写真屋
「あれっ! あれ見て下さいっ!」
サーニャが楽人と手を繋いでいない方の手で、進行方向のビルの一つにある看板を指差した。
そこには、
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写真館ウロボロス武田
素敵な今日の思い出を記録に
プロの技術であなたの魅力を最大限に引き出します
記念写真、証明写真、何でもご相談ください
リアライザーのお客様、特別サービス中
0570-XXXーXXXX
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と書かれていた。
楽人も時々見かける店で、パンチの利いたネーミングセンスが前から気になっていた。
【リアライザー】向けを謳った売り文句は初めて見たが、今のご時世そんなものは珍しくも無い。
「サービス中ですって! 入ってみましょう!」
サーニャは自分たちのために用意されたかのような偶然と発見に興奮した。
その余りに嬉しそうな様子に、楽人の頬も自然と綻んだ。
「まあ時間はあるし、行ってみるか」
「はいっ♪」
彼らは少し歩いて、ビルの一階にある写真館ウロボロス武田に入店した。
* * *
カランッ、カラーンッ
楽人たちが店に入ると、真鍮製のドアベルが小気味良い音を響かせて、店内に来客を報せた。
「いらっしゃいませー」
店の奥から若い男性店員が姿を見せる。
店員は写真館のイメージからすると若かった。
白いシャツも少し汚れが目立つが、作業用の紺色のエプロンは中々堂に入っている。
左胸には名札を付けていて、店名とは別に「武田」と名前が書かれていた。
「ようこそ、写真館ウロボロス武田へ。本日はどういったご用件でしょうか? 記念写真でも証明写真でも何でも承っております」
武田店員は愛嬌良く店のキャッチコピーを伝えた後、サーニャに視線を向けた。
「もしかして、そちらのお客様は、【リアライザー】様ではありませんか?」
楽人はその言葉を聞いて、自分の中で警戒心が跳ね上がったのを自覚した。
「…どうしてそう思った?」
「お気を悪くされたのでしたら申し訳ございません。ただ、お客様の髪が片側だけ真っ白でございましたもので…」
楽人が剣呑な態度を取ると、雰囲気を感じ取った店員は申し訳無さそうに言葉を濁す。
「今時、コスプレくらい珍しく無いだろう?」
「コスプレをなさる方は帽子で隠したりなさいません」
店員は《客の魅力を最大限引き出す》という売り文句に偽りは無く、客を見る目があることを暗に主張した。
(次から帽子に隠れる髪型にするか? …まあ、今はそれより…)
「【リアライザー】で無ければ写真は撮れないのか?」
「いえいえ、そんなことはございませんよ! 【リアライザー】様ならサービスをするだけでございます!」
店員は慌てて手を振って否定する。
「サービス?」
「はい。お取り頂いた写真を一枚、店内の宣伝材料として展示させて頂いたお客様には、サービスで半額とさせて頂いております。勿論、お客様の個人情報は漏らしませんよ。ええ、決して!」
店員は早口でサービスのメリットを提示した。
言われて楽人たちが店内を見渡すと、何点か【リアライザー】と思しき写真も飾られている。
(半額は魅力的だけど…)
楽人がサーニャを見ると、彼女は黙って頷いた。
「いや、止めておく。全額支払うから普通に写真を撮ってくれ」
「残念です。ではこちらへ。撮影ブースにご案内いたします」
店員は本当に残念そうな顔で、楽人たちを撮影ブースに案内した。
* * *
楽人たちが案内された部屋は、昔ながらの写真屋のイメージに近かった。
部屋は壁も天井も真っ白で、奥の壁は高所から白い布のようなものが垂れ下がり、足元に絨毯のように敷かれている。
天井に後付けされたライトや、キャスターの付いた撮影用のライトからは黒いコードが伸び、ライトは全て違う方向を照らす。
小洒落た木の椅子やぬいぐるみ、観葉植物といった定番の小物も少なからずあり、一見無造作に、けれども客の目を惹くように置かれていた。
そんな景色に溶け込む近代設備が一式。
移動式の大型スクリーンとプロジェクター。
店員の話では、撮影の背景をプロジェクターでスクリーンに映すオプションが人気なのだという。
サーニャが興味を示したので楽人が選ばせると、彼女は喜んで見本写真のアルバムと睨めっこを始めた。
サーニャは頁を捲っては唸り、前に戻ってはまた唸る。
店員も最初はニコニコしていたが、その内、遅いなあという雰囲気を漂わせ始め、店の入り口の方から声が聞こえて来たあたりで、楽人はサーニャが迷っている中から一つを選んだ。
――月下。
一言で言えばそれに尽きる。
青い月明りに照らされる夜の森に、蛍のような小さな光が舞う。
彼はその背景を見た瞬間、“ミレニアム戦記”のワンシーンを思い出した。
《夜空を染め上げる幻想的な青い月明りの元、サーニャは杖を掲げて星の海に祈りを捧げ…》
迷っていたサーニャも、彼の一押しに満足した。
これには店員もニッコリして、密かに胸を撫で下ろした。
店員はスクリーンとプロジェクターを移動して、スクリーンに頼まれた背景を映し出す。
