終業式
7月20日、水曜日。
月凪市立月仰高等学校、一学期終業式の日。
例年なら生徒たちの関心は夏休みに向けられるが、今年ばかりは別のものに向けられていた。
日本を含むG7各国政府が発表した、【超生物保護法】である。
「戸籍登録が始まったら、隠れ【リアライザー】がいっぱい出て来そうよね」
「でもそんなに居るかあ?」
「ネットで色々売ってるよ。安かったら買いたいけどムリ」
「どうせ偽物でしょ? 捕まりそ」
「そう言えば、お前んちの近所って、最近猫が増えたとか言って無かったか?」
「ああ。だから俺は、向かいの魚屋さんが怪しいと踏んでる」
「猫女……いいよな」
「俺も撫で回したい」
生徒たちの話題は、登校中も教室でもそのことで持ち切りで、決まり切っていると思っていた夏休みの最高のスパイスとして、予定と妄想を交えて盛り上がっていた。
(今晩は徹夜になるかもなぁ……)
2年B組もその例に漏れなかったが、楽人は友達が少ないので登校しても余り巻き込まれず、のんびりと公布に思いを馳せてホームルームが始まるのを待った。
* * *
キーンコーンカーンコーン……キーンコーンカーンコーン…………
ガラッ
「ホームルームを始めるぞー」
「きりーっ。気をつけーっ。礼っ。着席ーっ」
予鈴が鳴ると同時に、中年禿げの担任、遠山銀司が教室に入って来た。
生徒たちは挨拶こそ普段通りしたものの、担任の話を真面目に聞く気のある者は一人も居ない。
…と言う事態になることは学校側も予想していたので、
「皆知っているとは思うが今朝方、G7が【リアライザー】に関する法案を発表した。終業式でも校長から大事なお話があるので、清聴するように」
と担任は、いつもの大型連休前より浮足立つ生徒たちを諫めた。
終業式では、
「ええー、つまりはー、【リアライザー】もまた同じ地球に生きる同胞としてー……」
校長が「【リアライザー】の権利を認めて仲良くやっていくように」といったことを語った。
普段から長い校長の話が、今日はまた一段と長かったが、珍しく真面目に聞いている生徒が多い。
今までは身近に【リアライザー】が居ないからと高を括っていた人たちも、最早他人事では済まされないからである。
校長の長話が終わり、ホームルームでも担任が注意をして一学期が終了した。
* * *
ホームルームが終わると、生徒たちもそろそろ、【超生物保護法】より夏休みの話で盛り上がり始めた。
「問題集一緒にやらない?」
「えー、分担にしようよー」
真面目な委員長乾貞の提案に、勉強嫌いの尾崎萌香がズルいことを言う。
「写させて」とは言わないのが彼女の最後の良心。
「読書感想文めんどくせー」
「ラノベでもいいんだっけ?」
「図書室にあるようなのはセーフだったはず」
読書感想文は小中高大を問わず、夏休みの不人気課題トップ3の座を譲らない大物。
それはこの学校でも変わらず、面堂吉良は感想文自体を面倒臭がって手枕でぼやき、ラノベ好きの馬場李苑は自称クラスの情報通に振り、手塚新蜂は人差し指で眼鏡をクイッと上げながら可否を答えた。
ラノベ差別のような話だが、会話や擬音が中心となるような物は、昔から絵本や漫画と同列に見られがちである。
「俺、【リアライザー】の戸籍登録を見物して自由研究にするわ」
「あ、面白そう」
「わたしもわたしも!」
「じゃあ一緒に見物しようぜ」
夏休みの不人気課題、ほぼ不動の一位こと自由研究。
言い出しっぺの宮藤駆は、上手く二人の女子と遊ぶ口実が出来てしたり顔になる。
「別荘での避暑は予定通り8月頭な。予定空けておけよ」
「おっけー」
「わかってるって」
「ごめんね、お盆は里帰りがあるって無理言って…」
「ははっ。構わないさ。家族や先祖は大事にしないとな」
学校カースト上位のイケメン九条透哉は、取り巻きの女子三人――桜井姫奈、瀬戸川統子、小室幸恵――と、別荘に行く打ち合わせ。
申し訳無さそうな瀬戸川に対し、九条はイケメンなことを言って歯をキラリと光らせた。
どうせ夏休み中も頻繁に会うので、今から話し合う必要は無いのだが、こういう夏休み前独特の雰囲気を楽しむのも学生生活の醍醐味。
ある意味、彼らは一足早く夏休みを楽しんでいるとも言える。
「ごめん貴巫女、もう遊べない!」
