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山デート:団欒

「お昼にしましょうか」


 感動的な景色の感傷に終止符を打ったのは、母親の鶴の一言だった。

 より正確には、その直前に鳴ったサーニャの可愛らしいお腹の音。


 時刻は昼過ぎ。

 太陽は真上にあり、夏の日差しをこれでもかと降り注いでいる。


 楽人が山頂を改めて見渡すと、疎らな登山客の姿が視界に入った。

 山を登っている最中は、午前中と言うこともあって他の登山客を見かけなかった。

 山頂に居る登山客の多くはお年寄りで、彼らは楽人の視線に気付くと頭を下げたので、楽人も会釈を返した。


(いい人たちだなぁ…)


 楽人は彼らが感動に水を差さないように気を遣ってくれていたことに気付いた。

 標高が低いからか小さな売店もあり、近くには業者の物と思われる車も停まっている。


「わたし、もうお腹ぺっこぺこです~」


 サーニャは母親の言葉に「我が意を得たり」とばかりに、お腹に手を当てて空腹を主張する。

 初めての山道を歩いて来た割りに、彼女はまだまだ元気だった。


「知ってる」

「あう~。お義母様~、ガクトがいじめる~」


 楽人が笑顔で素っ気なく答えると、サーニャは小走りで母親の元に駆け寄って、態とらしく泣き付いた。


「おお、よしよし。サーニャちゃんを虐める悪い子はお昼御飯抜きね」


 母親も調子を合わせて、サーニャの頭を撫でながら楽人に笑みを送る。


「さぁて、ブルーシートを敷くのはこの辺かな?」

「こっちの方が景色がいいぞ」


 楽人と父親は、母親の無言の指示に従って良い場所を探した。

 山頂の景色は何処も甲乙付け難い。

 彼らは山頂の入り口からもう少し先に進んで、他の登山客や売店から離れた場所にブルーシートを広げた。


「サーニャ! 母さん!」


 楽人が声を掛けると、小芝居を止めて談笑をしていたサーニャたちが寄って来る。

 サーニャたちはブルーシートに行儀良く正座して、昼食を広げた。

 母親のバスケットから、竹細工のお弁当箱が幾つも出て来る。

 その中身は卵焼き、唐揚げ、スティック野菜、枝豆、ウインナー、果物と言った定番のおかずが入っていた。

 楽人と父親のリュックから取り出されたのは、お茶や紅茶の入った大きめの魔法瓶やおにぎりといった重量級の数々。


「おお~っ」

「これは旨そうだ」


 楽人と父親は、並べられた昼食に感動した。

 毎日食べている母親の手作り弁当も、太陽の下で見るとまた一段と美味しそうに見えた。

 母親が魔法瓶から紙コップにお茶を注ぎ、皆に手渡して準備が整う。

 無論、楽人の分は、しっかりサーニャが中継をした。


「「「「いただきますっ」」」」


 楽人はまず、おにぎりに手を伸ばした。

 おにぎりの種類は丸おにぎり、三角むすび、俵むすびの三種類。

 母親は中身が分かり易いように形で分けている。


 彼が手にしたのは、やや不格好な三角おにぎり。

 いい線いっているが、生まれた時から餌付けされてきた彼が見間違えるはずも無い。

 サーニャが両手で持った紙コップを口に当てたまま、じっと彼を見つめる。


 ぱくりっ、もぐもぐ…


「美味い」


 楽人はサーニャの顔を見て、率直な感想を口にした。

 以前のハンバーグとは違い、母親の料理に比べて塩気が薄いということも無い。


「キャーッ♪ …あっ!」


 サーニャが喜んで背筋を伸ばした拍子に、手に持っていたお茶が零れた。


「サーニャちゃん、はい」

「ありがとうございます、お義母様」


 母親が透かさずタオルを差し出す。

 サーニャはタオルを受け取ると、ストールの上から胸元をポンポンと叩いて、染みたお茶を吸い取った。

 彼女は次にストールの前を開けた。

 濡れたブラウスが透けてブラが見えていたが、見える位置には楽人たちしか居ない。

 彼女は下からブラウスの中に手を入れて、濡れた肌を拭き取った。


「よし♪」


 サーニャがストールの前を戻して、タオルから箸に持ち直す。


「ガクト、次はこれを食べてみてください。はい、あ~ん…」


 サーニャが箸で摘まんだ卵焼きは、やはり少し型崩れしていた。

 彼女はもう片手を皿にして、楽人の口に卵焼きを運ぶ。


 ――はい、あ~ん。

 数多の恋人たちや横恋慕に止めを刺して来た、伝説の奥義。

 これを受けないと作り手の愛情が消し飛び、どんなラブラブカップルも破局への一途を辿る。

 それはフィクションもリアルも関係無い。

 例外はご都合主義か恋愛以外で繋がっている場合のみ。


 …無論、楽人に断るという選択肢は無かった。


「あーん……ぱくっ、もぐもぐ……」


 楽人は卵焼きを一口で頬張って咀嚼した。


「どうですか?」


 その卵焼きは美味しかった。

 出汁が利いていて、爽やかな甘みがあって、それでいてしつこく無く、いくらでも食べられそうな、楽人の食べ慣れた母親の味そのもの。

 楽人が母親の方を見ると、彼女は無言で頷いて、手を貸していないことを肯定した。


(昨日のカレーが噓みたいだ。…いや、ある意味で片鱗を見せていたとも言えるか。これはもう、母さんの後を継ぐ日も近いな…)


 ごっくん


「最高だ」


 楽人は親指をビッと立てて応えた。


「キャーッ♡ 次は、次は…」


 サーニャが大喜びして次の料理に手を伸ばす。

 楽人はもう、手を使わずに食事を終えられそうな勢いだった。


 パシャッ


 楽人が最近よく聞く音に反応して正面を見ると、母親が彼らにスマホを向けていた。


 ピコンッ


 ブルーシートに置かれたサーニャの鞄から音がした。

 サーニャが箸を下ろして、鞄からスマホを取り出して見ると、彼女が楽人に食べさせている写真が送られていた。

 控えめに言ってバカップル。

 普通に言って新婚夫婦。

 以前の楽人が見たら、「リア充爆発しろ」と思うような仲睦まじい写真だった。


「お義母様…」

「どんどん撮るから、好きにしてて良いわよ」

「はいっ♪」


 その後、楽人は倒れるまで愛妻弁当を詰め込まれ、サーニャの膝枕で食休みを取ることになった。

 両親はその姿を微笑ましく見守り、当然のように写真に撮って家族全員で共有した。



 * * *



 食休みが終わった後、彼らは後片付けをして、もう一回り景色を眺めたり写真を撮った後、売店でお土産を買って下山した。


 楽人は今日の記念に、サーニャとお揃いのキーホルダーを買って鞄に付けた。


 昼食を食べて軽くなったリュックには、母親が買った近所に配る御土産が詰め込まれた。

 おにぎりや水分に比べれば軽く、楽人や父親の足取りも行きより軽い。

 麓の駐車場に着く頃には、日もかなり傾いていた。


 帰りの車の中では、サーニャが早々に寝てしまった。

 今日は一番燥いでいたし、昨晩も楽しみで、楽人より眠るのが遅かったのだから仕方が無い。


 楽人がサーニャの手を握ると、彼女は無意識に握り返した。

 彼の顔に自然と笑顔が零れる。


(今日は俺も疲れた)


 肩に頭を乗せて来る彼女に、彼も頭を乗せて目を閉じると、直ぐにその意識は微睡みの中へと沈んでいくのだった…。

平和なデートはいいねえ(フラグ)

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