審査開始
木曜日。
今日から【リアライザー】の戸籍登録審査が行われる。
審査は日本だけではなくG7各国で行われるが、時差の関係で他の国は明日からの開始となる。
予約の遅れた楽人とサーニャの審査は明後日。
彼らは前以て情報を得られるとポジティブに考えていた。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした、お義母様♪」
「お粗末様」
朝食を終えた楽人とサーニャは、居間へ行ってソファーに並んで座り、テレビを点けた。
《――こちら現場の卯月です。市役所へ向かう道は、既に【リアライザー】と【共生者】で溢れ返っています》
現場の女性リポーターが実況をしている。
美人すぎるアナウンサーに比べて、美人すぎるリポーターという言葉は余り聞かないが、そう言っても差し支えないくらいには美人だった。
審査の予約は日付しか指定されないため、まだ市役所の営業時間前だと言うのに、市役所前の通りには既に行列が出来ていた。
マイナンバーカードの登録初日やキャンペーン初日の様子に近い。
市役所近辺は駆り出された警察と自衛隊が警備に当たっていて、マスコミもシャットアウトされている。
日本政府がG7各国や世界への模範となるべく、【リアライザー】と【共生者】の人権やプライバシーに配慮している姿勢が窺えた。
《ボンッ》
何かが弾けるような小さな音がして、画面の端、空中で煙が上がった。
「何でしょうか?」
真剣にテレビを見ていたサーニャが首を傾げ、テレビから目を離さずに呟いた。
《おっと。無断撮影しようと市役所に近付いたドローンが、自衛隊に捕獲されたようですね》
ドローンは人口集中地区の飛行や、下に人が居たり、通りかかりそうな時の飛行は法的に禁止されている、審査会場以前の問題。
マスコミも警備内での撮影が禁止されているため、違反者への感想は辛辣だった。
* * *
暫くして市役所の営業時間になると、行列が前に進み始めた。
更にもう少し経って、先頭の方に並んでいた人たちが審査を終えて出て来ると、マスコミがインタビューに殺到する。
楽人たちが見ている番組の女性リポーターは、それらを一切無視して、ある人物が警備範囲外に近付いたところで真っ先にインタビューに向かった。
《“サンダーライザー”のヴァジュラさん。コメントをよろしくお願いします!》
それは楽人も知っている“サンダーライザー”の鍍金ヴァジュラと、その【リアライザー】である絶気アスラだった。
二人とも茶色い丸レンズのサングラスを掛け、タンクトップにデニムと言うラフな格好に、エレキギターを背負っている。
アスラは歌で宇宙を救うアニメ、超次元要塞マシロスシリーズで、歴代トップクラスの人気キャラである。
彼のエレキギターがSFみのあるデザインなことを除けば、知らない人が見たら近所の――イケメンの――兄ちゃんにしか見えない。
【リアライザー】と【共生者】のファーストライブを見た番組関係者が、彼に狙いを定めていたのだ。
《いいぜ。だけど俺たちはロッカーだ。長話は苦手なんで、その辺は勘弁してくれ》
ヴァジュラが気風の良い返事をする。
《ありがとうございます。それではまず、自己紹介をお願いします》
リポーターが二人の中間にマイクを差し出す。
ヴァジュラとアスラは顔を見合わせると、ヴァジュラが顎を上げ、アスラが頷いた。
《じゃあ俺からいくぜ。俺の名は絶気アスラ。宇宙移民船団マシロス6でバンドをやってる“ファイアーライザー”のボーカル兼ギターだ》
作中の呼称である宇宙移民船団と口にしたのは、彼にとってそれが確かな記憶だから。
《俺は鍍気ヴァジュラ。見ての通り、アスラに感銘を受けてバンドをやってる。興味を持った奴は俺たちの歌を聞いてくれ。配信でも良いけど、ライブは一味違うぜ》
《Hearing My Song!(俺の歌を聞け)ですね? 私も聞いたことがあります》
《ははっ。そっちはシリーズで擦られたからなあ》
ヴァジュラが苦笑するように、後のシリーズでも擦られた分、知名度では名台詞の方が上だった。
《では次の質問です。審査はどんな感じでしたか?》
自己紹介の次は本題。
《一概には言えないな…》
自然にポーズを突けてしまうのはロッカーの性か、将又彼の癖か。
ヴァジュラは片手を後頭部に当てたり、顎に当てたり、全身で視線を彷徨わせて考えた。
《口外するなとは言われてないから言うが、普通にアスラ……【リアライザー】への思いの丈を聞かれたね》
《思いの丈、ですか?》
《ああ…。だから思う存分、俺の情熱を聞かせてやったぜ!》
ジャラーンッ
ヴァジュラはエレキギターを掻き鳴らして見せる。
審査中に市役所から彼の演奏が聞こえなかったのは、市役所に防音設備が整っているお陰。
エレキギターの音は、周りの人たちの視線も引き付けた。
他の【リアライザー】や【共生者】、報道陣や一般人を問わず目を引いたが、大半は直ぐに自分たちの相手に向き直った。
