拉致:強気
「―――っ!」
大塚が楽人の下を去った後、時折、女性の金切り声が倉庫内に響いた。
楽人は大塚が確実に戻って来ない三分間で、周囲の状況を確認した。
倉庫内の人影は、大塚たちを含めて六つ。
その内の一つはまだ転がっていたが、他は全員起き上がって床に座り込んでいる。
誰も口を開かず、俯いたり、遠くを眺めたりしている。
数分後。
パンッパンッ
「はい、みんな集まるっす! 集まらないと酷いっすよ~?」
大塚が手を叩きながら、人影の一つ――老婆の下――へ歩いていく。
しかし、誰も彼の言葉に従おうとしない。
皆、【リアライザー】のことは大切だったけれど、それ以上に、今の状況に対する不安や戸惑いの方が大きかった。
大塚は老婆の下に到着すると、態とらしく倉庫内を見渡した。
まだ動こうとしない商品たちに、彼は呆れるでも、苛立つでも無く、憐みの視線を向ける。
大塚が振り返るのを見て、楽人が動き出した。
膝を曲げて屈伸の要領で立ち上がり、手錠の鎖の幅で大塚の下へ歩き出す。
続いて、先程まで大塚と話していた女性が、大塚を睨むのを止めて立ち上がる。
彼女がのろのろと歩き出すと、他の者たちも重い腰を上げ始めた。
彼女が大塚の下へ到着する頃には、全員が老婆の近くに集まっていた。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ…、どうやら全員集まったみたいっすね」
大塚と老婆を囲むように全員が集まり、やっと全員がお互いの顔を確認できた。
一人は“中年太りの男性”。
写真屋ウロボロス武田で、楽人たちと入れ替わりに撮影ブースに入った男性。
かなり太っていて栄養状態は良さそうなのに、前髪は荒れ地のように後退している。
相方の猫耳少女の姿は、ここには無い。
一人は“意識の高そうな女性”。
楽人たちが市役所で審査を終えて、部屋を出た時に顔を合わせた女性。
一見すると普通のスーツ姿に見えるが、フォーマルと言うには所々主張が激しい。
体型の話ではなく、腕時計やカフスなどが、これ見よがしに派手だった。
相方の目元にピアスをした青い髪の少年の姿は、ここには無い。
一人は“サラリーマン風の男性”。
真面目そうに見える割りに、クールビズでネクタイをしていない。
市役所に並んでいる最中、何度も警察官に注意されていた踊り子の【共生者】。
彼女が踊る度に、並んでいるだけで暇を持て余した人たちから歓声が上がったことは、大塚以外の全員が目撃している。
相方の紐のような衣装を着た踊り子の姿は、ここには無い。
一人は“気の弱そうな女性”。
困り眉に垂れ目で表情筋が固まったような、如何にも周りに流されやすそうな顔。
区々な服の色と半端な長さのスカートが絶妙に合っていない。
相方の髭の剃り跡が眩しいオカマの姿は、ここには無い。
一人は“人の良さそうな老婆”。
不安そうな顔には批難の色が無い。
相方の金色の小犬の姿は、ここには無い。
楽人を含めた六人、その誰もが何処にでも居そうな割りに、いざ探そうとすれば直ぐには見つからない。
お茶を勧められたら飲みそうな人たちだった。
「あっしはもう出てくっすけど、その前にもう一度言っとくっす。相方が大事なら静かにしてるっすよ?」
大塚はそれだけ一方的に言うと、その場を立ち去ろうとした。
「ま、待ってくれ!」
“中年太りの男性”が慌てて必死の形相で声を上げる。
「飯は! 食べ物はくれないのか!?」
この状況で空腹を優先した言葉に、“意識の高そうな女性”が鼻で笑う。
「はっ! これだからデブは! それよりトイレは何処?」
ダイエット慣れしている彼女は馬鹿にしたが、ここに居る面々は何れも昼食前に拉致されている。
他の面々にとっては空腹もトイレも同様に重要であり、両方とも気にしている様子だった。
「無いっす」
しかし大塚の返答は無慈悲だった。
あちこちから小さな悲鳴が上がる。
大声で不満を口にしないのは、大塚の機嫌を損ねたらどうなるか心配だから。
(俺は【共生者】も売る気だと聞いたから余り心配してないけど、聞いてない連中からすれば死活問題だろうな)
――人質に十分な栄養を与えられることは少ない。
古今東西、食事を制限することで、逃げたり抵抗したりする体力を奪うのは常套手段。
誘拐犯やテロリストに、人権の尊重などという心の贅肉は無い。
