超生物保護法の公布と施行
7月21日、木曜日。
【リアライザー】が現れてから早一カ月。
人々の妄想でしか無かったはずの彼らの登場は、世間を大きく変えた。
メディアは挙って彼らを語り、企業は挙って彼らを採用し、彼らの話題が人々の口に上らない日は無い。
その一つの集大成とも言えるのが、日本時間の今夜、世界七か国で同時に公布される【超自然生物保護法】。
人々はその発表を待ち望んだ。
それはここ、須磨家でも変わらない…。
* * *
夜。
楽人たちは夕食も風呂も早めに済ませ、夜が更ける頃には家族揃って居間のテレビの前でソファーに座り、【超生物保護法】の公布発表を待った。
楽人の隣に座るサーニャは緊張した面持ちで、彼の左手を両手で握り絞めていた。
《――次のニュースは【超生物保護法】についてです――》
皆が固唾を飲んで見守る中、番組が始まった。
政府主導ではあるが、特定の放送局独占みたいなことは無く、全ての地上波で同時に同じ内容が放送された。
しかも情報開示の順番やタイミングまで同じで、国の「絶対に失敗させない」という強い意気込みが込められている。
それ故に各放送局の競争も激しい。
事前の予告、ネットでの告知、直前までの番組など、あの手この手で視聴者の興味を誘う。
須磨家は母親がいつも見るドラマ番組のチャンネルに合わせていた。
彼女のママ友も似たようなもの。
人間は慣れる生き物なのである。
《――【リアライザー】が人類の歴史に登場して一か月。この間――》
まずは今までの経緯が語られた。
《――G7各国は直ぐに事態の重さに気付き、密かに連絡を取り合い――》
G7の活動を褒め称え、
《――国際人権NGOや人権保護団体、動物保護団体とも意見を交わし――》
直前まで情報が全く漏れなかったということは、本当に信頼できる者にしか伝えられていなかったということ。
それは裏を返せば、組織が大きくても感情的な言動が目立ったり、ゴシップと仲良しな組織は蚊帳の外だったことも意味する。
無論、他国の諜報機関も全く把握していなかった訳では無い。
しかし、それが民衆に知れ渡ることは、彼らにとってもデメリットが大きかったため秘匿された。
《――それでは続きまして、法案の説明に入ります――》
【リアライザー】の登場やG7の活動の説明が終わると、いよいよ本番、【超生物保護法】の内容説明に入った。
番組は録画していたが、楽人はペンを持って紙に走り書きをした。
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・彼らを【リアライザー】と呼称する。
・【リアライザー】が現れた人間を【共生者】と呼称する。
・【リアライザー】は無条件で野生動物と同じ権利を得る。
これによって動物愛護法の適用対象となる。
・一般の動物と違い、如何なる理由があっても売買することは認められない。
・【リアライザー】が人間と意思の疎通が可能な場合、基本的に人間と同じ権利が認められる。
・【リアライザー】当人の意思は設定や他者の意思よりも優先される。
・戸籍のある国では戸籍を持つことが可能。
・戸籍を持つと国民としての権利と保護を得られるが、同様に納税などの義務も持つ。
・戸籍登録は一週間後から開始され、大都市の市役所で行われる。
・登録の事前予約は法律の公布後から、オンラインでも書類送付でも可能。
・戸籍については非人型であっても同様とするが、働くことが困難と判断される対象については、人間の場合と同様に納税の義務などが免除される。
・【リアライザー】は【共生者】の戸籍に入り、【共生者】が保護者となる。
・【リアライザー】と【共生者】の双方が望んだ場合、戸籍上でも伴侶となることができる。
・【リアライザー】の年齢は、その知識面を鑑みて、設定上の人間換算の年齢に【リアライズ】からの年数を加えたものとする。
尚、誕生日は設定上の誕生日を地球の暦に換算したものか、【リアライズ】した日か、どちらかを戸籍登録時に選べる。
・【共生者】が未成年の場合、一時的に【共生者】の保護者が【リアライザー】の後見人となるが、これは命令権や所有権などを認めるものでは無い。
尚、戸籍は【共生者】が未成年でも【リアライザー】と紐付けられる。
・【共生者】以外との婚姻は、現段階では認められていない。
これは【リアライザー】や【共生者】への危害を警戒するものである。
・原作の設定は法的な強制力を持たない。
これは原作で夫婦などの関係にあっても、【リアライザー】同士の意思が尊重されることを意味する。
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《309…308…307……》
法案の説明が終わるとニュースキャスターは退場し、箇条書きだけが残る画面の端にカウントダウンが表示された。
父親がチャンネルを変えて見たが、どこの放送局も説明が終わっていて、同じ数字がカウントダウンしている。
それが何を指すのか分からない者は居ない。
【超生物保護法】公布までの時間だ。
(こんなとこか。後はホームページで確認だな)
楽人はペンを止めて、手元の走り書きを見直した。
放送された以上の詳細は、もう直ぐ国のホームページで公開される。
――【超生物保護法】の内容は、概ね合理的なものだった。
けれども、婚姻関係の条文のように、明らかに未完成な部分もあり、人権を認めることの難しさに対する苦肉の策が見て取れる。
それは安易に何でも人権を認めて、「臓器移植用のクローンにも人権を認めろ」「ロボットペットにも人権を認めろ」といったモンスターが現れることへの予防線。
法の剣を研いでモンスターを育てては、元も子も無いのだ。
「今の内にトイレに行っておくか」
楽人はソファーから立ち上がろうとして、サーニャがまだ左手を握っていることに気付いた。
彼女はまだ、テレビを食い入るように見ている。
彼がその両手に右手を置くと、彼女は金縛りが解けたかのように我に返った。
「まだ時間があるし、俺は今の内にトイレに行くけど、サーニャはどうする?」
「わたしも行きます!」
サーニャは手を握ったまま、勢い良く身を乗り出した。
「「………」」
目と鼻の先で二人は見つめ合う。
「…じゃあ、一緒に行くか」
「はい♪」
楽人が先にソファーから腰を浮かせて繋いだままの手を引くと、嬉しそうにサーニャも立ち上がる。
それから彼らは世にも珍しい、「自宅のトイレに男女で連れション」に向かった。
両親は彼らを苦笑して見送ったけれど、それも仕方が無い。
それだけもう、彼らは一緒に居ることが自然になってしまったのだから。
誰に認められるまでも無く、彼らは既に共に生きていた。
* * *
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【超自然生物保護法】公布&施行
おめでとう!
