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審査:朝

「おはようガクト~……むにゃむにゃ……」


 ベッドで目を覚ましたサーニャが、眠そうに目を擦りながら挨拶をする。


「…おはよう、サーニャ」


 隣で眠っていた楽人も、その声で目が覚めて朝になったことに気付いた。


 7月30日、土曜日。

 今日は彼らにとって念願の、サーニャの戸籍登録審査の日。

 この審査で認められえば、彼らは公的に家族となる。

 結婚するためには楽人の成人を待たなければならないが、それでも彼らにとって大切な日であることに変わりは無い。


 昨晩は興奮のあまり、二人揃って夜遅くまで眠れなかった。

 愛し合う二人が、安心するために何をして眠ったかは言わずもがな。


「朝食を食べに行くぞ」

「ふぁい…」


 彼らがベッドの上で身体を起こすと、掛布団がずり落ちて、生まれたままの姿が現れた。

 夜遅くまで励んだまま眠ったせいだ。


 楽人は絨毯に落ちている着ぐるみパジャマを、寝惚け眼のサーニャに着せてあげる。

 別に審査に着て行く服を着せても良かったが、寝惚けた彼女が朝食で汚すことを危惧してのことだった。


 サーニャは楽人にされるがままに、着ぐるみパジャマに足を通し、手を通し、黄色い人型のユントロと化す。


 ぽんっ


「ふにゅ~…♪」


 楽人が満足してサーニャの頭に手を置くと、彼女は嬉しそうで眠そうな声で鳴いた。

 それから、彼も彼女に合わせて――普通の――パジャマを着て、二人で食卓へ向かった。



 * * *



「おはよう、楽人、サーニャちゃん」

「おはようございまふ…」

「あらあら」


 楽人たちが食卓に行くと、母親はいつも通り笑顔で出迎え、直ぐにコーヒーメーカーで彼らの分のコーヒーを用意し始めた。


「大丈夫か?」


 父親は既に朝食を終え、スーツ姿で優雅にコーヒーを飲みながら、タブレットでニュースを確認している。

 今朝は出勤前に、楽人たちを審査会場のある駅前まで車で送ることになっていた。


「どうせ着いたら審査まで並ぶし、時間あるから大丈夫」


 昨日、一昨日のニュースでは、審査会場は開始時間前からかなり並んでいた。

 予約は対応可能な人数しか受け付けていないので、市役所の終業時間に合わせて行けば並ばずに済むかもしれない。

 しかしその場合、ズレ込んでお開きとなったら目も当てられない。


「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした♪」


 朝食を食べ終わった楽人とサーニャは部屋に戻り、着替えて準備の最終確認を行った。


 サーニャは初めて会った時の――“ミレニアム戦記”の――正装に着替えた。

 小さな羽や尻尾のために背中やお尻の付け根が露出した、可愛さと露出度は両立していても機能性は感じられない衣装。


 別に着て行く必要は無いが、持ち物の持参は義務付けられている。

 本物か確認するために、現場で着用を求められる可能性を考え、着て行くことになった。


 その上から更に、夏物のブラウスとロングスカートを着て、いつものストールを纏い、鍔広帽子を被る。

 暑さと周りの視線対策である。

 小物を持ち歩くためにお洒落な鞄を肩から下げた姿は、どこから見ても普通の――コスプレ頭の――お嬢様だった。


「可愛い」

「キャーッ♪」


 サーニャが全身で喜びを表現する。

 楽人は目立たないか少し心配になったが、ニュースで並んでいた【リアライザー】を思い出して許容範囲と考えた。


 最大の難物、彼女のトレードマークとも言える杖は2メートル近くあり、その先端は独特の形をしていて、中心には詳細不明の宝石が付いている。


 普通に持ち歩けば目立って仕方が無いので、母親がキャリーバッグを作ってくれた。

 色はサーニャの白と黒の髪をイメージしたグレージュ。

