派閥戦争、再び
「楽しそうだな、ヴァジュラ」
明け方。
とあるマンションの屋上で、タンクトップにダメージデニムの男が相棒に声を掛けた。
「…見てみろよ、アスラ」
同じくタンクトップにデニムの男は、スマホの画面を相棒の方に向けた。
「昨日のライブか」
「ああ」
スマホに映っているのは、有名動画サイト“YourTube”の動画。
画面で再生されている動画には、見ている二人の姿が映っていた。
彼らがメンバー以外の前で歌ったのは昨日が初めてなので、昨日のライブ以外には有り得ない。
「ははは、ライブ映像の公開は禁止してんだけどなあ…」
日本には音楽の著作権を守る法律があり、当然、ライブを無断で録画して公開することは法律に引っ掛かる。
普通の大人なら誰でも知っていることだが、ライブに来る客には未成年も多いため、フライヤーの注意書き、入場時の説明、開演前の注意をしている所が多い。
それでもやってしまう、マナーの悪いファンはゼロにならない。
しかし、彼は笑った。
その動画はテロップで熱く語っていて、皆に知って貰いたいという熱意が伝わって来たからだ。
「こっちも負けてられないからな」
ヴァジュラがスマホを操作すると、そこにもライブ映像が映っていた。
但し、先程の動画とは違って、後方や斜め後ろの高い位置や、ステージの真下からのアングルなどを組み合わせたもので、大音量のライブにしては音もあまり割れていない。
全くでは無いところが、単なる合成では無く、その時の音を使っていることを物語っていた。
――そう、それは彼ら自身が録画した動画である。
元々ライブの翌日に公開する予定だったが、先走ったファンに先を越されてしまった。
そしてつい先ほど、彼はバンドの公式SNSと動画サイトで公開した。
《絶気アスラ&鍍気ヴァジュラ、オンステージ!》
地味な煽り文句だった。
バンド名が“サンダーライザー”になっていることにも、何の説明も無い。
しかし、ファンならば直ぐに気付く。
それがアスラの“サンダーボンバー”と、ヴァジュラの“ファイアーライザー”から取られていることに。
言葉では無く歌で示す。
それがアスラであり、その背中を追い続けてきたヴァジュラの生き方。
「これはサービスだ」
ヴァジュラはファンの動画に、自分のアカウントで公式へのリンクを貼って一言だけ付け加えた。
《消さなくていい》
他人が貼ったら他のファンの誘導に見えるし、アンチの目にはセコイ真似と映るだろう。
彼もそれはよく理解している。
だけどそれでも構わない。
誰がどう思うかでは無く、自らに由って真っ直ぐに生きる。
彼の憧れたロッカーは、そういう生き方なのだから。
「くっくっく。これから楽しくなりそうだな」
だから【リアライザー】に否は無い。
「当然だ、相棒」
朝焼けの中、二人の髪はまるで天に挑みでもするかのように、前を、上を目指していた…。
* * *
「ふあぁぁぁ…」
水曜日。
前日は夜遅くまでバイトで寝不足の楽人は、欠伸を噛み殺しながら教室へ入った。
ガラッ
「何だって? もう一度言ってみろ!」
「何度でも言ってやるわよ! この偽物偽物偽物偽物偽物ーーーーーーーーーーっ!」
「むっきーっ!」
教室は朝から騒がしかった。
楽人がデジャヴを感じながら教室内を見渡すと、今日争っているのは、先日も騒ぎのエースだった花畑鰾未と、もう一人は彼の親友の手塚新蜂だった。
「おはよう。何があったんだ?」
「須磨か。実はな…」
楽人が前の席の田島拓哉に尋ねると、返って来た答えは半分くらい彼の想定内だった。
昨夜の“ファイアーライザー”のライブを、熱狂的でマナーの悪いファンが動画サイトに上げ、それが一晩でバズってトレンド入り。
しかも今朝方、当のバンドが公式のライブ映像を公開と言うのだから、これで話題にならないはずが無い。
彼らの大のファンである手塚は興奮して、朝からクラスで自慢げに話して回ったという。
(…うん、そりゃ興味ない奴には煙たがられるし、嫌いな奴は切れ散らかすよな)
自称情報通の手塚が、聞いてもいない情報を拡散して周ることは珍しくない。
しかし、今回の件は彼の趣味に関わるものであり、一生に何度も遭遇しない本物のビッグニュース。
下手をすれば歴史に残るかも知れない一大事件を前に興奮するのは、ファンとして当然の反応だった。
大半のクラスメイトは、最初の内こそ真面目に話を聞いていても、途中でウザくなって適当に聞き流して終わった。
しかしそれが出来ない者も居る。
他人に尊重を求めるということは、相手を優先しないことに他ならない。
「お前の教祖様は【リアライザー】の自立を認めただろうが」
週末、花畑の大好きな“化身配信者”のアバターの【リアライザー】が、一人のファンの下でネット配信を始めている。
ずっと言葉を濁していた“化身配信者”が、それに対して昨晩の配信で決定的な発言をした。
『一緒に配信しないか?』