そしてようこそ、我らの新しい隣人たち【リアライザー】!
内閣府リアライザー関連
https://www.cao.gp.jp/realriser/index.html
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時間になるとテレビ画面が変わり、【超生物保護法】公布や歓迎の言葉、政府のサイトが表示され、スタッフの声やファンファーレが流れた。
この瞬間を以て【超自然生物保護法】……通称【超生物保護法】が公布されたのだ。
――しかし、そこで番組は終わりだった。
画面は変わらず、ニュースキャスターの台詞も無い。
ただテロップで、
《この後0時からは、―――をお送りします》
次の番組予告が流れるだけ。
これは政府の指示であり、他のチャンネルに変えてみても状況は同じだった。
居間でもテレビでも、誰も言葉を発しない。
楽人は実感が湧かなかった。
何かが変わったのか、それとも何も変わっていないのか。
「サー…!」
楽人は声を掛けようと横に座るサーニャを見た瞬間に理解した。
彼女はテレビをじっと見たまま、涙を流していた。
言葉は無く、表情も変えずに、ただ涙だけがその緑と赤の瞳から零れ続けている。
彼が指でそっと涙を拭うと、
「――え? わたし、泣いて…?」
彼女は彼を振り向きながら、自分が泣いていることに気付いた。
「おめでとう」
彼は他の言葉が思い浮かばなかった。
この一カ月、その時になったら言おうと考えていた言葉は山ほどあったのに。
しかし、それで良かった。
それは確かに彼女へと届いた。
「わたし……いいんですよね?」
その涙のように、言葉が無意識に零れる。
「ああ」
それは彼も同じだった。
「ガクトと一緒にいても」
「当たり前だ」
ゆっくりと、だけど止まらない。
「おこられませんよね?」
「大丈夫さ。世界が認めたんだからな、【リアライザー】を」
また彼女の瞳が緑と赤に滲む。
「わら…ひっ……わらひ…………」
彼は彼女の両肩に手を置き、そのまま引き寄せて抱き締める。
「ずっと一緒だ」
「――うわああぁぁぁんっっっ!!」
サーニャは声を上げて泣き出した。
大切な人の背中に手を回して抱き返す。
楽人も頬を伝う感触を自覚する。
いつの間にか彼も泣いていた。
理解とは理を解くと書く。
共感とは共に感じると書く。
ならば理屈でも感情でも無いそれこそ、心を通じ合わせるということに他ならない。
――彼らはこの時初めて、本当の意味で共に生きる者となったのだ…。
* * *
数分、或いは数十分が過ぎた。
楽人とサーニャは、どちらからともなく離れた。
サーニャの目元は泣き腫らして真っ赤になっている。
楽人の目も大差が無い。
けれどお互いに笑っている。
今日はもう何も考えたくない。
お互いの顔だけを見ていたい。
そんな気持ちが二人の心を満たしていた。
サーニャの手は抱擁を名残惜しむように楽人の指先をなぞり、彼もその手に指先を絡める。
「…疲れたのなら、もう部屋へ戻って寝なさいな」
「「?!」」
母親の呆れたような声で、楽人たちは我に返った。
途端に、両親の前でしていたことに気付いて恥ずかしくなり、顔に血が上って真っ赤になる。
それでも二人はお互いと離れるのは惜しく、
「…ああ、もう寝るよ。おやすみ、母さん父さん。…行こうかサーニャ」
楽人が指を絡めていた手を握り直してサーニャを誘うと、
「おっ、おやすみなさい、お義父様、お義母様!」
彼女もその手を握り返して、二人一緒に居間を出て寝室へ向かった。
バタンッ
トンットンットンッ……バタンッ
二人はいつも通り同じベッドに入り、いつも通り電気を消して、いつも通り向かい合う。
けれど一度昂った気持ちは、暗闇で見つめ合う内に再び胸を熱くした。
「サーニャ…」
「ガクト…」
どちらからともなく唇を重ねる。
いつもより吐息が温かく、いつもより呼吸が早く、いつもより互いの鼓動が大きく聞こえる。
「――サーニャと一つになりたい」
楽人は初めて、その先を求める。
「…遅いよ」
責めるような言葉は拗ねているだけで、そこに否定は無く、瞳はその先への期待に潤んでいた。
「愛してる、サーニャ…」
口を突くのは謝罪では無く、彼の素直な気持ちであり、彼女の待ち望んだ言葉。
「わたしも、愛してる、ガクトを」
自分の気持ちを確かめるように、一言一言紡がれる返事。
気持ちを確かめ合った二人は互いに手を伸ばし、求め合い、そして結ばれた…。
この流れでやらないとか嘘だよね




