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ぼくたちの派閥せんそう

「はぁ? あんた今何て言った?」


 週明けの月曜日。

 楽人が登校して2年B組の教室に入ると、朝から何やら揉めていた。

 その中心となっている片方は、少し気の強い女子生徒、花畑鰾未(はなばた ふえみ)


「言うに事欠いて、あたしのシュラク様をあんな偽物に劣るですって?!」

「そこまで言ってねえだろ!」


 もう片方は、少し言葉の悪い男子生徒、風見酉雄(かざみ とりお)


「【リアライザー】だって同じ男だって言っただけじゃねえか!」

「シュラク様を男子なんかと一緒にするな!」


 騒いでいる二人だけでは無く、クラス全体に剣呑な雰囲気が漂っている。

 かと言って、男子と女子で分かれて言い争っている訳でも無い。


「…俺の勘違いで無ければ、今日から期末テストだよな?」


 楽人は自分の席に着きながら、後ろに座る高橋颯太に尋ねた。


(もし違ったら、テスト勉強のためにサーニャと遊ぶ時間を減らしているのが無駄じゃないか…)


 勉強は積み重ねなので本来なら無駄では無いが、サーニャと遊ぶために塾を辞めることすら検討した彼にとっては重要だった。

 彼女に止められなければ、彼は塾を辞めている。


「ああ、須磨か。間違いなく俺らの嫌いな期末テストだから安心しろ」

「それならあいつらは何を騒いでるんだ? テスト勉強のし過ぎで頭がやられたのか?」

「あれはな…」


 彼の話に依ると、やはり【リアライザー】絡みだったが、いつもとは少しばかり事情が違った。



 * * *



 事の発端は週末。

 某有名“化身配信者(アスマー)”シュラクの【リアライザー】が、ネット配信を開始したことにあった。


 ――化身配信者。

 正式名称はアバタール・ストリーマーと言い、“アスマー”と略されることが多い。

 化身=アバターの名が示す通り、ネット上に仮想の見た目を作り、普段の自分とは違うキャラクターを演じる配信者の通称である。

 中にはアバターこそが本当の自分だと主張する者や、それを妄信する者も少なくない。


(俺は“ミレニアム戦記”の関連動画は見るけど、配信者自体は興味無いんだよなあ…)


 配信者自身は生身の人間である。

 当然、フィクションでは無いので【リアライザー】にはならない。

 それでは、【リアライザー】が現れるほど、《世界で一番思っている》のは誰か?


 …答えは狂信者である。

 本人の可能性もあるが、その大半はファンだった。

 この辺りは、アイドルに一番思い入れが強いのは、ナルシストな本人か、メンヘラストーカーになるほどのファンだと揶揄されることに似ている。


(【リアライザー】が配信ってそういうこと(・・・・・・)だよなあ…)


 配信者自身では無く、ファンが【リアライザー】に配信させた。

 そのファンは、一人で独占して悦に浸るタイプでは無く、他人に自慢したがる承認欲求が強いタイプだったのだ。

 【リアライザー】はその条件から、承認欲求が強いタイプの下に現れることは、あまり多くない。

 例外は主に、競争相手が少ない(ふにんき)キャラや、極まったファンに集中している。


(その結果がこれか)


 普通ならちょっとした言い争いで済むはずが、不幸なことに、件の配信者は有名どころだった。

 クラスにもファンが数人居て、その友達も巻き込んで、他の生徒が好きなキャラにも飛び火した結果が御覧の有り様。


「なんでわかんないのよ! 偽物がどんなに頑張ったって本物には遠く及ばないって!」


 気の強い花畑が喚き散らす。

 当のアバター(シュラク)の熱狂的なファンである彼女は、【リアライザー】を偽物と言って憚らない。


「比較する意味なんてあんのか?」


 気の立っている花畑は、口の悪い風見が冷めた態度も気に入らなかった。

 周りのクラスメイトたちも、


「【リアライザー】なんて、見た目と声は同じでも性格とか違くね?」


 【リアライザー】をストレートに見下す者も居れば、


「いや、配信者の方が変わってんだよ。ほら、古い動画見てみ」


 冷静に分析する者も居て、


「変わってもいいだろ。配信者だって成長してるんだぞ」


 兎に角、配信者を擁護する者も居れば、


「いやいや、設定からズレたらもう別キャラじゃん」


 更に問題点を指摘する者も居て、


「俺はアニメーションも悪く無いけど、やっぱ三次元がいいわ」


 会話に加わっているようで話が繋がっていない者も居る。


(なんて面倒な…)


 楽人は矛先を向けられるのが嫌なので、思っても顔を顰めるだけで、何も言わなかった。


(派閥は大きく分けて4つか)


