↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/166

御土産

 月曜日の昼下がり。

 楽人が塾に向かう途中、近所の公園に寄ってみると、知っている小さな子供たちが遊んでいた。


「あっ、きんぎょのにいちゃん!」


 外ハネショートボブの園児、御影アキラが楽人に気付いて駆け寄って来る。


「アキラ君、きんぎょじゃくて近所だぞ」

「えへへー」


 楽人がアキラの頭を撫でて訂正すると、彼は嬉しそうに笑った。

 続いて坊ちゃん刈りの園児、宇津木ライトも駆けて来た。


「にいちゃん、こんにちわ」

「ライト君は挨拶ができて偉いなぁ」

「うん!」


 楽人がライトの頭も撫でると、こちらは少しむずがゆそうにしたので、直ぐに手を離した。


 アキラやライトが通っているのは教育施設の幼稚園なので、福祉施設である保育園と違って夏休み中だった。


「久しぶりだね、ガクト君」


 子供たちの後ろから歩いて来たスーツ姿の美丈夫が、穏やかな通る声で言った。


「元気そうだな、アルクス。もう怪我は大丈夫なのか?」

「ああ、見ての通りだ。その節は世話になったな」


 彼がワイシャツをはだけて見せると、胸と腹に薄っすらと小さな銃創があった。


 彼の名はアル・ラクス。

 アキラの【リアライザー】である。

 以前、誘拐されたアキラたちを助けるために、銃を持った半グレの集団に単身立ち向かったヒーロー。


 普通なら銃創は残るものだが、彼の銃創はもう消えかけている。

 最高の肉体を以て【リアライズ】した彼は、その肉体に相応しい回復力も兼ね備えていた。


「アキラ君、ライト君。はい、山に行ったお土産」


 楽人は昨日の登山で買った、お土産のお菓子を二人に手渡した。

 個包装されたお菓子で、子供でも手を切る心配の無いマジックカット。


「「ありがとう」」


 園児たちのお礼がハモり、楽人とアル・ラクスの頬が緩む。


「お兄ちゃんはアルクスと話があるから、あっちで座って食べておいで」

「行こうライト!」

「うん!」


 二人はトコトコと公園のベンチへ走って行った。


「私に用事か。何でも聞いてくれ」


 アル・ラクスはアキラたちを見送ると、彼らを視界の端に収めながら、改まって真剣な口調で言った。

 そこには同じ失敗は繰り返さないという強い意思が込められている。


 彼の真摯さは正にヒーローそのもの。

 だからこそ、アキラの両親は一度攫われた子供を彼に任せている。

 彼がその圧倒的な筋肉に見合ったスーツを着ていることも、その信頼の証と言えた。


「単なる世間話だよ」


 もう答えは貰ったようなものなので、楽人は重い話では無いと伝えるためにおどけて見せた。


「アルクスは【超生物保護法】は知ってるかな?」

「人並には理解しているつもりだよ」


 サラッと言って嫌味に聞こえないところが、ヒーローのヒーローたる所以か。

 彼は僅かな所作さえも、完璧なヒーローだった。


「戸籍登録をどうするのか気になったんだけど、その調子なら聞くまでも無いかな?」

「ああ、アキラ君の御両親には良くして貰っている。私の戸籍登録も、深夜まで資料を調べて、直ぐに申請してくれたよ」


 楽人はアル・ラクスの言葉の端々に、深い感謝の気持ちが込められているのを感じて、当人でも無いのに胸が篤くなった。


(生徒会長とか政治家とかに立候補したら、万人が安心して任せたくなるタイプだ)


「それはアルクスがやって来たことが、アキラ君の御両親に認められた証拠だな」


 単なるお礼や義務感では無い。

 彼はそう信じたかった。


「嬉しいものだな、認められると言うことは…」


 アル・ラクスが目尻を下げ、しみじみと呟いた。


「同感だ…」


 楽人はアル・ラクスが認められたことが嬉しかった。

 彼はユントロの事件を思い出した。


 ――人は他人を理解できない。

 だから認められたがるし、そうで無い人との区別も付かない。

 それでも、確かにそうで無い人たちは居て……だからアル・ラクスが報われたことが、楽人には嬉しかった。


 楽人は音無先生やアル・ラクスのような、「そうで無い人たち」が正しく認められる世界であって欲しいと願った。

 そうであれば、普通では無い手段で、普通では無い姿を持って生まれたサーニャも、ずっと笑っていられると信じて…。



 * * *



「おはよ~っ、須磨っち☆」


 楽人が塾の教室に入ると、既にお馴染みとなったギャル(のりこ)の歓待を受けた。


「もう午後だぞ、範子」

「えぇー、別にいーじゃん。須磨っちこそギリなんて珍しいじゃん」


 まだ塾で顔を合わせるのは三日目なのに、範子はすっかり熟年の塾友気分だった。

 しかし、普段は聞いていないことまで自分から話したがる割りに、今日の彼女は自分のことを口にしない。

 楽人は小さく溜め息を吐くと、仕方なく自分から話を振った。


「散歩して来たからな。範子こそテンション高いけど、週末に何か良いことでもあったのか?」


 ニマァ…


 楽人がそれを聞くと、範子は「待ってました」とばかりに笑顔を浮かべ、両手を頬に当てて身体をくねらせ始めた。


「どうしよっかなあ? 言おーかなあ? でもなあ~…」

(ウザっ!)


