塾の帰り道
今日は一般的な中学・高校の終業式と言うこともあって、講義の途中で塾の講師との面談が行われた。
楽人のように夏休み中の予定に変更が無い生徒は短時間で終わり、範子のように初めての生徒は長い。
塾の講義の間や面談待ち時間、生徒たちが口にする話題は勿論、【リアライザー】や【超生物保護法】のこと。
概ね学校と同じような話をしているが、流石に学校ほどには盛り上がらない。
「じゃあな」
「あ、待って! あーしも一緒に行く!」
講義が終わり、楽人がさっさと帰ろうとすると、範子は慌てて彼を呼び止めて片付け始めた。
楽人は、知り合いの居ない範子を初日から放り出すのも気が咎め、彼女を待ちながら疑問に思っていたことを尋ねてみた。
「俺は月水金の午後だけど、お前はどれくらい塾に来るんだ?」
「あーし? あーしは二週間毎日だよ。月曜から金曜まで朝10時から17時までず~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っと!」
範子は茶化さないで素直に答えたが、それでも最後の方は不満が駄々洩れになった。
(ギャルなのに意外と根はまともなんだな)
楽人は学校での範子を思い出して、失礼なことを考えた。
彼が思い返してみれば、学校での彼女は、休み時間こそ自由奔放に騒ぐものの、欠席もしなければ授業妨害もしていない。
完全に先入観だった。
「それで学校の補習は?」
「あ、一週間は午前中補習だった」
赤点の補習は長くしても、生徒と教師の負担が増えるばかり。
月仰高校では赤点の補習を一週間と定め、その代わり希望者には夏休みいっぱい自主的な補習を行っている。
無論、範子や楽人には縁の無い話である。
「そう言えば、何でうちの塾なんだ? 家、この辺じゃないだろ?」
楽人は通学や塾の行き帰りで、範子を見かけた覚えは一度も無い。
「うん、隣の駅だよ。塾はママが担任に相談したって言ってた」
「友達じゃなくて?」
「だってみんな塾なんて行ってない、っていうかー?」
塾が近所だと知り合いが多い。
集中力に欠ける範子が勉強に身が入らないことは、初対面の人間でも想像が付く。
友人と同じ塾に通わせることも同様だ。
楽人の脳裏に、範子の友達が誰も塾に通っていないと知った彼女の母親の姿が浮かび、思わず目頭が篤くなって手で覆った。
「須磨っち、どしたん?」
範子が心配したので、楽人は顔を上げた。
「いや、何でもない。じゃあ帰るか」
「うぃっ」
範子の準備が終わったので、二人は一緒に講義室を出て、ビルの階段を下りた。
カツンッ、カツンッ
(まあ先生も、俺なら大丈夫だと思ったんだろうなぁ……赤点のお姫様に乾貞と同じ塾は薦められないだろうし)
担任なら通学定期の範囲で塾を勧めるのは当然。
特に“ソシャゲ君”として名高い楽人なら、ギャルの色香に惑わされることも、逆に彼女の興味を引くことも無いという、極めて合理的な判断が伺えた。
「…なるほど、必然か」
「運命感じひん?」
「感じない」
「須磨っち、つれな~い」
(運命を感じられても困る。俺の運命はサーニャのためにあるんだ)
彼がこの塾を選んだ理由は、単純に家から近くて自由度が高いから。
「あーしこっちだから、またね~♪」
塾のビルを出て直ぐ、範子は楽人に手を振って去って行った……駅とは反対方向に。
「おい待てコラァ!」
楽人は思わず叫び、範子の手を後ろから掴んで引き留めた。
「みきゃっ?!」
腕を変な方向に捻った範子が、珍妙な悲鳴を上げる。
「あにすんのさ~! 手ぇモゲるかと思った!」
楽人が手を離すと、範子は振り返って、捻った二の腕を擦りながら文句を言った。
「お前隣の駅って言ったよな?」
「たよ?」
範子は鳥頭でも見るような目で楽人を見る。
「駅はこっちだ」
「あれ?」
範子が塾に来たのは今日で二度目。
一度目は母親に連れられて来た時で、今日は放課後に一人で来た。
今日が初めての夜道である。
「駅まで送ってやるから、覚えて帰れ」
「須磨っち~☆ ありがと~~~っ☆」
範子は感動して両手で楽人の手を握り、目を潤ませながら感謝した。
「でもあんま優しいとマジ惚れしちゃうっしょ。やっぱ須磨っちってあーし狙い?」
「ねーよ」
楽人は目を細めて即答する。
「先月見たのに言う台詞じゃない」
「あははは、バレた~?」
「バレバレだ」
「ちぇっ」
他愛無い冗談を交わしながら、楽人は迷子にならないよう手を繋いだまま、範子を駅まで送るのだった…。
夏休み中もあんまり増えないらしいですね