強制でも無く、命令でも無く、ずっと一緒にという意味でも無い。
お互いの都合が合った時だけと言うその提案は、【リアライザー】を個人と認めて、その意思を尊重した発言だった。
ネット上でも「子供の自立を喜ぶ親のようだ」と評価する声もあれば、「炎上を恐れて日和った」とか、「確実に稼ぐことを選んだ」などと酷評する声も少なくなかったが、夢の競演を喜ぶ者たちが大多数だった。
“ファイアーライザー”のファンの動画より後だったことも、無関係では無い。
しかし、それは飽くまでも当人たちと大多数の話。
熱狂している対象を教祖様と揶揄されるような狂信者は…、
「認めてなんかない! あんたたちが五月蠅いからシュラク様は仕方なくああ言ったのよ! あたしはあんなの認めてないっ!!」
現実を受け入れなかった。
「…何様のつもりなんだか」
クラスの誰かが、ボソリと呟いた。
ギッ
花畑がそちらを振り向いて、凄い形相で睨んだ。
睨まれた生徒はバツが悪そうに顔を逸らしたが、今度は花畑の視界から外れている生徒たちが、聞こえよがしにヒソヒソ話を始めた。
「…え? 本人が言ったの知ってて言ってんの?…」
「…そりゃあ熱心な信者様だからな…」
「…そマ? なしよりのなしじゃん…」
「…どっちでもアレだろ…」
「…変なものでもキメてんじゃない?…」
ギロッ
「男の癖にグチグチグチグチ! 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよっ! これだから男は…」
花畑が振り返って、そこに座る無関係の面堂吉良を睨んで罵倒した。
これには面倒なことが嫌いな面堂も腹を立てて、売り言葉に買い言葉。
「なら言ってやるよ! 【リアライザー】が来なかった分際で図々しいんだよ、お前は!」
(あ、それ禁句)
と楽人が思ったのも束の間、
ぷっつん
「キシャーーーッ!」
花畑は奇声を上げて面堂に飛び掛かり、椅子ごと彼を押し倒して馬乗りになった。
彼女は何かを喚き散らしながら、太鼓を叩くように駄々っ子パンチを繰り返した。
彼は彼女を押し退けようとしたが、完璧なマウントポジションは崩せず、止む無く両手で頭を庇う。
花畑の腕を掴んで止めようとした乾貞が、顔に肘鉄を喰らって鼻血を流し、「面堂なら大丈夫だろう」と高を括っていた男子たちが、女子たちに「手伝って」と怒鳴られ、芝村が花畑を後ろから羽交い絞めにしたら、彼女が「犯される」と喚き散らす。
正に地獄絵図だった。
ホームルームに来た担任に怒鳴られて、漸く花畑は鼻息を荒くしながら止まった。
彼女はホームルームの後で指導室に呼ばれ、一週間の謹慎処分となり、呼び出された母親と一緒にそのまま下校した。
無論、テストの残り科目を受けられなくなった彼女は補習が確定した。
(まあ気持ちは分からなくも無いけどなあ…)
理解できることと共感することは違う。
楽人は嘗て、“ミレニアム戦記”仲間から“サーニャ”の不人気を煽られた時、それを事実と受け入れた。
手塚は“絶気アスラ”を罵られても、事実だけで反論した。
花畑は大好きな“化身配信者”の言葉さえ否定した。
同じように熱狂する趣味を持つ三人でも、お互いがその行動を共感することは難しい。
(俺も気を付けないとな)
大惨事にはなったものの、何も得るものが無かった訳でも無い。
度を超したものを目の当たりにしたことで、他の生徒たちは冷静になれた。
だからと言って【リアライザー】に対する考えが大きく変わる訳でも無かったが、一先ず、クラスの中は落ち着きを取り戻したと言えた…。
* * *
「ただいま」
「ガクト、おかえりなさ~い♪」
楽人が玄関のドアを閉めて声を掛けると、家の奥からサーニャの声が彼を出迎える。
彼が靴を脱いで玄関を上がった頃には、奥からサーニャが到着して彼に抱き付いた。
僅かな抱擁の後、一緒に二人の部屋へ向かい、そこで楽人は私服に着替え、お互いに今日あったことを話す。
それが彼らの日常。
今日はお互いに話すことが沢山あった。
昨晩は楽人の帰りが遅く、余り話せなかったから二日分。
楽人は昨日の学校でのこと、初めてのライブのこと、そこで会った人たちのこと、今日学校であった騒動のこと…。
サーニャは母親に聞いた世間話、習った新しい料理、テレビで見た面白いニュース…。
楽人がそうであるように、サーニャも彼の拙い話を楽しみに待ち、素直に聞き、笑い、驚き、悲しんだ。
それは彼女の思いであり、彼の思い。
この日常はいつ終わるとも知れない、だけどいつまでも続くと信じている。
だから彼は彼女に隠しごとをしない。
楽しい話も、怖い話も、悲しい話も隠さずにする。
外に出られない彼女にとって、それが一番の慰めとなると信じて。
彼女にとっての……【リアライザー】にとっての未来が、直ぐそこまで迫っていることを、その時の楽人はまだ知らなかった…。
あらそえ…あらそえ……




