザー】を採用する柔軟さへの、驚きと敬服だった。


「善意の協力者だ。…表向きはな」


 アル・ラクスが納得して頷く。


「…それより、何故入らない? ここは須磨楽人の家なのだろう?」


 当然の疑問だ。

 門扉の前ならいざ知らず、玄関の前で待っていると言うのも変な話だった。


「呼び鈴を鳴らした後、家人を待っている」

「…ちっ」


 高町は融通の利かない、飽くまで礼儀正しいアル・ラクスに舌打ちをした。

 高町は彼を押し退けるように前に出て呼び鈴を鳴らす。


 ピンポーンッ


「月凪警察署の高町だ」


 高町は懐から警察手帳を取り出して、玄関のレンズから見える位置に提示して名乗りを上げた。


「署から須磨楽人誘拐事件を任されて来た。捜査協力を願いたい」


 協力を願うとは言ったものの、その語気は強く、有無を言わさぬ熟練刑事のそれ。


 バタンッ


 須磨真理は息子が誘拐されたと聞いて、藁にも縋る思いでドアを開けた。

 熟練刑事の語気の強い言葉も、子を思う母の前では只の救いの声。


「お願いします! 楽人を! 息子を探して下さい!!」


 顔を見せた恩人の母親に、アル・ラクスは右手を左胸に手を当てて名乗りを上げた。


「初めましてマダム。私はアル・ラクス。御影アキラの【リアライザー】です」


 真理は最近仲良くなったママ友の子供の名前に目を丸くした。


「ガクト君には以前、アキラを誘拐犯から助けて貰った御恩があります。この度はガクト君が音信不通と聞いて、誠に勝手ながら警察に協力を仰がせて頂きました」


 自分の知らない所で息子が人助けをしたと感謝され、そして力になろうと言われていることに、真理は胸を打たれた。


「…状況を確認したい。まず最初に、楽人君は【共生者】だな?」


 高町の率直な確認に、真理は驚きと戸惑いを隠せなかった。

 息子が自分に教えない相手に、サーニャちゃんのことを話したのかと。

 そして、目の前の人物に、それを話してしまっても良いのかと。

 しかし、彼女の葛藤を最初から予想していた高町は、彼女の懸念を払拭する宣言をした。


「安心してくれ。警察が個人情報を守ることを天皇陛下に誓おう」


 普通は言えない言葉である。

 例え、本当に天皇陛下を崇敬していたとしても、尚更恐れ多くて口には出来ない。

 それほどまでに高町と言う刑事は、天皇陛下に、警察に、正義に誇りを持っていた。

 それは只の主婦に過ぎない須磨真理を、そしてヒーローとしての記憶と僅かな人生経験しかないアル・ラクスをして、信頼に値すると理解させるに足るものだった。


「分かりました。お話致します。…仰る通り、息子の楽人は【共生者】です」


 それから真理は語った。

 あの夜、楽人の元に“ミレニアム戦記”のサーニャが【リアライザー】として現れたことを。

 その後、彼女を世間の目から守りながら過ごして来たことを。

 楽人が家族以外に教えたという話を、聞いたことが無いことを。

 楽人が外で誰かを助けたという話を聞いたことはあっても、詳細を聞いていないことを。

 楽人とサーニャは最初からずっと仲が良く、直ぐに恋仲となり仲睦まじいことを。

 そして今日、審査が終わって昼食に間に合うように帰ると電話があって以来、二人とも電話が圏外でまだ帰って来ないことを。


「ふむ。…二人の写真を貰えるか?」

「はい。少しお待ち下さい」


 話を聞き終えた高町は捜索のために写真を求めた。

 真理はスマホを操作して二人の写真を選ぶと、その間に取り出した高町刑事のスマホへ送った。


 ピロンッ


「送りました」

「…ご協力感謝する」


 高町がスマホを確認すると、先週ハイキングに行った時のツーショット写真が届いていた。

 真理は最初、壁紙にしている「はい、あ~ん」している写真を送ろうとしたが、表情が人探しに向かないと思い直して、二人が彼女を振り向いた時の写真を送った。


「…楽人君の部屋を確認させて貰っても宜しいか?」

「はい。こちらです」


 真理が高町たちを二階の楽人の部屋へ案内する。


 部屋の中はとても綺麗だった。

 昼間、気を紛らわせるために真理が掃除したこともあるが、サーニャと暮らすようになって以来、楽人が学校に行っている間に彼女が掃除をするようになったことも大きい。


「【心眼】」


 高町は机の横に掛かっていたスクールバッグの左右を掴むと、【心眼】の前に差し出した。

 それは異様な光景だった。

 両眼をアイマスクで覆っている【心眼】がそれを受け取り、手の中で角度を変える度に鼻を近付けて臭いを嗅ぎ、そして最後にもう一度握りの部分の臭いを嗅ぎ直した。


(犬かしら?)

(犬だ)


 真理とアル・ラクスは失礼な感想を抱いたが、そこは遣り手ママと歴戦のヒーロー、眉一つ動かさない。


「…どうだ?」

「問題無い」

「良し…」


 【心眼】の返答に、高町は鷹揚に頷いた。


「奥さん、捜査協力に感謝する。…アル・ラクス、現場検証に行くぞ」


 高町はぞんざいに真理への礼を言うと、彼女の返事も聞かず、アル・ラクスに声を掛けて楽人の部屋を出て行った。


「失礼致しました、奥方殿」


【心眼】は長身を華麗に折って真理に礼を告げ、高町に言われるまでも無くその後を追う。


「マダム、ありがとうございます。ガクト君は必ず連れ帰ります」


 最後に、アル・ラクスが左胸に手を当て、深々と頭を下げて彼女に誓った。


「楽人とサーニャちゃんをお願いします」


 真理もまた、深々と頭を下げて彼らに託した。

 三人の正義の味方は、行方不明者の自宅を出て、失踪現場へと向かうのだった…。

(犬)

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