昨夜はおたのしみでしたね2
「昨夜はお楽しみでしたね」
「…ぽっ」
楽人たちが食卓へ入ると、母親が楽しそうに出迎えた。
前回は無実の罪だったが、今回は根も葉もある有罪。
サーニャを背負った状態では、弁明の余地も無かった。
彼女も彼の背中で恥ずかしがっている。
「サーニャちゃん、おめでとう」
「はい…」
サーニャが嬉しそうに答える。
「やっとよねえ」
母親がしみじみと言う。
「はい…」
サーニャも同意する。
「サーニャちゃん、あんなに好き好き光線出してたのに、全く誰に似たのかしら…」
母親が呆れたように続けた。
楽人は聞こえない振りをして、背中のサーニャを椅子に降ろし、自分は隣の椅子に座った。
「朝食、温めて来るわね」
母親は台所に奥に消えると、数分して朝食を持って来た。
トースト、目玉焼き、ベーコン、レタス、トマト、オニオンスープという、須磨家では朝食の定番の一つがテーブルに並ぶ。
「「いただきます」」
楽人とサーニャが、一緒に朝食を食べ始めた。
彼らの正面に座る母親は、テーブルに肘を突いて手の平に顎を乗せ、楽しそうに息子たちを眺める。
「…母さん、何か言いたいことでもあるの?」
楽人が視線が気になって耐え切れずに尋ねると、母親はニヤニヤと笑った。
「言って欲しい?」
「いや、いい」
彼は嫌な予感がして拒否した。
「サーニャちゃんの幸せそうな顔を見れば、言わなくてもわかるもの。ちゃんとできて、えらいえらい」
「うぐっ」
彼は言葉に詰まる。
詳細を聞かれるよりはマシでも、親に完全に理解されているのもダメージが大きかった。
カチャカチャ
サーニャは彼らの会話など素知らぬ顔で食事をしているが、その耳は真っ赤になっていて、箸が時々何も無い所をカチャカチャと空振りしている。
母親はそれ以上何も言わず、また微笑ましそうに息子たちの食事を眺めるのだった…。
* * *
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
楽人たちは朝食を終えると、流しで食器を水に浸して居間へ向かった。
楽人とサーニャがソファーに並んで座る。
「はい、どうぞ」
母親は彼らの正面に座り、テーブル上のノートパソコンをスリープ状態から戻して、彼らの方へ向けた。
画面いっぱいにウェブブラウザが表示され、タブには内閣府のリアライザー関連のウェブサイトが多数開いている。
「母さん、これは?」
「楽人たちが遅いから、母さん張り切っちゃった」
母親の手元には、付箋の付いたプリントアウトの束がある。
一番上は何かの記入用紙で、それが何であるのかは考えるまでも無い。
「ありがとう、母さん」
「どういたしまして」
楽人はノートパソコンを操作して、政府のウェブサイトを確認した。
サーニャも横で画面を見る。
政府のウェブサイトは軽かった。
一晩経っているのと、政府のサーバーの底力である。
彼は、アイドルのチケット予約みたいな地獄を想像していたので、拍子抜けした。
メンテナンス直後の“ミレニアム戦記”の方が重いくらいである。
パサッ
彼が一通り見終わって顔を上げると、母親がプリントの束をテーブルの左右に並べた。
片方は【リアライザー】の戸籍登録の申込用紙が一枚。
もう片方はその他の全部。
一番上にあるのは、先程見たウェブサイトのホーム画面。
付箋には母親の達筆な字で、《概要》《条文》《関連》《申請》などと書かれている。
【リアライザー】の最低限の権利は【超生物保護法】で保証された。
しかし、戸籍登録となると別物である。
見た目だけでは、【リアライザー】という証拠にはならない。
整形手術やコスプレで登録されたら、国家の威信丸潰れである。
【共生者】にしても、一緒に居るだけでは証拠にならない。
非人道的な手段――人質、脅迫、人身売買など――で従わされている可能性は無視できない。
そのため、戸籍登録には審査が必要となる。
審査の開始は一週間後から。
会場は県庁所在地と中都市以上――人口10万以上の都市――に用意され、東京など特に人口が多い都市は複数の会場が用意され、全て事前予約制。
以前あった、マイナンバーカードでの混雑から、反省が活かされている。
審査の性質上、申請した時点で身辺調査へ承諾したことになる。
「申し込むわよね?」
母親が申込用紙に手を置く。
「勿論!」
「はい!」
楽人とサーニャは同時に返答した。
それを待ち望んでいた彼らに、否やは無かった。
「じゃあ一緒に下書きをしましょうね」
彼らはまず、下書きを始めた。
急いで送っても、記入ミスで却下されたら元も子も無いからだ。
彼らは協力して下書きを作り、何度も見直し、万全を期してメールを送信した時には、既に昼を過ぎていた。
夏休みなので、審査日は最短を希望したが、審査開始初日は無理だと思われた。
遅い昼食を食べて、楽人は塾へ行った。
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