しかし、それが愛玩目的や臓器目的の人身売買となると話は違ってくる。
普通の人間は死にそうな動物や腐った食材に高い金を出さない。
「あんたねえ! 私にこいつらの前でしろって言うの!? 冗談じゃない! 男性なら女性を大切にしなさいよ! それが男性の義務でしょうが!!」
真っ先に低い沸点を越えた“意識の高そうな女性”が、噛み付かんばかりの勢いで大塚に食って掛かった。
それを見た“中年太りの男性”はドン引きし、“気の弱そうな女性”はオドオドし、“サラリーマン風の男性”は巻き添えは勘弁とばかりに逃げる準備をし、“人の良さそうな老婆”は心配そうな顔になった。
「あー、仕方ないっすねえ…。ボスに確認してみるっす」
しかし、意外にも大塚は怒りもせず、スマホを取り出して電話を掛けた。
「あ、もしもしボス。…かくかくしかじか…、…まるまるうまうま…、わかったっす」
ガチャッ
「ボスから特別扱いして差し上げろって言われたっす」
大塚の面倒臭そうな言葉を聞いて、“意識の高そうな女性”は、自分の意見が認められたと鼻息を荒くする。
「付いて来るっす」
スタスタと歩き出した大塚に、彼女は調子に乗って罵声を浴びせた。
「待ちなさいよ! こんなの付けたままでそんなに早く歩けるわけないでしょ!」
「仕方ないっすねー…」
大塚は振り返って、スタスタと戻って来る。
ポケットから鍵を取り出すと、彼女の前に屈んで足の手錠を外した。
ドン
手錠が外れた瞬間、彼女は膝で大塚の顔を蹴り上げた。
大塚は蹲り、彼女は彼を何度も蹴ったり踏んだりと繰り返した。
ゲシッ、ガスッ、ゴスッ
「あはははっ! 男なんてこんなものよ! どう? 女に成す術も無く足蹴にされる気分は?」
グイッ
彼女が調子に乗って蹴っていると、不意に蹴りつけた足が大塚に掴まれた。
「―――っ?!」
大塚がそのまま立ち上がると、足を掴まれていた彼女は仰向けに倒れて床に頭をぶつけ、言葉にならない悲鳴を上げた。
「いやー、ほんと、男なんてこんなもんっすよ」
大塚は全く痛くも痒くも無さそうに、蹴られたとは思えないほど綺麗な頬を撫でて見せる。
彼は最初に顔を蹴られた時、普通に手を上げて受け止めていた。
(そんなはずない! 私が男なんかに負けるはずがない! トレーナーだって敵わないって言ってたのになんで!)
“意識の高そうな女性”は頭を打った衝撃から立ち直り、視界に星をちらつかせながら心の中で狼狽した。
ジムに通って鍛えているという自負と、少し好みのトレーナーのリップサービスで、彼女は未だ現実が見えていない。
カチャカチャ、カチンッ
「ボスの命令だから連れてってやるっすけど、手錠はお預けっす」
大塚はそんな彼女の様子を気にもせず、相変わらずの軽い調子で彼女の足に手錠を嵌め直した。
「待って! なんで手錠を付けてるのよ?! 外してよ!」
彼女は折角自由になった足を再び拘束されて慌てた。
「大人しくしてたら外してやるっす」
「もうしないから!」
ドンッ
尚も抗議をする彼女に対して、大塚はまだ起き上がれない彼女の顔の横に足を踏み下ろした。
「二度は言わないっす」
彼の顔も目も笑っていたが、有無を言わさぬその言葉に、彼女は怯えて漸く口を閉じた。
「他の“女性”さんたちはどうっすか? 一緒に行くっすか?」
大塚が周りを見渡すと、
「…わ、わたしも…!」
“気の弱そうな女性”が、恐る恐る声を上げた。
「はいはい、じゃあお姉さんの足は手錠を外しますよっと」
カチャカチャ
大塚が“気の弱そうな女性”の足の手錠を外すと、“意識の高そうな女性”が妬みと逆恨みで凄い形相になる。
“気の弱そうな女性”はその視線に気付かず、得も知れぬ悪寒に身を震わせた。
「おばあちゃんはどうっすか?」
「私はいいですよ。その分もあの子には優しくやって貰えないかねえ」
大塚が“人の良さそうな老婆”にも労わるように声を掛けると、彼女は自分のことよりも【リアライザー】のことを心配した。
「んー……大人しくしてるから大丈夫っすよ」
「それなら良かった」
普通の気の良い若者と老婆のような会話をした大塚は、二人の女性を連れて去って行った。
ガラガラガラ
間も無く、少し遠くからシャッターの上がる音がして、
ガシャーンッ
そして下りる音が倉庫内に響き渡った…。




