職員会議
【超生物保護法】は月仰高校にとっても他人事では無く、教職員たちには朝早くから招集が掛かり、緊急職員会議が行われた。
「大変な事になりましたね、音無先生」
「ええ、真島先生」
校長が校内で唯一把握している、【リアライザー】と同居している生物教師の音無静香と、それを知っている学年主任の真島誠司。
二人は今日の主役だった。
ガラッ
校長と教頭が会議室に入って来ると、それまで世間話をしていた先生たちは口を閉じ、一斉に立ち上がって姿勢を正した。
恰幅の良い校長が手を上げて応え、二人が席に座ると、続いて先生たちも席に着いた。
「おはよう諸君。本日は朝早くから集まって貰って申し訳ない」
校長の横に座る、天辺禿げに眼鏡で鋭い目つきと言う、典型的なイメージ通りの教頭が口火を切った。
校長がお飾りと言う訳では無い。
性格的に大らかな校長よりも、几帳面な性格の教頭の方が、司会進行に向いているための役割分担に過ぎない。
「諸君らもご存じのように、本日未明、日本政府を含むG7全ての国が同時に、【リアライザー】の権利を認める法案の公布を宣言した」
教職員たちは事前に議題を聞いていたので、黙って教頭の言葉の続きを待った。
「健全なる青少年の育成を目指す、伝統ある我が校としても、当然、政府の方針には賛同していくことになります」
公立高校が従うべきは国であり政府。
「ある国では、【リアライザー】は人口数百人に一人と公表されましたが、私はこれには異を唱えたい。例えば……音無先生」
「はい」
音無は足元に置いていたケージを机の上に乗せ、蓋を開いた。
中からはユントロが姿を見せ、右足を上げて挨拶をした。
「ウユーン♪」
どよ、どよ…
「これが噂の…」
「なんて可愛らしい」
「我が家にも是非一匹欲しいくらいだ」
オタク同好会が【リアライザー】との交流会を開いていることは、教職員の間でも周知の事実だった。
しかし、音無との同居を知っているのは、校長と教頭、学年主任の三人だけ。
他の教職員は立場上交流会にも並べず、これがユントロとの初対面であった。
「音無先生がオタク同好会で交流会を開いていることは、皆さんもご存じの通りですが、実はこのユントロ、オタク同好会の生徒では無く、音無先生のパートナーなのです」
どよ、どよ…
またしても教職員たちの間に動揺が走り、その視線が音無に集中する。
彼らも世間の御多分に漏れず、以前は「オタクなんて」と口差がない者が少なくなかった。
それが【リアライザー】が現れて世論が動き、交流会に関心を持っていたところに、同僚の一人が直接の関係者だと知らされた衝撃は大きい。
「今までは情報漏洩を防ぐ為に、校長と私、それと学年主任の真島先生だけの秘密としていましたが、これからは情報を共有していこうと思います」
ざわ、ざわ…
誰も口にはしなかったが、その視線や内心には、音無への嫉妬や、校長たちへの不満が見え隠れしていた。
「そこで、皆さんの中にも【リアライザー】のパートナーがいらっしゃいましたら、名乗り出て頂きたいのです」
教頭が教職員全員を見渡すと、会議室が静まり返った。
この場で隠すことにはデメリットしか無いため、誰もが他に居ないと思ったその時、
「はい!」
一人の女教師が手を上げた。
彼女の名前は美鷹麗子。
特進クラスである2年A組の担任と英語を受け持つ、意識高い系の若い女性。
ピシッとした態度に反して、見るからに高そうなスーツは身体のラインが出ていて、スカートのスリットは切れ込みが深く、胸元のボタンを幾つか外している。
それは学校で一番人気という自尊心を満たすための手段。
彼女は年齢が近い音無に強いライバル意識を持っていて、努力で覆せない胸のサイズ以外で負けることは、彼女のプライドが許さなかった。
無論、彼女に豊胸手術の選択肢は無い。
「私の近所に【リアライザー】を飼っている人が居ます!」
近隣で一番の高級住宅街に住む美鷹は、その女性とは隣のマンションで、顔を合わせれば自慢し合うような犬猿の仲。
最近はその女性が、絵に描いたようなスパダリ――容姿端麗・頭脳明晰・高身長・包容力・イケメン――を自慢するので、彼女は顔を合わせないようにしている。
最初の内は悔しくて夜も眠れなかったが、後に【リアライザー】だと気付いてからは少し溜飲が下がり、グッスリ眠れるようになった。
「ほうほう、良いですね。それなら【リアライザー】への接し方も、普通の方より心得ていることでしょう」
教頭の関心した物言いに、美鷹は得意げな顔になる。
「他の方はどうですか?」
教頭に水を向けられ、他の教職員たちも思い出そうと首を捻ってみたが、無いものは出てこない。
皆が黙ってしまったことで、美鷹は更に自尊心を満たせて、満足そうに笑みを深めた。
「少し残念ですが、それでも教職員とその身近だけで二人もの【リアライザー】が居ました。そう考えると、生徒たちやそのご家族の中にも、何人かは居ると考えるのが現実的でしょう」