 楽人が聞く気が失せて適当な席に座ろうとしたら、


「ちょ! 待!」


 ドタバタッ


 範子は椅子から転げ落ちるように彼に駆け寄って、目の前で何とか体勢を立て直した。


「言う気が無いんだろ?」

「あ~ん、聞いてよ須磨っち~~~っ」


 楽人が素っ気なく応えると、範子は胸にしがみ付いて必死にお願いを始めた。


「止めろ服が伸びる。聞いてやるから離せ」

「うぅ~…聞いてくれたら離すぅ…」

「分かった分かった。取り合えず座ろう」


 楽人が範子の座っていた席の隣に向かって歩き出すと、彼女は納得して彼のシャツから手を離し、今度は彼の手を引っ張った。

 椅子に座っても、「話を聞いてくれるまで逃がすものか」とばかりに手を離さない。


「それで、週末どんな良いことがあったんだ?」


 パンッ


「そーそー! それそれ!」


 範子はやっと楽人の手を離して、両手を合わせた。


「聞いて聞いて! 昨日貴巫女(きみ)っちとダブルデートしたの!」


 ピクッ


 楽人はダブルデートと聞いて驚いたけれど、無理矢理平静を装った。

 範子はそんな彼の様子には全く気付かず、嬉しそうに喋り続けていた。


「――でね、でね、彼ピったら『大変かもしれないけど塾頑張れよ』って言って――」


 楽人の目と鼻の先まで椅子から身を乗り出したり、


「――こー肩抱いて、『愛してる、のりりん』ってね――」


 自分の両肩を抱いて身をくねらせたり、


「――別れる時も『明日に響くから』って顎をくいっと――」


 目を閉じて、自分の顎に手を当てて上を向き、宙に向かって口を突き出したりした。


(ウザっ)


 交友関係の狭い楽人は、惚気話を聞く辛さを初めて思い知り、女友達なんて要らないと本気で思った。


 ニコニコ


 思う存分に語った範子は、フリスビーを取って来た犬のように、無言の笑顔で楽人に感想を求めた。

 尻尾があったら盛大に振っているところである。


「いい彼氏だな」

「でしょ! でしょ?」

「…だから彼氏に悪いから、お土産は無しだな」

「にゃっ?!」


 楽人のカウンター攻撃!

 効果は覿面だ!!


 範子が鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。


「範子だって、彼氏が他の女から貰った物を身に着けてたら嫌だろ」

「わぁかぁりぃみぃは~、ふぅかぁいぃけぉ~…」


 範子は身体をぐねぐねと揺らしながら、理解は出来るが納得はしたくないと訴える。


「仕方ない、ほれ」


 ぽいっ


「っと。…菓子?」


 楽人がアキラたちに上げたのと同じお菓子を放り投げると、範子は咄嗟に両手でキャッチして、手の中の物を見て首を傾げた。

 窒素が注入されたお菓子で無ければ、あるいはもう少し力が入っていれば、潰れていたかも知れない。


「見ての通りだ」

「ぶーぶー。須磨っちは気が利かない~」


 範子が眉を寄せて口を尖らせて、思いっきり不満を漏らす。


「気が利くから彼氏にバレないお菓子なんだろ」


 楽人も最初は形のある物を考えた。

 しかし、既に塾でセット扱いされているのに、これ以上誤解を招く物を渡すのも憚られてお菓子にした。

 精神年齢がアキラたちと同じだからとも言う。


「マ?」

「要らないなら返せ」


 楽人が手を伸ばすと、範子はお菓子を挟んだ両手を後ろに引いて仰け反った。

 そっち側の隣に座っている塾生が嫌そうな顔をした。


「いる」


 範子は回収されたら溜まらないとばかりに、仰け反ったままお菓子の個包装を開いて食べ始めた。


「ヤバ! これウマ!」


 一口食べて感動した範子は、パクパクと勢い良く食べた。

 当然である。

 一般的にお土産のお菓子は凝り過ぎて人を選ぶか、万人受けに成功して美味いかの二択。

 アキラたちが喜んで食べていた時点で言わずもがなだ。


「おかわり!」


 食べ終わった途端に元気よく両手を差し出す姿は、まるっきり大きな子供だった。


「俺はお前の母親じゃない」

「えー?」

「…からこれが最後だ」


 楽人は新しいお菓子を範子に差し出した。

 話し込んで渡しそびれた、アル・ラクスの分である。


「ママっ!」

「誰がママだ」


 お菓子を受け取った範子は、今度は味わって美味しそうに食べ始めた。

 楽人が前を向いて講義の準備を始めると、範子とは逆の隣に座る塾生から肩を叩かれた。


「…強く生きろよ」


 楽人は片思いを勘違いされていると気付いたが、正すのも面倒だったので、残る体力は勉強に全力投球した。

みんなも異性へのお土産には注意しよう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。