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お部屋にお邪魔:御茶菓子

 ガチャッ


「お待たせしたわね」


 間も無く、静香がお盆を持って居間に戻って来た。


「須磨君と遊んで貰ってたのね。良かったわね」

「俺がユントロと遊んで貰ってました」

「まあ!」

「ウユンッ♪」


 ユントロの誇らしげな反応を見せる。

 これが人間なら、腰に手を当ててふんぞり返ってそうな雰囲気だった。


 楽人は静香の邪魔にならないように、来客らしく上座(おく)のクッションに座った。

 クッションは柔らかくて反発が少なく、彼の体重をしっかりと受け止めた。


(いい座り心地だなぁ……うちのクッションと交換したいくらいだ)


 静香は彼がクッションを堪能している間に、楽しそうにお盆の上の物をテーブルに移していく。

 彼の前に御絞り、紅茶の入った白いカップ、砂糖の入った陶器、牛が可愛くデフォルメされたミルクピッチャー、カットされたパウンドケーキが三切れ乗った皿、小さなフォーク、最後に自分のカップを置くと、彼の対面に座った。


「どうぞ召し上がれ」


 楽人は牛のミルクピッチャーを、物珍しそうに繁々と眺めた。

 ユントロが彼の膝の上に乗って来て、ミルクピッチャーを見たが、見覚えのある物だったので直ぐに興味を失い、そのまま彼の膝の上で丸くなった。

 それを目で追っていた楽人が顔を上げると、ユントロを羨ましそうに見ている静香と目が合った。


「…遠慮しないで。この前のお礼だから」


 静香は誤魔化すように両手を広げて、楽人に紅茶とパウンドケーキを勧めた。


「では遠慮なく」


 楽人は御絞りで手を拭くと、御茶菓子を味わうために、砂糖とミルクは入れないで紅茶に口を付けた。

 その味も香りも、彼の家にある、有名メーカーのインスタントの紅茶パックと殆ど同じだった。


 次にフォークに手を伸ばした。

 普段、彼の家ではパウンドケーキを素手で食べているが、使い方を知らない訳では無かった。

 彼はパウンドケーキを、フォークで端から刺すように切り分けて口に運ぶ。


(普通に美味しいけど、何かが違う)


 楽人がふと静香の方を見ると、彼女はじっと彼を見ていて、両手で包んだ紅茶のカップは全く減っていなかった。


(あ…)


 そこで彼は初めて、彼女の手に透明の絆創膏が貼られていることに気付いた。

 手作りだと気付いてしまえば、味の違和感の正体が、焼き過ぎて表面が少し焦げた苦みだということは直ぐに分かった。


(ここで「俺のために初めての料理をして怪我をした」などと自惚れるほど俺は自意識過剰じゃない。俺みたいな何処にでも居る高校生に惚れる、綺麗なお姉さんなんて居るはずが無い。それより怪我の方が心配だ。漫画みたいなベタな怪我だと、その時は良くても直ぐに病院に行かないと不味い。…ふむ、切り傷か火傷かは分からないが、あの位置なら静脈や神経は大丈夫なはず)


「…口に合わなかったら、無理しなくていいからね」


 静香は楽人が彼女を心配しているとは知らず、顔を曇らせた。

 彼女も味見はしていたが、何しろ彼女は友達が少ない。

 味見をしてくれる相手がユントロくらいしか居ないので、今時の高校生男子の味覚には自信が無かった。


「あ、違いますよ。逆です逆。美味しかったから何処の店かなと思って…。良かったら教えて貰えませんか? 帰りに買って帰りたいんで」


 楽人は静香の勘違いに気付いて、慌てて言い訳をした。


 ふわぁぁぁぁ…


 静香は背後に花が咲き乱れるように笑顔になった。


「良かった」


 その豊かな胸に両手を当てて、本当に心の底から安心したように呟く。


「でもごめんなさい。それ手作りなの」

「え?! 凄いですね。それじゃ買って帰るのは諦めますか」


 申し訳無さそうに手作りだと言う先生に、楽人はわざとらしくならないように気を付けて驚いてみせた。


「ううん、多めに作ったから、帰りにお土産に包むわ」

「済みません。ありがたく好意に甘えます。家族も喜ぶと思います」


 楽人が料理を褒めたのも、家族が喜ぶのも嘘では無い。

 静香のパウンドケーキは素人作りとしては十分に美味しく、喫茶店で男のマスターが出せば文句は出ないレベルだった。

 それに比べるとサーニャは、ゼロからのスタートとは言え、未だに素人料理。


 楽人は素人が好むオリジナルの調理法には反対派だった。

 料理は調理の過程で味が変化し続ける。

 小まめに味見して変化を予測することの出来ない素人がオリジナルに挑むなんて、無謀以外の何物でも無いというのが彼の持論だった。

 だから彼は、サーニャに料理を教えているのが、最も信頼する女性(ははおや)であることを、信じてもいない神に感謝していた。


「ご家族にも気に入って貰えると嬉しいんだけど…」

「大丈夫ですって。これで駄目なら世の中の新婚さん皆赤点ですよ。俺なんか毎日食べてもいいくらいです」

「え…?」

「あ、こんなこと言うと男女差別になるんでしたっけ。聞かなかったことにしてくださいね。あははは…」


 楽人は調子に乗って失言したと思い、静香に手を合わせて頭を下げた。


 チラッ


 彼は頭を下げたまま視線だけ彼女に向けて待ったが、返事が無い。

 彼が顔を上げると、彼女は口の前で指を交互に手を重ねて惚けていた。


「先生?」


 静香の反応が無いので、楽人が目の前で手を振ってみると、


「―――っ! ちょっとお手洗いに行ってきます!」


 我に返った静香は急に立ち上がって、そそくさと部屋を出て行ってしまった。


「俺、ミスったか?」

「ウユユーン…」


 残された楽人が膝の上に視線を落とすと、ユントロは処置無しと言った風に呆れて首を振った。

ユントロは賢い(当社比)

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