山デート:山頂
「ガクト、あれっ! 看板っ! 山頂ですよっ!」
サーニャがそれっぽい看板を見つけて燥ぎ、抱き付いていた楽人の腕を離して手を引く。
楽人は苦笑して、サーニャに手を引かれながら一緒に看板まで走った。
看板の所まで行くと、いきなり視界が開けた。
「―――っ」
サーニャは言葉を失った。
不人気とは言っても、母親たちが選んだ山の頂上。
突き抜けるような青空は、所々にある積層雲に手が届きそうで、眼下に広がる景色は雄大な自然を感じさせた。
無論、“ミレニアム戦記”には、もっと凄い絶景は幾らでもあった。
ゲームの画面と言ってしまえばそれまでだが、それらと比較すると、目の前の光景は見劣りしてしまうかも知れない。
しかし、
「―――」
サーニャは感動していた。
一見すると、ただ景色を見ているようにも見えるが、それは違う。
騒ぐだけが感動では無い。
寧ろ人は本当に感動した時は無口になる。
息をすることすら忘れてしまうのだ。
「………」
楽人も彼女の横で黙って同じ景色を見る。
彼女の“ミレニアム戦記”の記憶は与えられた物。
テレビやネットで見たものは、写真も動画もレンズ越しの世界。
いずれも直接見たものでは無い。
初めて本物を見た彼女の感動は、彼にはもう決して味わえないものだったが、彼はそれでも、少しでも何かを共有したかった…。
「懐かしいわねえ」
「ああ。しかし久しぶりに来たが、やはり緑が減ったなあ…」
「そうねえ…」
楽人たちから少し遅れて、両親が山頂に到着した。
彼らは息子たちから少し離れた場所で、息子たちと同じように、眼下に広がる景色を感慨深げに眺める。
楽人はその声を聞いて振り向く。
(俺の知らない父さんたちだ…)
彼には両親が少し寂しそうに見えた。
彼は両親を余り知らない。
親子の仲が悪い訳では無い。
親子であっても、人は他人の全てを知ることが出来ないだけだ。
(父さんたちはどんな人生を歩んできたんだろう…)
それは言葉に出来る上辺の話では無い。
何を見て、何を感じ、何を考え、何を為したのか。
当事者にしか分からない、言葉に出来ないものがある。
それは彼の倍以上の年月を生きてきた、彼ほど波瀾万丈な人生では無い両親でも同じこと。
(俺もいつかそう思われるんだろうか…)
彼はサーニャと出会ってから、そういうことを強く意識させられるようになった気がした。
「―――」
サーニャの手が、隣に居る楽人の手に触れた。
いつの間にか離れていた手。
顔は景色を見たまま、手だけで彼の手を確かめるように探して握った。
彼も、女の子らしい小さな手をそっと握り返す。
(俺たちはこんな景色を、後何回見ることが出来るんだろう…)
当たり前になっていた日常から離れて、雄大な景色を見たせいか、楽人は意識が飲み込まれそうな錯覚を覚えた。
――それは単なる錯覚。
高所という環境が齎す、体調の変化と言う名の物理現象に過ぎない。
けれどそれと同時に、確かに感じられる現実でもあった。
ギュッ
楽人の手を握るサーニャの手に、ほんの僅かだけ力が入る。
彼がそっと横を見ると、彼女は静かな眼差しで遥か遠くを見つめていた。
(サーニャも同じなんだ…)
彼も彼女の手を同じくらいの力で握り返して、再び同じ方向を見る。
景色は然程変わっていない。
雲が僅かに流れ、木々が風に揺れ、遠くを夏の鳥が横切っただけ。
それでも確かに、先程とは違う景色。
一瞬として全く同じもののない現実。
サーニャと楽人は、移ろい往く景色を只眺め続けるのだった……。
絶景(自然)




