怪文書
楽人の通う塾は大きくない。
講師は複数居るが、教室はワンフロア……たったの二つ。
基本、一般クラスと受験クラスに分かれる。
普通の高校二年生の楽人と、赤点の罰で通う範子が同じクラスなのは必然。
だから逃げ道は無く…。
「飽きたー。須磨っち遊ぼー?」
範子がスマホを取り出して、ゲームを始めようとする。
スマホの画面に映っているのは、対戦プレイも出来るパズルゲーム。
別に得意では無い。
ぺしっ
「ひたっ!」
「真面目にやれ」
講義の合間だけではなく、講義の最中にもこれである。
「須磨っち代わって~」
「代わってやっても良いぞ。範子の親が納得するならな」
「うげー…」
楽人も最初の内は無視をしていた。
しかし、他の塾生たちに睨まれ、最初の講義が終わった途端、散々文句を言われた。
『うるさい』
『講義の邪魔』
『あんた何とかしなさいよ』
『自分の女の面倒くらい見ろ』
『乳繰り合うなら他所でやれ』
『男なら責任取りなさいよ』
『破廉恥』
『ブリッジは家でやってろ』
『ええもん見た』
『…今度私とやらない?』
ちょっと女子が馬乗りになって、男子が腰を跳ねさせただけだと言うのに、酷い罵詈雑言だった。
変な苦情も混ざっていたが、彼らも健全な高校生。
色々溜まっているのであるから仕方ないと、楽人は深く考えないことにした。
「…範子」
「ん?」
「頑張ったらジュース奢ってやる」
「マ?」
「マ」
「っし!」
範子は無い袖を捲る真似をして気合を入れると、真面目に勉強を始めた。
(安上がりな奴)
楽人は面食らったが、周りの冷たい視線が無くなったので、安心して勉強に勤しむことにした。
* * *
講義の合間。
塾生の間でも、【超生物保護法】は話題になっていた。
学校に比べれば大人しいものだが、塾に来るような生徒なら、大半はそんなものだった。
しかし、例外は何処にでも居る。
「ここだけの話な、ネットで戸籍登録できんだぜ?」
一人の軽そうな塾生、黒宮春陽が自慢げに語る。
「審査の予約だろ? それくらいならオレでも知ってるぞ」
話しかけられた眼鏡の塾生、美濃権太は次の講義の準備をしながら、他所でやれとでも言うように手を払った。
「ちげーって。別口でも対応してて、【リアライザー】預けると代わりに登録してくれんだよ」
「代わりって……そいつの名前で登録されないか?」
しつこく話したがる春陽に疑問を覚え、権太の手が止まる。
「そこは抜かり無いって。ほら」
春陽は鞄からクリアファイルを取り出した。
クリアファイルの中には、一枚の契約書のような紙が入っている。
「ほら、ここ、ここ。ちゃんと所有権が俺の物だって書いてあんだろ? サインもあんしよ」
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リアライザー戸籍登録委託契約書
委託者 黒宮春陽(以下「甲」)と受託者 新世代生物パートナーズ株式会社(以下「乙」)は、リアライザーの戸籍登録(以下「戸籍登録」。詳細は第3条に定める)の委託にあたり、以下のとおり委託契約(以下「本契約」)を締結する。
第1条(総則)
1.甲は本契約に定めるところに従い、委託業務を乙に委託し、乙はこれを……
2.本契約に定める……
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第6条(権利の帰属)
1.リアライザーの権利は法令の定めるところにあり、乙が委託業務を……
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甲)黒宮春陽
乙)新世代生物パートナーズ株式会社
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契約書には細々とした契約内容が記載され、最後には彼の手書きのサインと、代理業者の名前と電子印鑑があった。
「普通に審査に行けばいいだろ」
権太は契約書を見たが、直ぐに文字の多さに辟易して読むのを止めた。
「いや~。俺さ、実は拾ったんだよね、【リアライザー】」
「おい、それって…」
春陽の軽薄な告白に、権太の表情が厳しいものになる。
「だから審査したら怪しまれるかもしれないじゃん? ネットで抜け道が無いか探してて、偶然見つけた時はもー運命を感じたわ。いや~、ほんとラッキーだったわ」
内閣府の公式サイトをきちんと読めば、彼が【共生者】の権利を満たしていないことは小学生でも分かる。
つまり、彼は故意に脱法行為を探したのだ。
「不味いだろそれって」
「平気だって。俺が行った時も他にも何人もいたし、スタッフが大型車で送迎してったんだぜ?」
ざわ、ざわ…
周りで聞くとは無しに聞いていた他の塾生たちも、【リアライザー】が拾えると聞いて騒ついた。
「捨て猫じゃあるまいし、そんなに捨てる人間が居るのか?」
「猫なら少し欲しいけど人間はねえ…」
「私も探してみようかな」
「それより彼ピ欲しい」
「普通の恋人なら普通にナンパしろ」
皆が話に乗って来て、その中心に居る春陽は満面の笑みを浮かべた。
「――見せなさい」
いつの間にか次の講義の二階堂講師が来ていた。
彼が手の平を差し出すと、春陽は渋々クリアファイルを手渡した。
「ふむ…。まあいい」
二階堂講師は契約書を斜め読みして突き返すと、春陽は慌てて落としそうになりながら受け取った。
二階堂講師は教室中を見渡して大きな声で言う。
「皆も知っていると思うが、【リアライザー】は【超生物保護法】によって保護されている。大丈夫だと思うが、当塾の名に傷が付くような馬鹿な真似はしないようにな」
は~~~いっ
塾生たちが素直に返事をする。
講師に確認する義務は無いが、完全に見なかったことにも出来ない。
「うむ。では講義を始めるぞ。席に着け」
二階堂講師は塾生たちの返事に鷹揚に頷き、講義の開始を宣言した…。
印鑑は省略