《目の前で語られた訳ですね》
《出会ってから散々聞かされたからな、今更さ》
リポーターがアスラに話題を振ると、彼は満更でも無さそうに少し下を向いて肩を竦めた。
《なるほど。他には何かありませんでしたか?》
《後は、アスラが現れた時に身に着けていた物も確認してたな。勿論、同性が対応したぞ。政府に預ければ調査してくれるらしいが、俺たちは必要無いから遠慮したぜ》
《ほうほう。強制では無かったと》
《ああ》
【リアライザー】の装備品は材質こそ不透明であるが、世間に危険性を認められていない。
人権擁護団体を意識している大国の政府が、強制的に押収できるはずも無いが解析はしたい。
そんな本音が透けて見える采配だった。
《次の質問です。戸籍登録の許可が下りる自信のほどはどうですか?》
《はははっ。それこそどうでも良い話だな。俺たちは正直に答えた。許可が下りなくても何も変わらないさ》
ロッカーらしい返答だった。
「それなら審査に行かなくても良かっただろう」と考える者も少なくないだろうが、役人の前でも示威行為をするのもまた、ロッカーらしさである。
《それでは、最後に一言お願いします》
ジャララーンッ
《《Hearing We Song!》》
ヴァジュラとアスラはエレキギターを掻き鳴らして、そのまま歌い始めた。
《―――!》
リポーターは止めようとしたが、彼らは止まらない。
周りの人たちは、彼らを知っている人も知らない人も盛り上がり、市役所から少し離れた普通の道端が、ストリートライブの会場と化した。
ディレクターも放送続行を指示し、一曲終わるまでライブの生中継が行われた。
テレビ画面には時々、ファンに混ざって「キャー! キャー!」言っているリポーターの姿が映っていた。
(…よく見たら、あの日客席に居たような…)
ヴァジュラとアスラのインタビューを推したのは彼女だった。
このライブは後にネットで、『原作再現し過ぎ』『俺たちのアスラがまたやってくれた』などのコメントが溢れ返ることとなる。
《ありがとうございました、“サンダーライザー”のヴァジュラさんとアスラさんでした》
リポーターは遣り遂げた晴れやかな顔で締め括った。
《それでは次の人に聞いてみましょう》
一曲とは言え、ライブで盛り上がった直後の切り替えの早さに、楽人は彼女のプロ根性を見た気がしたのだった…。
* * *
「中々興味深かったな」
楽人にとって、得るものの多いインタビューだった。
まず、審査会場の周辺はマスコミも入れないほど警備が厳しいこと。
サーニャは賢い設定の割りに抜けているので、安心して並べることで、彼の不安材料が一つ減った。
また、テレビには警備の範囲外しか映らなかったが、それでも大量の【リアライザー】が映っていた。
市内にも本当に大量の【リアライザー】が隠れていたのだ。
(あの様子だと、もしかしたら人口の1%説を超えるかも知れないな)
事前に審査内容を知れたことも大きい。
好きなキャラクターへの思いの丈をぶつけることは、本当の【共生者】か見定めるのに相応しい質問と言える。
しかし、質問を事前に知ったことで、冷静過ぎて審査に落ちる可能性も否めない。
彼は後で“ミレニアム戦記のサーニャ”への熱い思いを見つめ直そうと考えた。
それと【リアライザー】の持ち物検査。
審査には『【リアライザー】が現れた時の持ち物を持参するように』との文言があったので、楽人は少し警戒していたが、同性が対応すると聞いて安心した。
違法ドローンの即時捕縛を見る限り、お役所仕事に期待できそうだった。
「――っごかったですね!」
サーニャがライブの生中継から我に返り、楽人を振り向いて同意を求めた。
「俺も最近ファンになった」
【リアライザー】はあくまで【リアライズ】……物理現象なので、全てが設定通りとはいかない。
しかし、音楽は物理現象だ。
彼らの歌声は、初めて聴く人々の心にも響く。
まるで歌も、思いも、人の心さえも物理現象なのだと訴えているかのように…。
だから【リアライザー】であるサーニャが感動しても、そこに何の不思議も無い。
「ガクトも最近なんですか?」
「この間、バイトで遅くなっただろ? あの時のバイトが、ヴァジュラさんたちのライブだったんだよ」
「ええーっ?! 何でわたしも連れてってくれなかったんですか!?」
サーニャが羨ましそうに無茶な話をする。
「戸籍登録が終わったら、今度一緒に行くか?」
「いいんですか?!」
さっきは行きたがったのに、いざ誘われると応じて良いのか悩んでしまう。
サーニャの育ちの良さ――“ミレニアム戦記”の設定だが――が滲み出ていた。
「勿論だ」
「ふあぁ……ガクト大好きですっ♪」
サーニャがソファーに座ったまま楽人に抱き着き、彼も抱き返す。
二人はその後もイチャイチャしながらテレビを見ていたが、内容は余り代わり映えしなかった。
“サンダーライザー”のライブが、全て持っていった感は否めない。
彼らはまた名を上げたのだ。
私も名を上げたい




