審査:行列
月凪市は中核市――人口20万以上――なので、市内の市役所で審査が行われる。
車は家を出て間も無く、街の中心部に到着した。
まだ市役所からは離れているというのに、通りには行列が出来ている。
中には、持参した椅子に座ったり、地面に座っている者の姿もあった。
所々、人型では無い【リアライザー】も並んでいるので、単なる仮装行列の見間違いということは無い。
例えば、鎖帷子ではなく網タイツもどきにレオタードを着た女忍者。
例えば、タキシードを着た身長2メートル半で十頭身のイケメン。
例えば、大きな四枚の翼をキャスターに載せている、天使みたいな美少女。
例えば、青々とした髭の剃り跡が眩しい、筋肉質のオカマ。
例えば、衣類の代わりに金色の装飾品を纏った、エジプト風の褐色美人。
例えば、老婆に抱き抱えられた、賢そうな金色の毛並みの小犬。
例えば、髪の差し色が綺麗に色分けされている耳の長い、小生意気そうなエルフの幼女。
例えば…
並んでいる男女比は、一見すると同じくらいに見える。
しかし、よく見ると目立つ容姿や服装は女性に多く、逆に凡庸な容姿は男性が多い。
女性の【リアライザー】が多く、男性の【共生者】が多いのである。
その原因は、男女の性分の違いに因るところが大きい。
男性は事実で判断して感情を後回しにする傾向が強く、思考は現実的になるが、悪く言えば愚鈍になりがち。
女性は感情で判断して論理をすっ飛ばす傾向が強く、思考が早くなりアイデアも出やすいが、悪く言えば現実性に欠けがち。
これらは本来、どちらが優れている劣っているという話では無く、傾向の違い、得意分野の違いに過ぎない。
――しかし、【共生者】の適性となると話は変わる。
設定の解釈に感情が混ざれば、【リアライズ】の条件を満たせない。
また、現実を無視して理想を突き詰めた先にあるのは全能……即ち没個性。
その結果がこの行列の男女比なのである…。
「最後尾だ。父さん、ここで降ろして」
楽人は列の最後尾を発見して、父親に停車を頼んだ。
最後尾の近くにも警察官が居て、行列が割れたり横入りが無いように見守っていた。
「了解した」
父親は車を歩道に寄せて停めた。
後部座席の助手席側に座る楽人がドアを開け、キャリーバッグを出しながら車を降りる。
彼に続いて、サーニャも同じドアから車を降りた。
風で飛ばないように帽子を押さえながら、ロングスカートが風に靡く姿は、まるでどこかのお嬢様。
しかし悲しいかな。
彼女が降りたのは、日本中にありふれた平凡な日本車。
目の前に並んでいるのは【リアライザー】の行列。
彼女が目立つことは無く、彼女を目にした通行人も、並ぶ人たちも、直ぐに【リアライザー】の行列へと視線を戻してしまった。
仮装行列と同じである。
例え現れたのがトップアイドルや総理大臣だったとしても、大差は無かったであろう。
現に、彼らが車を降りている間にも、行列は伸びていた。
「ありがとう、父さん」
「ありがとうございました、お義父様」
楽人たちは、念のために小さな声でお礼を言った。
見た目では人目を惹かなくても、声優の作り声と同じ声に反応する、駄目絶対音感持ちが居ないとは限らないから。
「どういたしまして。頑張って来いよ」
「「はいっ」」
二人の返事が重なる。
楽人が車のドアを閉めると、彼らは手を繋いで行列の最後尾へと向かった。
* * *
「審査の予約ですか?」
楽人が行列の最後尾に近付くと、若い警察官が声を掛けて来た。
警察官の話し方は丁寧だったが、何処か気怠さがあり、今日だけで既に何十回と繰り返した倦怠感を隠し切れていなかった。
「はいっ」
サーニャが元気良く答える。
お揃いの帽子で欺瞞工作をしているので、こう言った会話は双方が、面倒な相手は男の楽人が対応する手筈になっていた。
「それではこちらにお並び下さい」
「ありがとうございます♪」
サーニャがお礼を言うと、若い警察官の顔が緩む。
警察官は楽人の視線に気付くと、直ぐに表情を引き締めて、そそくさと周囲の警戒に戻って行った。
こくりっ
楽人たちが指示された最後尾に並ぶと、直ぐ前に並んでいる少女が振り返って頭を下げた。
その隣に並んでいるのは、少女漫画でよく見かける、高身長であどけない顔の美(?)少年。
楽人とサーニャが黙って会釈を返すと、彼女らはまた前に向き直った。
「審査の予約ですか?」
後ろから、先程と全く同じ台詞が聞こえた。
楽人たち――前に並ぶ少女も――が振り返ると、先程の若い警察官が、近付いて来たスーツ姿の若い男たちに話し掛けていた。
男たちは警察官に話し掛けられてビックリし、首を振って早足で去って行く。
彼らは通勤途中に行列を見かけて、興味を惹かれただけだった。
楽人とサーニャが前に向き直ると、少女と目が合った。
少女は驚いて瞬きをした後、苦笑いを浮かべて恥ずかしそうに前へ向き直った。
サーニャが不思議そうに小首を傾げて楽人を見る。
彼が鷹揚に頷くと、彼女は笑顔で頷くのだった…。
* * *
一時間ほど経って市役所が開く時間になると、行列が進み始めた。
「動いたね」
「ああ、俺たちも進もう」
楽人たちもそれに倣って進んだが、それから一分も経たずに行列は止まった。
先頭が市役所内の審査会場に入り、審査を開始した証拠である。
市役所に近付くほど、遠巻きに囲む警察官や自衛隊員の姿が増えていく。
彼らの注意は、主に外野と【リアライザー】に向けられていた。
【リアライザー】は守るべき対象でありながら、加害者になる可能性も否定し切れない。
そんな警察官や自衛隊員の苦労が見え隠れしていた。
「もう止まり?」
「意外と同時に審査できる人数は少ないみたいだな」
周りの人たちも大半は落ち着いたものだった。
極一部、動き出す前から文句を垂れていたようなクソガキやおばちゃんが、「早く進め」とか「何止まってんのよ」と愚痴っているくらいのもの。
もう警備の範囲内なので、範囲外の見物客たちの声は届いて来ない。
わああああぁぁぁぁーーーーーっ
行列の後ろの方で歓声が起こった。
興味を惹かれた楽人たちが振り返って見ると、行列の曲がり角付近で、露出度の高い踊り子のような衣装を着た、小麦色の肌の女性が踊っている。
【共生者】らしい人影は放置しているので、【リアライザー】のファンサービスか売名行為かは判りかねた。
「あっ、警官に注意された」
【リアライザー】の正装が猥褻物陳列罪に当たるかは議論の余地があるが、許可なく路上パフォーマンスをすることは明確な道路交通法違反。
現在はまだ【リアライザー】に人権は認めらていないし、戸籍取得前なので国民の義務も発生していないこともあって、代わりに【共生者】が処罰の対象となる。
警察官にそれを指摘すると、踊り子の女性は勢い良く頭を何度も下げて謝った。
警察官は注意だけ済ませて警備に戻ったが、彼女は注意した警察官が視界から消えた途端にまた踊り出した。
この後、彼女は何度も同じことを繰り返し、周囲の喝采と警察官の冷たい視線を集めるのだった…。




