インディーズバンド:過激にファイアー! 轟けサンダー!
そうこうしている内に舞台の準備は終わり、開場時間となった。
手塚と楽人は、受付で客の手に入場スタンプを押し、前売り券の客と当日券の客を分けて整列させる。
このライブハウスのルールは、入場時に押したスタンプを見せれば再入場は無料。
不正ができないよう、スタンプは日替わりで、一週間のローテーションが組まれている。
楽人は慣れている手塚に比べて手間取ったが、客の質が良いのか文句を言われることも無く、それどころか「新人か。頑張れよ」と激励されるほどだった。
開場から一時間近くが経ち、来客も落ち着いた頃、バンドのメンバーがステージに上がって挨拶をし、ライブが始まった。
ジャジャーンッ
楽人は挨拶が始まった段階で、事前に渡されていた耳栓をした。
ライブハウスは広さの割りに音が大きく聞こえる。
これは人口密度が大きく影響している。
客が多くなり人口密度が増すほど、逆にライブハウス内の空気の割合は少なくなる。
音の伝わる速度は固体より気体の方が速く、また人体は音を吸収より反射するため、狭い空間を音が反射して大きく聞こえるのだ。
それでは、人気バンドが狭いライブハウスでライブをすればどうなるか?
当然、大音響となる。
勿論、演者は客が体調を壊さないよう、調整をしている。
しかし関係者は違う。
ライブ中もスピーカーの近くへ行ったり来たりするため、関係者は耳栓が必須と言えた。
楽人が配布されたのは、ライブハウス側で物販されている高遮音性の耳栓。
実際に演奏が始まると、耳栓をしていても演奏が聞こえて来た。
(なるほど、耳栓を勧められる訳だ)
耳栓をしているにも関わらず、クリアに演奏を聞き分けられる。
楽人が以前に普通の耳栓をした際は、もっと音量が小さくなった反面、音質の劣化は激しかったので、支給された耳栓の優秀さを実感した。
彼が客席を見渡すと、最前列の客の大半は高遮音性の耳栓をしていた。
「Hearing My Song!」
直訳すると「俺の歌を聞け」。
ボーカルが決め台詞を叫ぶと、初めこそ御行儀の良かった客たちも一気にヒートアップした。
ファイアーライザーの名前通り、彼らは観客たちも燃え上がらせた。
ボーカルが叫び、客が叫び、メンバーの演奏が響き、客の踏み鳴らす足音が響き、そしてボーカルの声が更に大きく響く。
椅子や機材だけでは無く、ライブハウス全体が揺れるほどの振動と熱気が巻き起こる。
バンドと客が一体となって盛り上がる様子は、ある種の狂気に満ちていた。
(これが本物のライブなのか……)
楽人は指示されていた通り、曲の合間に、叫び過ぎたり大音量に当てられたりした客を見つけては、近付いて大丈夫か確認して回った。
一見辛そうな客も、大半は退避を拒否し、少し休んで直ぐにまたライブを楽しんだ。
(俺でも知ってる伝説のアニソン歌手、瑞木壱郎アニキを彷彿とさせるな……)
あまり音楽に興味の無い楽人は、テレビや動画で偶然耳にした曲を思い出した。
彼の覚えている歌手の名前が二人に増えた瞬間だった。
「次が本日のラストナンバーになる……」
前の曲が終わって次の曲までの伴奏中、ボーカルが静かに語り出した。
最後の曲は、フライヤーにも会場の演目にも記載されていなかった。
客たちは期待に胸を膨らませて、ボーカルの語りに静かに聞き入る。
「……年前、俺たちはロックに出会った……」
「……バンドを組み、下手くそなりに練習してきた……」
「……今でも自慢できたもんじゃないけど、ずっと支えてくれたお前たちだけは俺たちの自慢だ……」
まるで別れのような文句。
「……俺たちの夢はまだ道半ばだけど……」
「……俺たちは原点に立ち返る……」
ざわ、ざわ……
「まさか……」
「辞めるとか言わないよな……」
「冗談だろ…」
ファンたちの間に動揺が走るが、ボーカルはそれには応えず、
「紹介したい奴がいる。俺たちの原点――」
ステージの奥から人影が姿を現す。
自然に破れたデニムに、飾り気の無いシャツ、天を求めるように揺れる髪に、丸いサングラス……
「――絶気アスラだ!」
* * *
――絶気アスラ。
歌で宇宙を救うアニメ、超次元要塞マシロスシリーズのマシロス6の主人公。
ロックバンド“サンダーボンバー”のボーカル兼ギター。
同作に於いて、『本当に歌だけで終わらせた』『男なのに歌姫』『殺さずの英雄』『究極のアウトロー』『演奏しながらエースよりエース』『続編に出すと新主人公が霞むから出せなかった』等々、数々の伝説を作ったキャラクターであり、雷鳴のバンド名通り現実にも名前を轟かせ、今でも根強いファンが多い。
彼は鍍金ヴァジュラたち全員の原点。
彼らの芸名やバンド名も、アスラたちを意識している。
ヴァジュラは幼い日にマシロス6に出会い、大きくなっても忘れられず、姿を似せ、曲も似せ、その後ろ姿をずっと追い続けて来た。
メンバーは疎か、ファンでさえ、それを知っているのが当然と言うほどの【絶気アスラ】オタク。
そんな彼の元に【リアライザー】が現れたことは必然でしか無かった。
誰も言葉を発しない。
目の前の【リアライザー】を理解できない。
或いは、理解して期待に胸を膨らませ、それを待った。
ジャラーンッ
絶気アスラが手に持ってきたエレキギターを一つ掻き鳴らし、そのまま演奏を始めると、
ワアアアアアアーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!
