拉致:監禁
「…んん…」
楽人は寝苦しさに目を覚ました。
目を開けると飛び込んできたのは、見覚えのある倉庫の内壁。
「…ふぁはふへほふぁはは…!?」
(…まだ夢の中か…!?)
寝惚けて呟いた楽人は、自分の漏らした言葉の不明瞭さで意識が一気に覚醒した。
(サーニャ!)
彼は無意識にサーニャの姿を求めた。
しかし、両手は腰の後ろで手錠を掛けられ、両足首にも手錠が掛けられていて、身体は思うように動かせない。
口は安物のハンカチで猿ぐつわを噛まされ、何を言っても呻き声にしかならなかった。
ゴロンッ
楽人はモゾモゾと身を捩って、その反動で上体を起こした。
彼の開けた視界に入って来たのは、アキラたちが囚われていた倉庫と酷似した光景。
周囲には人影が六つ。
「――お、今度はそっちの兄さんっすか」
その内の一人、その場で唯一自由の身である男――大塚――が声を上げた。
楽人が聞き覚えのある声に振り向く。
「今そっち行くから、ちょっと待ってろっす」
大塚は楽人を制止すると、直ぐに彼の前まで飛んで来た。
写真屋ウロボロス武田の若い店員、大塚。
彼は作業用のエプロンこそ外していたが、先程会ったばかりの楽人が見間違えるはずも無かった。
「ちょっと待つっす」
大塚は楽人の猿ぐつわを手慣れた様子で外すと、直ぐにスマホを取り出して電話を始めた。
「――こっちは帽子の学生が目を覚ましたっす。…了解っす。……兄さん、三分っすよ?」
大塚は指を三本立てて、人懐っこい悪意の無い笑顔でスマホを楽人に向ける。
そこにはサーニャの姿が映っていた。
『ガクト!』
サーニャが今にも泣きそうな顔で叫ぶ。
「サーニャ! 大丈夫か!?」
スマホに映る彼女に、暴力や乱暴を受けた様子は無い。
それどころか、“ミレニアム戦記”の衣装の上に着ているブラウスやロングスカート、何ならストールさえそのままだった。
『ごめんなさい…ごめんなさいガクト……。わたしが写真を撮りたいなんて言ったから…』
サーニャは馬鹿では無い。
【リアライザー】なので人生経験が少なく、普段は抜けているようにも見えるが、現実を理解して受け入れる知性も品性も兼ね備えている。
だから自分の非を認め、好きな人に迷惑を掛けたことを後悔していた。
「いいんだ、サーニャは悪く無い。俺がもっと気を付けるべきだったんだ」
審査が終わったことで、楽人も気が緩んでいた。
写真屋が表通りにあったことや、【リアライズ】以前から何度も見かけていたことで、すっかり安心してしまっていた。
本格的な撮影の雰囲気に飲まれ、感動し、警戒を怠ってしまった。
寝不足や空腹は何の言い訳にもならない。
――彼は何があってもサーニャを守ると誓ったのだから。
思い起こせば、不審な点は幾つもあった。
大塚がお茶だけ持って来たことも、手渡しで断り難くしたことも、記入用紙が無いと探しに行ったことも、入れ違いで他の客を撮影ブースに連れて行ったことも、戻って来なかったことも……全て念入りに仕組まれた罠だったのだ。
「あと二分っす」
大塚は指を一本曲げた。
「サーニャ、見てろ!」
楽人は手錠の掛けられた足を動かして後ろへ下がり、その場で不器用に一回りした。
「怪我とか無さそうか?」
『うん。大丈夫だと思う』
「じゃあ次はサーニャの番だ」
『わかった!』
サーニャが楽人の真似をして、スマホの向こう側で少し後ろに下がり、画面に全身が映ったあたりで一回りした。
彼女の手首と足首にも手錠が掛かっていた。
ロングスカートなので中が見えることも無く、彼女は無事に回り終えると割座――お姉さん座り――に戻った。
「あと一分っす」
大塚は更に指を一本曲げて、残り一本になった。
「サーニャ、俺が何とかする。絶対に無茶をするな」
楽人は足をバタつかせて身体を前に乗り出し、大塚の持つスマホに顔を近付けて、サーニャに言い含めた。
『でも…でも……!』
サーニャはまた泣きそうになる。
「信じろ」
楽人はサーニャの目を真っ直ぐに見て、その一言だけを告げた。
彼女も彼を見返す。
『…はいっ!』
短い沈黙の後、サーニャは空元気を振り絞って元気に答えた。
全てが伝わった訳では無い。
問題が解決した訳でも無い。
けれど、彼女は安心して笑顔になった。
今の楽人にはそれで充分だった。
ガチャッ
「ここまでっす」