「そんな! 範子! 諦めたらそこで試合終了よ!」
逆にこちらは一足早く苦しんでいた。
今日はバンダナでサイドテールにしている、一房だけピンクの金髪日焼けギャル真島範子が天を仰いで――その勢いで大きな胸を揺らして――謝罪し、茶髪ショートボブの友人綾波貴巫女が握った拳を薄い胸に当てて励ましている。
友情溢れる青春の一シーンにも見えるが、クラスメイトたちの視線は冷たい。
真島が期末テストで赤点を量産して、夏休み中塾通いになったことは、本人が公言して皆知っているからだ。
今更やっているのは単なる茶番で、二人とも結構楽しんでやっていた。
(俺は何も見なかった)
一方で、楽人は夏休み中に、バイトを多く入れる予定だった。
夏休み中も塾はあるが、受験は来年なので、成績が及第点(自称)の彼にはまだ余裕がある。
【超生物保護法】と戸籍登録次第ではあるが、サーニャを普通に連れ出せるようになった時に、先立つ物が無いという事態だけは彼も避けたかった。
彼は後顧の憂いを断つべく、まだ夏休みの始まりに浮かれる教室を後にした…。
* * *
「早過ぎだろ、お前ら…」
楽人は目の前の行列を見て愕然とした。
そこに並ぶのは、ユントロとの触れ合いを求めて集まった生徒たち。
音無先生やオタク同好会の面々は、昼食を取る時間も考えて午後の一時からと公表したにも関わらず、既に百五十人を超える行列が出来ている。
並んでいる生徒たちは皆、ユントロのことを楽しみに雑談をしていた。
「今日は流石に余裕ね」
「十七時までだもの、当然よ」
「朝、パン買っておいた良かったわ」
「あっ、サンドウィッチシェアしよ」
「…卵サンド要らない」
「俺も何か買っておけば良かった…」
「その場で腹が鳴りそう」
「おいおい、これ全員【リアライザー】目当てかよ」
「聞いてたより多いんですけぉ…」
「一時過ぎに並んでたら無理だったな」
「啓子っ! 早くっ! …ああぁんっ、電話繋がらないぃ!」
楽人は先頭付近に手塚の姿を幻視した。
思わず目を擦って見直してみると、背格好は似ているが全く無関係の眼鏡男子。
音無先生目当てに並んで連勝を重ねた眼鏡オタクは、当の昔に出禁になっている。
「…帰るか」
楽人は三時間以上並ぶ気には到底なれず、愛するサーニャと母親の作った昼食の待つ我が家へ帰った。
* * *
家に帰った楽人は、彼の帰宅に合わせて作られた昼食をサーニャと母親と一緒に食べた。
「へえ~。大変なことになっているんですねえ」
楽人が今日学校であったことを話すと、サーニャが他人事みたいに感心した。
彼女もニュースを見て【超生物保護法】は知っていたが、詳しい発表は明日の夜。
【リアライザー】である彼女は、部外者である生徒たちに共感を覚えることは無かった。
《――次は今話題の超生物保護法について――》
ポチッ
《――だから、この法案はだな――》
ポチッ
《――と言う訳なんですよ》
《ほうほう。つまり超生――》
ポチッ
《――》
テレビで【超生物保護法】の話が出ると、サーニャは眉を顰めて次々とチャンネルを変えた。
突然の【リアライザー】を保護する法案の発表で、メディアはどこを見ても朝から【超生物保護法】一色。
ネットでも直ぐにトレンド入りして、既に【リアライザー】のサジェストには【超生物保護法】が出るような有り様。
特別番組だらけでお気に入りの番組が潰れ、サーニャはお冠だった。
日本中で万単位の人たちが、同様の不満を抱いている。
ポチッ
《――“魔法少女リリカルりのあ”の、“無垢なる始まり”でした》
サーニャのチャンネル回しは、マイナーCS放送のアニメの歌番組で止まった。
他の局が、猫も杓子も【超生物保護法】の特別番組を組んでいる中、予定通りアニソンを流す選択は、娯楽系のチャンネルとしては正しい姿と言える。
《次の曲は“超次元要塞マシロス6”から、“聖なる孤独な光”です》
絶気アスラの原作である“マシロス6”の挿入歌は、低年齢の視聴者を余り意識していない。
サーニャも満足そうにアニソンに耳を傾けながら、楽人を振り返った。
彼女たちはその後、食後のお茶を飲みながら、夕方までのんびりと時間を過ごすのだった…。
終業式もメディアもお祭り騒ぎ!