 杖がスッポリ入り、中に何が入っているか見えず、リュックのように背負う紐も付いている。

 知らない人が見れば、アイスホッケーのスティックか、魚を取る網あたりを連想すると思われた。


 それに対して、楽人はサーニャとお揃い――男物ではあるが――の鍔広帽子以外は只の普段着。

 二人とも普通の服を着て帽子で顔を隠すことで、遠目にはどちらが【リアライザー】か分からなくするのが目的だった。

 彼のリュックには、夏バテ防止の水分や、消臭スプレーなどが入っている。


「サーニャ、回ってみて」

「は~いっ♪」


 くるりんっ、ひらーりっ


 サーニャがスカートを摘まんでその場で回転をすると、軽やかにスカートが舞い、その綺麗な膝から下が覗き見えた。


「よし。羽も尻尾も目立たないな。今度は俺を確認してくれ」

「任せてくださいっ」


 サーニャは可愛らしく拳を握り、『ふんすっ、ふんすっ』と鼻息が聞こえそうなくらい気合を入れた。


 とんっとんっとんっとんっとんっ


 楽人はその場でゆっくり歩いて回った。


「むむっ」

「どうした?」


 サーニャが難しそうな顔をして唸った。


「もう一度お願いします」

「分かった」


 とんっとんっとんっとんっとんっ


 楽人は今度は逆回転をした。


「むぅ~…」


 またしても唸るサーニャ。


「どこがおかしいんだ?」

「…やっぱりガクトはかっこいいです~♪ もう一回! もう一回!」


 サーニャは目を輝かせ、祈るように手を組んで上目遣いにお願いし始めた。


「よし。父さんをあまり待たせるのも悪いから、もう行くぞ」


 楽人はサーニャを無視して、リュックとキャリーバッグを背負い、部屋の入口へ向かう。


「あ~ん、待ってくださ~い!」


 サーニャも慌てて、帽子を押さえながら楽人を追うのだった…。



 * * *



 玄関には母親が先に来て待っていた。


「本当は一緒に行ってあげたいけれど、お邪魔だしねえ…」


【共生者】には小さい子供も居るため、保護者が一緒に並ぶことは禁止されていない。

 しかし、警備をしている警察から身元確認はされるし、並んでいる他の人からすれば邪魔でしかない。

 気配り上手な母親に、付き添うという選択肢は無かった。


「子供じゃないんだから大丈夫だって」

「そうですよお義母様。安心してお家で待っていてください」


 この中で精神的に一番幼いサーニャが力説すると説得力が無く、楽人と母親は顔を見合わせて苦笑した。


「サーニャちゃんの杖、気を付けるのよ」

「分かってる。気を付けるよ」


 ポンポンッ


 楽人はキャリーバックを背負った左肩を叩いて見せた。

 彼も“ミレニアム戦記”の会話シーンで画面からはみ出している杖を見る度に、「よく何処にでも持ち込むなあ」と思ったものである。


 彼はキャリーバッグを一度降ろして、靴を履いてから背負い直す。

 サーニャはその横で、歩き易そうな無地の紐靴を履いた。

 “ミレニアム戦記”の衣装には靴もあったが、普通の服と組み合わせるには派手なので、今は楽人のリュックに入っている。


 ガチャッ


 玄関のドアを開けて楽人たちが振り返る。


「行ってきます」

「行ってきます、お義母様」

「行ってらっしゃい」


 楽人とサーニャは母親に見送られながら家を出て、父親が準備していた車に乗り込む。

 キャリーバッグは助手席を倒して載せ、楽人が後ろの席で肩に固定した。


「ちゃんと固定したか?」

「大丈夫だよ、父さん」


 サーニャも手慣れたもので、言われるまでも無くシートベルトをしっかりと固定する。

 今日は原作衣装の上から薄手のブラウスと言うこともあって、シートベルトで胸の形が強調されていた。


「では出発するぞ」

「は~い」


 父親自慢の――日本でも世界でも人気の平凡な――車で、【リアライザー】の戸籍登録審査会場へ向かって出発した。

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