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ジュース

 本日の講義が終わった。

 まだ塾は空いているが、楽人たちの受ける講義は終わり。


 帰りがてら、楽人が塾内の自販機で範子に選ばせると、彼女は薬品臭いことで有名なドクたんペッパーを選んで、その場で腰に手を当てて豪快に飲んだ。


 ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ


「ぷは~。この甘さが疲れた脳に染み渡る~。ドクペしか勝たん☆」


 中々に酷い絵面である。

 年頃のギャルが、まるで仕事帰りのおっさんだった。


「そんなに喉が渇いてたなら、自分で買えば良かっただろ?」

お小遣い(おこ)止められてんの。塾終わるまで」


 楽人は思わず頷いた。

 遊び過ぎて成績が下がったから塾に通わせるのに、遊ぶ金を渡したら本末転倒である。


「でも今まで貰ったのが、少しくらいは残ってるだろ?」


 楽人が見る限り、彼女は服や小物に小遣いを使い果たすタイプには見えない。


「ん~、ちょっち嗅いでみ?」


 範子はシャツの胸元を摘まんで、只でさえ開いている胸元を更に広げて見つめると、楽人の後頭部に手を回して自分の胸元に引き寄せた。

 彼の目の前に柔らかそうな谷間が迫るが、シャツを摘まむ手に当たって谷間には触れなかった。


「どう?」


 くんくん…


「…いい匂いだな」


 香水の仄かな香りが、楽人の鼻孔を擽った。

 隣に座っていても気にならなかったのは、ギャルのイメージからは遠い、品の良い香水だからだった。


「っしょ?」


 範子は得意げに胸を張る。

 その拍子にシャツを摘まむ手が押し出され、彼の後頭部も抑えていた手から解放された。


「それで小遣いと何の関係があるんだ?」

「臭いのって()じゃん」

「なるほど、それなら仕方ないな」


 範子は残る小遣いを全て、香水に全力投入する気だった。

 消臭スプレーの方が安上がりでも、ギャルとしてそれは耐えられないのだ。


(腋臭だと隣の俺が死ぬから、それは助かる)


 楽人は相変わらず失礼なことを考えていた。


「いいと思うぞ、そういうの。…よし! 頑張ったら毎回奢ってやる」

「マ?!」


 範子が驚きと喜びが混じった顔で楽人に迫る。


「俺は約束は守るぞ」

「あざーっす♪ …あげあげでちょやばっ…」


 ギャル後に理解の無い楽人には、お礼の後の言葉は理解できなかった。


(こんなので範子がやる気になるなら、俺の講習も安泰だし、周りにも迷惑が掛からなくて三方良しだな)


 楽人の脳裏に、いじめられっ子が友達料を払う姿が過ぎったが、首を振ってその妄想を振り払う。

 彼らは自販機の前を後にし、塾の出口へと向かった…。



 * * *



「あれ? そっち駅だよ須磨っち」


 塾を出た楽人が駅の方向に歩き出し、範子が呼び止めた。


「そういう気分なんだよ」

「ふ~ん?」


 何故か嬉しそうな範子を、楽人は今日も駅まで送って別れた。

 彼には、別に深い意味は無かった。

 もう夏休みなので塾が終わってもまだ明るいし、範子も昨日は一人で帰っている。

 だから帰り道を心配してと言うのとは違う。

 敢えて理由を挙げるなら、あんなんでも親は心配してるだろうとか、そんな感じの失礼な理由だった。


(俺だって、サーニャを独りで遠くに行かせたら、心配で何も手に付かなくなる自信がある)


 だからそれは範子の親への同情。


 楽人は範子を駅まで送った後、心成しか早足で、愛するサーニャの待つ家に帰るのだった…。

※ヒロインではありません

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