楽人とサーニャは鞄やキャリーバッグを壁際に置いて、帽子もその上に置いて、スクリーンとプロジェクターの前に並んで立つ。
特別なポーズは取らない。
新郎新婦の記念撮影のように、只、寄り添った。
その頃には、店員はライトやカメラの調整を終わらせていて、彼らに合図をして撮影が始まった。
パシャッ、パシャパシャッ
店員は何度か角度を変えて撮影した。
「笑って」とか「こっち向いて」といった指示は無い。
記念写真には、証明写真のようなレギュレーションは無いからだ。
そこにあるのは、自然のままの姿を映し、魅力を引き出すプロとしての矜持。
――撮影自体は、始まってから物の数分で終わった…。
* * *
「はぁ~、楽しかったですぅ♪」
サーニャは、満足そうに溜め息を吐いた。
時間は然程掛かっていないのに、楽人も緊張が抜けて一気に疲れを感じた。
「現像には一時間ほどお時間を頂いておりますが、店内でお待ちになられますか?」
店員は手を揉み合わせて、急に商売人の顔になった。
撮影器具まで使った以上、ここで客にヘソを曲げられては丸損。
信頼と実績の後払い方式は、次に繋げてこそのものである。
「一時間だと昼は回るか」
「そうですねぇ。お義母様を待たせるのも申し訳ないですし…」
サーニャは唇に人差し指を当てて小首を傾げた。
「悪いね。後日受け取りで頼む」
「承りました。一度フロントに戻ります。記入用紙をお持ちするまで、そちらでお待ち下さい」
店員に先導されて楽人たちがフロントへ戻ると、受付には真新しいエプロンを着けた男性店員が居た。
椅子が並ぶ待合席には、中年男性と猫耳の少女が座っている。
ピクピクッ
猫耳少女の尻尾は揺れていて、髪の毛と一体化している猫の耳も好奇心旺盛に動いている。
楽人たちは彼らに軽く会釈をして、少し離れた席に座った。
「大塚君、こちらのお客様にお茶と書類を頼む」
「へいっ」
武田店員が指示を出すと、大塚と呼ばれた店員は店の奥へ消えた。
「お客様、お待たせいたしました。撮影ブースへご案内いたします。どうぞこちらへ」
武田店員は待合席の中年男性と猫耳少女を連れて、また撮影ブースへ向かう。
それと入れ替わるように、大塚店員がお盆にお茶を載せてフロントへ戻って来た。
「お待たせっす」
「ありがとうございます」
サーニャがお茶を受け取って、コクコクと飲み始めた。
「記入用紙は?」
楽人も審査や撮影の緊張感から喉は乾いていたが、彼はそれよりも記入用紙の方が気になった。
店の性質上、待合席にはテーブルが無い。
記入用紙を渡されたら、カウンターで書くことになりそうだった。
「すいやせん! 今ちょっと切らしてて。直ぐに用意しますんで、もう少し待っててくだせえ!」
大塚店員はペコペコと頭を下げる。
楽人が小さく溜め息を吐いてお茶を受け取ると、大塚店員はお盆を小脇に抱えて、再び店の奥へと消えて行った。
「あはははっ♪ おもしろい人ですね~♪」
「新人なのかもな」
楽人は内心腹を立てていたが、サーニャの笑顔に毒気を抜かれた。
彼は彼女の笑顔を見ながらお茶を啜ると、心の中のモヤモヤが緩くなっていくのを感じた。
(イライラはお腹が空いてるせいか)
家には今、母親一人しか居ない。
今日の昼食は、久しぶりに母親一人で作った料理となる。
それを思うと、彼のお腹は余計に空腹を訴えた。
身体は何ものにも代え難い愛妻の料理よりも、生まれてからずっと餌付けされてきた母親の料理を求めている。
「ふぁ~…。笑ったら何だか眠くなっちゃいました」
サーニャが口元を抑えて可愛い欠伸をした。
昨晩は興奮して眠るのが遅かった。
早起きな彼女は、楽人と違って夜更かしに慣れていない。
「昨日は遅かったからな。少し眠ってていいぞ。終わったら起こしてやる」
「ありがとぅ……ござい……ますぅ…………」
サーニャはそう言うと、隣に座る楽人に身体を預けて目を閉じる。
楽人の肩に、彼女の見た目通り軽い体重が掛かり、直ぐに穏やかな寝息が聞こえて来た。
すやすや…
「色々あったからなあ」
昨晩は眠れなくて、二人とも睡眠不足だった。
初めて朝から何時間も並び、審査で初めて会った人たちとの緊張した会話をし、初めての本格的な写真撮影をした。
全てがサーニャにとっての初めて尽くし。
疲れないはずが無かった。
それは楽人も同じこと。
学校や塾とは違う、ずっと知らない人たちに囲まれた時間。
今日一日で、この一カ月で見たよりも多くの【リアライザー】を目にした。
仮装行列に自分が混ざったような非日常感…。
「ふぁ…、俺も眠くなって来たな…。店員さん遅いなぁ…………っ?!」
楽人は不意に違和感を覚えた。
(店員が遅すぎる。…あれから何分経った? …さっきの客は…?)
心が騒めく。
(……店に何かあった……!?)
楽人は立ち上がろうとしたが、肩に掛かるサーニャの体重を差し引いても身体が重く、思ったように力が入らなかった。
重くなる思考、重い身体、眠くなった順番…。
「まさ…か……」
最悪の事態に気付いたところで、楽人の意識は深い眠りに落ちて行くのだった…。
油断大敵!