 一つは原理主義者。

 “化身配信者(アスマー)”が絶対であり、【リアライザー】は紛い物扱い。

 花畑鰾未を始めとする誰かの熱狂的なファンや、三次元に抵抗がある者、リアルの異性に辟易している者が多い。

 彼らは好き嫌いが激しくて、言葉が通じない。


 二つ目は【リアライザー】容認派。

 風見酉雄を始めとして、一々目くじらを立てる必要は無いと考えている。

 絵の完璧な再現と言える姿には、漫画の実写化は許さない派でも、【リアライザー】は認めている者が多い。

 彼らは難しく考えない分、理屈が通じない。


 三つ目は作者著作権派。

 【リアライザー】はアバターだから、“化身配信者(アスマー)”に権利があると主張。

 配信者に返せと言ったり、著作権違反だから髪を染めて服を変えろと言ったり、概ね過激派。

 彼らは自分ルールが前提なので、正論が通じない。


 四つ目は人権擁護派。

 【リアライザー】だって心があるんだから可哀想。

 彼らは感情で動くから、言葉も理屈も正論も通じない。


(…地獄かな?)


 まるで社会の縮図のような光景だった。

 高校生と言うこともあって、まだ著作権への認識が弱く、著作権派は劣勢に立たされていた。

 逆に原理主義者は、数が少ない割りに声が大きい。

 大多数は【リアライザー】を容認したり、擁護したりしているが、それも積極的では無い。

 無論、完全に我関せずでテスト勉強の最終確認をしている現実的な、或いは協調性の無い生徒も少なくない。


(関わらないで置こう…)

「――ソシャゲ君は当然こっちよね?」


 地獄のような光景から目を逸らすという、楽人の賢明な判断は、当事者の花畑鰾未に依って阻止された。


(おい馬鹿止めろ、俺を巻き込むな! 俺のどこが原理主義者だ?!)

「何言ってんの。須磨っちはこっちに決まってるでしょ!」


 今度はSNS好きの金髪ギャル、真島範子が彼を巻き込もうとする。

 髪は一房だけピンクで、化粧はナチュラルメイクに派手なリップ、制服のスカートも丈を思い切り短くした、完全無欠のギャル。

 彼女がどうして偏差値六十の月仰高校に合格できたのかは、2年B組七不思議の一つになっていた。


 映える写真を撮って『いいね』を集めるのがライフワークで、「試着して写真撮れば無料(ただ)じゃん」と言って有言実行し、店の人に通報されて出禁になったという逸話を持つ猛者。

 …だからか、彼女は意外にも作者著作権派だった。


「モテモテだな、須磨」

「嬉しくない」


 いつの間にか手塚が楽人の席へ寄って来て、彼の肩を抱いて耳元で呟いた。

 眼鏡最優先の彼は【リアライザー】容認派で、原理主義者や著作権派から見れば敵。


「眼鏡オタクに付くんだね?」


 隣の席の真面目な委員長、乾貞(いぬい みさお)が椅子を寄せて楽人を流し見た。

 真面目だが融通の利く性格の彼女は人権擁護派。

 彼女が眼鏡を掛けていることは、手塚が楽人の席へ来ることが多い理由の一つだった。

 彼を挟んで逆サイドの手塚は、委員長のレアな表情を見れて満足そうに頬を綻ばせた。


「待て! 俺は違う!」

「何が違うのかな?」

「じゃあソシャゲ君は誰の味方なの?」

「あーしは、はっきりして欲しいなあ?」


 三人のタイプの違う女子に迫られるこの状況は、まるで三股の浮気がバレた修羅場のようだった。

 客観的に見ても、誰を選んでも血を見ること請け合い。


 いつの間にかクラス中が静まり返って、固唾を飲んで彼らを見守っていた。

 恋バナでは無いので、恋バナ四天王たちが一番興味無さそうにしている。


「俺は…」

「「「俺は?」」」


 楽人が口を開くと、花畑と真島と乾が詰め寄る。


「…俺は“ミレニアム戦記”派だ!」


 静寂。

 詰め寄っていた三人を含めた、クラスメイト全員の動きが止まった。


「なあお前ら。俺に“ミレニアム戦記”より大事なものがあると思うか?」


 …誰も言葉が出ない。


「ま、しゃーないか」


 最初に口を開いたのは真島だった。


「…所詮ソシャゲ君ね」


 花畑は興味を失い、


「ふ~ん…」


 乾は納得いかなそうに反応し、彼女たちは自分たちの席へ戻って行った。


「須磨、助かったよ」


 最初に花畑と口論していた風見が楽人に礼を言った。

 売り言葉に買い言葉だったとは言え、口下手な彼に彼女の相手はきつかったのだ。

 楽人は肩を竦めて苦笑した。

 その後は平和に朝のホームルームを迎え、これでこの話は終わりかと思われたが、それは勘違いだったと、彼らは後に気付かされることになる…。

これからが本当の地獄の始まりだ!

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