大塚が待っていたかのようにタイミング良く電話を切り、楽人に忠告をする。
「そうそう。わかってると思うっすけど、大人しくしてないと、サーニャちゃんがどうなっても知らないっすよ?」
ギロッ
楽人が大塚を睨み付ける。
「おー、こわっ」
しかし、大塚はお道化てみせるが、堪えた様子は無い。
「…サーニャに何をするつもりだ?! 暴力か!? それとも…」
楽人はその可能性は低いと予想していた。
倉庫内に居る大塚を除いた五人の内一人は、写真屋で見かけた【共生者】。
楽人を含めると六人中二人が【共生者】。
そんな偶然は早々無い。
相互に人質とするなら、定期的に無事な姿を見せなければ意味が無い。
手際の良い大塚たちが、安易に手を出すとは考えられなかった。
「んなことしねーっすよ」
「まさか男色…」
「ちげーって!」
大塚から初めて軽い雰囲気が消え、本気で不機嫌そうな声で吐き捨てた。
「男色でも無いのに手を出さないと言われて、信じられると思うか?」
「ははっ、確かにそうっすね!」
大塚は楽人の言葉に納得し、不機嫌さが消えてまた軽薄な感じに戻った。
「何で攫ったと思うっすか?」
「そっち目当てじゃないなら人身売買だろ」
楽人が然も当然のように答えると、大塚は嬉しそうに笑った。
「そ、人身売買っす。どんな病気を持ってるか分からないのに、金の成る木に手を出して価値を下げるって、さすがに頭猿以下っしょ?」
大塚が世間を嘲笑うように宣う。
彼の言葉は正しい。
【リアライザー】は物理的に再現されているだけで、完全に地球上の生物とは言えない。
設定通りなら内面も人間そのものの場合もあるが、その肉体を構成している細胞や体内の細菌は、人間と同じとは限らない。
何処かで非人道的な研究をしている者たちなら知っているかも知れないが、その内容が全ての【リアライザー】に当て嵌まる保証は何処にも無いのだ。
薄い本のような展開は、現実には通用しない。
「女に興味はあると」
「当然っす。稼いだ金で安全な女とズコバコしまくりっす」
仮に大金を貢いだ女が病気を持っていたとしても、未知の病原菌に比べればマシである。
「調教して売ったりはしないんだな」
「はははっ、調教ってAVの見過ぎっすよ兄さん。兄さんだって他人に調教して欲しいなんて思わないっしょ? 【リアライザー】は代わりが無いんだからそれが当たり前っす。要望があれば別料金でやるっすけどね」
「な、なるほど…」
大塚の態度や言動は、彼が主犯では無いことを証明していた。
その態度は丸っきり三下みたいで、感情を抑えることも下手だが、考え方は現実的だし、仕事も出来る。
だからこそ彼の言っていることは信用に値した。
「それなら、なんで【共生者】まで誘拐したんだ?」
「えー、兄さんそんなこともわからないんすかー?」
大塚が面白がって冷やかすので、楽人は苛立って額に血管を浮かばせた。
大塚はそれを見て更にニヤける。
「つまり?」
「売るんすよ。人身売買。普通の人間でも、捨てたり殺したりするより儲かるんすよ?」
「…マジ?」
「マジっす。意外と若い男も売れるんすよ。女の方はダイエットとか化粧で内臓がヤバいっすからねえ……あ、勿論、こっちの需要もあるっすよ」
大塚はそう言って手の甲を頬に当てて見せる。
ホモ全般ではなく、オネエ系のことを指していた。
「げ…」
「ケケケっ」
楽人が本気で嫌そうな顔をすると、大塚は楽しくて仕方が無いとばかりに笑った。
「そう言えば俺たちの荷物はどうなったんだ?」
近くに彼のリュックや、サーニャの杖が入ったキャリーバッグは無い。
スマホはポケットから抜き取られていたが、財布やハンカチなどは残っていた。
「まとめてあるっすよ。購入者が希望したらプレゼント。オマケや特典みたいなもんっすね」
用意周到な大塚たちは、路地裏に捨てたりはしない。
探偵物のように、不自然に証拠を残して周ったりはしないのだ。
「――えっ? ここはっ?!」
離れた場所で若い女性が目を覚ました。
楽人と大塚がそちらを見ると、起き上がろうと四苦八苦している姿が見えた。
「時間切れっすね。騒いだらまた猿ぐつわっすからね?」
大塚は両手で持ったハンカチを口に当てる仕草をして忠告すると、今目覚めたばかりの女性の方へ歩いて行った…。
まだまだ