教頭の言葉に、教職員たちが記憶探しから我に返った。
未だ漫画やゲームに厳しい教師も少なくないが、それは逆に言えば、普及している事を認めている証拠でもある。
世間で知られている【リアライザー】の条件からすれば、エンターテインメントが好きな日本人なら、他国より多くの【リアライザー】が現れている可能性が高い。
「生徒やその身近に、【リアライザー】が居ると発覚した場合の対応なのですが…」
教頭はそこで言葉を止めると、教職員を見渡し、皆の意識が次の言葉に集中するのを待ってから続けた。
「…無理強いは駄目です」
教頭はその言葉が皆に浸透するのを待った。
それほど、この会議のために準備した中で重要な言葉だった。
「【リアライザー】が発覚した場合、まずは教職員で情報を共有します。それから、政府が推進する戸籍登録を推奨して下さい。但し、伝えるのは担任と顧問のみとします。あまり繰り返すと、意固地になってしまいますからね」
教頭は当たり前だけど大切なことを指示した。
世の中、その当たり前なことを、言われなくても理解して実践できる人間は本当に少ない。
そこに優等生も、エリートも、劣等性も、不良も関係無いからこそ、人間はフォローし合うのである。
「PTAはどうしますか?」
若い化学の男教師、薄倉偉三がオドオドと質問した。
内向的で空気を読むのが苦手なので、変なところで思い切りが良い。
「無視します」
教頭が断言すると、薄倉が自分のことを言われたかのように死にそうな顔をしたので、教頭は言葉を訂正した。
「PTAは無視します。国策や人権擁護団体、動物保護団体より優先する意味はありません」
PTAは公的機関では無い。
その規模は大きく成り立ちや思想は高尚だが、それ故に抱える闇もまた多く深い。
それでも、学校は生徒数を確保するために、PTAに良い顔をすることを余儀なくされている。
しかし、教頭はご機嫌取りをする余裕は無いと言い切った。
PTAに巣くうモンスターが、如何に声を大きく批判しようとも、生徒たちが【リアライザー】に好意的な学校を望むことに変わりは無い。
顔色を窺って時代に乗り遅れる方が、生徒数の確保と言う点では致命的という判断だった。
――時代の先を読んで準備を進める。
それが出来るから、何のコネも無い彼が教頭にまで上り詰められたのである。
次の校長確定と噂されているが、本人に下剋上の意思は無い。
「交流会はもうやらないんですか?」
還暦近い国語の女教師、丸井恋鐘が尋ねた。
温和な顔に似合わず、細かい点のチェックに抜かりが無い。
「予定通り、本日で一端終了とします。夏休み中はやりません。出勤する教職員が減って、外からの人の出入りに、チェックが甘くなりますからね」
只でさえ、休日の学校はOBやOGなど、部外者の出入りが多い。
教職員に休みを返上させてまで警戒させるのは良く無いと、校長たちは判断した。
「音無先生には戸籍登録の意思を確認しているので、そちらを優先して頂きます。交流会の再開はそれ次第で、二学期が始まってからとします」
「ウユーン!」
音無が頷き、ユントロが手を上げて同意を示した。
「命令や脅しで人を動かすなど三下」と言うのが教頭の持論。
彼女たちの顔に憂いは無い。
その後もテキパキと話は進み、ホームルームの時間が迫って来る。
「…他に何も無いようでしたら、これで職員会議は終わります。皆さん、本日も一日、頑張りましょう! 解散!!」
教頭は閉会を告げると、校長と一緒に校長室へ引っ込んで行った。
結局、校長は最後までニコニコしているだけだったが、誰もが教頭とツーカーの仲だと知っているので問題は無い。
* * *
「音無先生! 何で言ってくれなかったんですか。水臭いですねー」
校長たちが姿を消した途端、体格の良い男教師、波羅間清太が馴れ馴れしく音無の肩に手を置こうとして、真島に手を払われた。
「セクハラですよ、波羅間先生」
「おっと失礼!」
波羅間は軽快に謝るが、真島は警戒を解かなかった。
何せこの波羅間と言う男、そこそこ整った顔立ちに高身長、見栄えの良い筋肉質な体格と相俟って女生徒の受けが良いのだが、悪い噂も絶えない。
真島は証拠が無いところが余計に怪しいと考えていた。
「音無先生、よろしければ女同士、あちらで【リアライザー】について話しませんか?」
「ええ、喜んで」
男二人が火花を散らしている間に、美鷹が横から音無を攫って行った。
それに他の女教師たちも付いて行く。
何だかんだ言って、教職員たちも【リアライザー】には興味があったのだ。
…と言うよりも、大半はユントロの可愛さにやられたのである。
会議室に取り残された男教師たちも、何となく【リアライザー】について話し始め、結局、ホームルームが始まるギリギリまで盛り上がるのだった……。
先生たちだって可愛いものが好き!




