お部屋にお邪魔:趣味の部屋
楽人はサーニャと遅い朝食をとった後、音無静香の家にやって来た。
駅にも学校にも歩いてい行ける距離にある、日本では一般的な五階建てのマンションで、彼女が住んでいるのはその四階だった。
入り口を入るとエントランスになっていて、直ぐに目に入る場所にインターホンがあった。
インターホンは声だけでは無く、住民からはモニターで来客の顔を確認できるタイプ。
エントランスから先はオートロックで閉ざされていて、余所者は住人の住んでいる部屋は元より、階段やエレベーターにも入れない。
…と聞けば、大半の人は安全安心と思うところだが、楽人はそうでは無いことを知っていた。
推理小説や漫画を読んでいるからではなく、ユントロが誘拐された当時のことを聞いていたからだ。
説明書を読まずに、「何もしてないのに壊れた」という人間は年々増えている。
所詮、どれほど完璧な道具も、使う人間次第でポンコツと化すのである。
楽人がインターホンで先生の部屋番号を入力すると、直ぐに反応があった。
『今オートロックを開けるから、奥のエレベーターを使って』
「分かりました」
奥の引き戸式の自動ドアが開く。
彼がドアを潜った後、何となく見ていると、間も無くドアが閉まって鍵が掛かる音がした。
その時間が短いほど日々の利用に不便で、長いほど安全性が損なわれる。
楽人はその二律背反を見つめながらエレベーターを待って、先生の部屋へと向かう。
* * *
ピンポーン
ガチャッ
楽人が呼び鈴を鳴らすと、直ぐにドアが開いて音無静香が姿を現した。
「いらっしゃい、須磨君。どうぞ上がって」
彼女は淡い色のゆったりとしたブラウスに、膝丈のキュロットスカートを着ていて、学校での白衣の眼鏡教師のイメージとは似ても似つかなかった。
年相応に若々しいコーディネートと言えなくも無いが、どちらかと言うと少女趣味な印象を与える色味。
(音無先生の私服姿なんて初めて見たけど……もしかしなくてもセンスが悪い?)
楽人は内心では失礼なことを考えながらも顔には出さず、断りを入れて部屋に入った。
「失礼します」
バタンッ
「ウユーンっ!」
彼が部屋に入ってドアを閉めると、廊下の奥からユントロが走り寄って来た。
「おう、久しぶりだなユントロ。お前も元気そうだな」
「ウユーン♪」
彼が屈んで頭を撫でてやると、ユントロは嬉しそうにその手に頭を擦り付けた。
「付いて来て」
静香が廊下の奥へ歩き出すと、ユントロと楽人も後に付いて行った。
* * *
楽人が静香に案内された居間は、ぬいぐるみで溢れていた。
小さい物から大きい物まであり、棚の上は勿論のこと、棚の間や棚の手前もぬいぐるみで塞がっている。
彼でも一目で違いの分かる高級そうなテディベアもあれば、日本人なら誰でも知ってるような電気ネズミや仕事を選ばない猫などもある。
客を通す居間でこれなので、寝室にはそれ以上の光景が予想された。
(なるほど。そこに消えているのか…)
学校での静香は、お洒落を感じさせない。
公立高校の教師なので給料は良いはずなのに、いつも野暮ったい似たような服装をしていて、車もバイクも持っていない。
楽人はその理由が大量のぬいぐるみにあると思った。
「ぬいぐるみ、好きなんですね」
「あはは、子供っぽいでしょ? 動物アレルギーの反動でね」
静香は恥ずかしそうに照れ笑いをした。
手に入らない物を欲しくなるのは人の性。
動物アレルギーの代償行為として、ぬいぐるみを集める人は少なくない。
「そんなことありませんよ。素敵な趣味だと思います」
「そ、そう? ありがとう。…お茶入れて来るから、その辺に座って待ってて」
静香は照れ笑いを浮かべて、そそくさと居間を出て行った。
居間と言っても平凡なマンションの独り暮らし。
洒落たテーブルセットなどは無く、床に絨毯が敷かれ、小さめのテーブルの対面にクッションが置かれているくらいだった。
クッションの予備は部屋の隅に積まれて、だらしないパンダのぬいぐるみが上に寝そべっていた。
「?!」
楽人は何となく気になったので、悪いとは思いつつも、棚を塞いでいるテディベアの一つをそっとずらして見て絶句した。
(なる…ほど……)
棚の正体は本棚で、中には漫画がギッシリと詰まっていた。
隣の棚もぬいぐるみを寄せて見てみると、こちらはゲームやアニメのブルーレイが並んでいる。
他にも不自然に隠されている棚は多く、これが全て同じような物だとすると、下手な服や食器で埋まっているよりも高額だと予想された。
(うん、俺は何も見なかった)
楽人はそっとぬいぐるみを元に戻し終えると、自分を見ている視線に気付いた。
「お前も見なかったことにしてくれ。二人だけの秘密だ」
彼が人差し指を口に当てて言うと、
「ウユーン♪」
ユントロは右前足を、したっ、と上げて返事をした。
「うむ、賢可愛い奴だ。今度何か持って来てやろう」
「ウユユユーン♪」
オタク同好会の部室で、餌を与えるのが禁止されていたことを忘れての発言だった。
一カ月も前のことなんて覚えてないっす




