審査:ありのまま
その後、行列は概ね三十分置きに進み、その度に数組の【リアライザー】と【共生者】たちが市役所から出て行く。
個人差が少ない安定した仕事ぶりは、お役所仕事の面目躍如と言える。
市役所の中の壁沿いには、折り畳み椅子が等間隔に並ぶ。
人間は種として長時間の移動を得意とするが、【リアライザー】には不向きな骨格の者も少なくなく、それに配慮した形だった。
防音設備がしっかりしているので、審査中の部屋から会話や音が漏れることは無い。
プライバシーに対する配慮から、並んでいる最中に何かを記入させたり、名前を呼んだりすることも無い。
「はい、次の人」
市役所の営業開始から、二時間が経過した頃。
個室の一つから一組の男女が退室し、楽人たちの順番が回って来た。
「はい」
今度は楽人が返事をして、隣に座っているサーニャと手を繋いだまま立ち上がる。
彼らは声のあった、退室した者たちの居た個室へ入った。
パタンっ
彼らが部屋に入ると、入り口の横に居た自衛隊員がドアを閉めた。
部屋の中は狭く、正面には会議室らしい折り畳み机と折り畳み椅子、右の壁際には保健室にあるような厚手のパーティションが重ねて建てられている。
机の正面には年配の温和な表情の女性、眼鏡を掛けた如何にもエリートと言った風情の三十前後の男性、若い女性の市役所職員の三人が座っていて、何れも胸にはネームプレートを付けていた。
机の入り口側には、背もたれの無い椅子が二つ。
片方は中央近く、もう片方はその左に並んでいるが、どちらも職員たちの正面からは微妙にズレている。
左の壁際に立つ堅物そうな警察官が、鋭い視線を楽人たちに向けた。
「どうぞ座って下さい」
椅子の中央に座る男性が、目の前の椅子を指した。
楽人が少し考えて中央の椅子を右にズラすと、サーニャはもう一つの椅子を左にズラし、二つの椅子が正面の三人と等間隔の位置になった。
楽人たちは手を繋いだまま、帽子を脱いで椅子に座った。
サーニャの白と黒に分かれた特徴的なツインテールが照明に映える。
楽人は背負っているリュックとキャリーバッグを降ろさない。
「ふむ」
男性職員が面白くも無さそうに反応し、年配の女性職員はにこやかな笑顔を崩さず、若い女性職員は「ふーん」とでも言いたげな表情をした。
(やはり行動も見られているんだな)
楽人は彼らの態度から察した。
実際、職員たちは見た目の審査を余り重視していない。
サーニャの容姿は白と黒の髪、緑と赤の瞳、小さな羽に尻尾と属性が渋滞を起こしているが、その程度はコスプレでも似せることが出来る。
羽や尻尾の付け根は手術でもしなければ一目で分かるが、逆に言えば、審査の間中見ている意味は無い。
それよりも、普段の関係性の方が重視されていた。
上っ面だけの審査なら、【リアライザー】を脅迫して誤魔化すことも難しくないからだ。
普段の関係まで完璧に騙せる人間は滅多に居ない。
記憶はあっても人生経験の足りない【リアライザー】ともなれば尚更のこと。
しかも相手は、対人経験豊富な市役所職員に、人を見ることが仕事の警察官、非常事態への対応力の権化たる自衛隊員のコンボ。
【リアライザー】も詐欺師でない限り、早々騙すことの出来ない布陣だった。
(これなら、俺たちは自然に振る舞った方が良さそうだ)
「君たちの審査は私たちがさせて貰う。私は一条、こちらの彼女は早瀬、こちらの彼女は鈴明、あちらの警察官は松木、自衛隊員は柿崎だ」
男性職員が一同を紹介すると、女性職員たちは頭を下げ、警察官と自衛隊員は楽人たちに視線を向けると、その場で身分証明書を出してみせた。
「まず…」
* * *
「お疲れさまでした」
年配の女性職員の締めの言葉で、職員たち三人が頭を下げ、楽人とサーニャの審査は終了した。
審査の内容は、概ね楽人が聞いていた通りだった。
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【共生者】の【リアライザー】と原作への思いの丈を尋ねられ、彼は包み隠さず語った。
サーニャが頬に手を当てて照れまくり、男性職員は激しく頷き、年配の女性職員は笑顔が固まり、若い女性職員はドン引きして……途中で止められた。
【リアライザー】の持ち物の確認は、部屋の一角をパーティションで区切って、楽人とサーニャと女性職員だけで行われた。