ライブハウスは先程までの静寂が嘘のように、さっきまでのライブを上回る歓声に包まれた。
ライブに来るほどのファンに、彼を知らない者は一人も居ない。
「「Hearing We Song!」」
絶気アスラと鍍金ヴァジュラの声が見事に重なる。
幻想を再現された者と、ずっとその背中を追い続けた男。
合わないはずが無かった。
「「――――っ!!」」
熱唱。
完全なユニゾン。
誰が本番は初めてだと信じられるだろうか。
絶唱。
音の暴力。
二人のボーカル、バンドのメンバーだけでなく、全ての客もまた全身全霊で叫び、会場は興奮の坩堝と化した。
「………」
話を聞いていなかった眼鏡オタクも、客と一緒に驚き、感動し、強く手を握り締めていた。
彼もまた、絶気アスラのファンだから。
ポンッ
楽人が手塚の肩に手を置くと、彼は我に返ってそちらを振り向いた。
『最高だな』
楽人は言葉にしたが、この熱狂の中では近くても何も聞こえない。
それでも伝わるものがある。
『ああ』
手塚は頷いた。
だから彼は最高の舞台を演出すべく、自分の仕事――照明の操作――に戻った。
* * *
≪偽物がどんなに頑張ったって本物には遠く及ばない≫
楽人は不意に、学校で聞いた言葉を思い出した。
(確かに、どっちも本物じゃ無い。所詮は贋作と模倣だ)
それはどんなに否定しても変わらない事実。
しかし、
(でも間違いなく両方とも本物なんだ。そうで無ければ、ここまで多くのファンの心に響くはずが無い。否定なんてされていいはずが無い……)
楽人は信じたかった。
例えその生まれが偽物でも、記憶や思いが作られたものであったとしても、そこで成した結果は本物なのだと。
――彼女はそこに居てもいいのだと――。
* * *
「アン、コールっ! アン、コールっ!」
曲が終わると満場一致のアンコールが巻き起こった。
二時間に渡ったライブは、未だ熱気は冷めやらない。
絶気アスラの本番は初めてと言うこともあり、最後の一曲だけの参加で終わる予定だった。
【リアライザー】は一部で過激に批難する者たちが居ることもあって、受け入れられない可能性を危惧していたのも、その理由の一つだ。
しかし現実は逆だった。
キャラが色んな意味で強過ぎて新作にも出番が与えられず、二度と画面で見れないかもしれなかったこともあってか、ファンは現実で逢えたことを感動こそすれ、批難する者は誰一人として居なかった。
「……オーナー、延長をお願いできますか」
ヴァジュラがライブハウスのオーナーに、延長できるか確認の電話を入れた。
『形だけのアンコール』『アンコールはやらせ』などと揶揄されることも少なくないが、少なくとも今回の彼らは違った。
「……ありがとうございます……皆ぁっ! オーナーに感謝だあっ!!」
ワアアアアっ!!!!!
その証拠に、リーダーが観客席に向けて見せたスマホには、観客を見て親指を立てるオーナーの姿があった。
その後、音出しの限界までライブは延長した。
最後まで立っていた客は半分もいない。
途中で帰った訳では無く、力尽きて座り込み、或いは倒れたのだ。
それほどまでにファンも全力だった。
人口密度の高い会場は人々が重なるように倒れ、背中合わせに座り、或いは足元に気を付けて立ち続けていた。
その誰もが顔に、思い思いの至福の表情を浮かべていた。
このライブが“ファイアーライザー”の伝説の、本当の幕開けとなったのだ……。
* * *
「最高だったな」
帰り道、楽人は何度も言った言葉を口にした。
ライブがギリギリまで延長したので、片付けも随分遅くなってしまった。
深夜も近い繁華街は、まだ夜は始まったばかりだと言わんばかりに明るく、そして活気に満ち溢れている。
楽人と手塚も打ち上げに誘われて一緒に(ノンアルコールを)飲んでいたが、終電に間に合わなくなると不味いので途中で引き上げさせて貰った。
彼らは高校生であり、明日もまたテストがあるのだ。
ヴァジュラたちは楽人にも、「また手伝いに来い」と声を掛けた。
気のいい人生の先輩たちに、楽人も「機会があればまた手伝わせてください」と応えた。
「俺たちは歴史的瞬間に立ち会ったのかも知れない」
肩を組んで歩く手塚も、恍惚とした表情で、打ち上げでも口にした言葉を独り言ちた。
実際のところは分からない。
世界中に【リアライザー】が現れて早二週間。
彼らが知らないだけで、既に何処かで、同じような伝説が始まっているかも知れない。
けれども、彼らにとっては今日のライブがそれだった。
それが彼らにとっての全てだった。
「最高だったな…」
「ああ…」
彼らは駅で別れるまで、肩を組んで同じような会話をずっと繰り返した。
――尚、帰宅が予定より大幅に遅れた楽人がサーニャに泣き付かれて、有乎無乎の体力で必死に謝罪したことは言うまでも無い。
「連絡も無くて心配だったんですよ!」
南無三!