サーニャがストールを外し、ブラウスやロングスカートを脱ぐと、若い女性職員は露出度の高い衣装……と言うよりも、サーニャの豊かな胸を見て小さく舌打ちをして、楽人に冷たい視線を送った。
…そんな彼女の胸は範子より二回り小さい。
その後は、小さな羽や尻尾の付け根を見たり、衣装や杖を触ったり、撫でたり、軽く叩いてみたりしただけで、持ち物確認は何事も無く終わった。
年配の女性職員は、「政府に預けていただければ、材質などをこちらで調べます」と提案したが、楽人たちが断るとあっさり引き下がり、「いつでも引き受けるで、その時はどうぞお気軽に」と事務的に対応した。
男性職員が審査結果は後日になると言った。
つまり、サーニャのことは、まだ警察や政府の目に留まっていない…。
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「「ありがとうございました」」
楽人とサーニャも頭を下げ、椅子を立って帽子を被る。
相変わらず手を繋いだまま部屋の入口まで行くと、自衛隊員の柿崎がドアを開けた。
「ありがとうございます」
楽人がお礼を言ってサーニャと部屋を出ると、隣の部屋から出てきた女性たちと顔が合った。
女性の方は、主張の強いスーツを着た気の強そうな成人女性。
それに対して、もう一人は中学生くらいの容姿にしては無邪気な表情で、青い髪や目の下のピアスが目立つ。
犯罪臭がして並んでいる間も警察官に職質されたため、女性の顔には安堵の表情が浮かんでいた。
楽人と女性は何となく気不味くなり、会釈を交わして別々に出口へと向かった。
* * *
(…眩しい)
楽人は市役所を出ると、急な明るさの変化に目を瞬かせた。
日差しは既にかなり高かったが、彼がスマホを見ると、時間はまだ11時を回ったばかりだった。
「帰って食べるか」
「はいっ♪」
サーニャは日差しを余り気にした様子も無く、爽やかな笑顔で賛同する。
状況的には外食をしても良さそうなものだが、今の時期、市役所帰りの二人組と言えば大半が【リアライザー】と【共生者】。
【超生物保護法】が公布されたとは言え、世間はまだまだ騒がしい。
余り目立ちたくない楽人としては、そのまま外食は避けたかった。
まだ並んでいる人たちから離れて、楽人はスマホで母親に電話を掛けた。
トゥルルルッ、トゥルルルッ…
『どうしたの、楽人?』
「審査が終わったから、今から帰るよ」
『審査はどうだったのかしら?』
「バッチリ」
まだ結果は出ていないが、楽人たちは十分な手応えを感じていた。
『それじゃあお祝いしないとね。母さん、腕に寄りを掛けて作るわ』
「楽しみにしてる。サーニャに代わるね」
楽人はスマホをサーニャに手渡す。
「お義母様、わたしやりました♪」
『やったわね』
「はいっ♪」
言葉を殆ど省略しても、二人は意思の疎通が取れていた。
一緒に過ごした時間が一番長いのは伊達では無い。
「…それじゃあお義母様、失礼します」
サーニャは満面の笑みで電話を切り、スマホを楽人に返す。
彼女たちが手を繋いだまま家路を辿り始めると、直ぐに、見覚えのある踊り子が躍っている姿が目に入った。
(朝早く来て良かったな)
行列は来た時よりも延びていて、楽人は密かに安堵の溜め息を漏らした。
「…ガクトはああいうのが好きなんですか?」
サーニャがそれを勘違いして、ジト目で口を尖らせる。
(多分、踊っていなければ、気にも留めなかったけどなぁ…)
その踊り子は露出が多過ぎた。
動いていなければ只の小麦色の塊と変わらず、服を着ていないマネキンと大差が無く、サーニャ一筋の彼が興味を惹かれるようなものでは無かった。
だからこそ、
「いや。サーニャには着て欲しくない。他の男に見せたくない」
「キャーッ♪」
お揃いの帽子――男物と女物の違いはあるが――を被ったバカップルの惚気に、少し離れた場所に並んでいる【リアライザー】と【共生者】たちが生暖かい目を向ける。
多かれ少なかれ、彼らも似たようなものなのだ。
もしそこが警備の範囲外なら、一般人から嫉妬と殺意の篭った視線を向けられていただろう。
楽人たちは彼らを気にせず、家路を辿った。
彼らが市役所を離れて警備の外に出る頃には、件の踊り子はまた踊って、また警察官に注意されているのだった…。
反省なんて犬の餌!




