版権ビジネス最大手
「マジか…」
7月2日。
土曜日の午前。
須磨楽人は、人類の夢たる惰眠から愛するサーニャ・アンティノーマによって起こされ、朝食を食べ終えて、リビングのソファーで見ていたテレビのニュースを聞いて、はっきりと目が覚めた。
《…ウォルフデスティニーは先日、同社のマスコットキャラクターの契約金を千万ドルと発表しました…》
ネットでも話題になっていた。
誰もが知ってる、世界一のテーマパーク『わくわくデスティニーらんど』。
その親会社である、誰もが認める、世界一の版権ビジネス集団“ウォルフデスティニー”。
前者は誰でも楽しめる最高のテーマパークとして、後者は子供が描いた落書きにすら提訴する最狂の銭ゲバ集団として有名である。
そんな彼らが【リアライザー】を認めるか?
答えはイエスである。
「彼らは認めない」と思う者も多いだろう。
しかし、彼らは著作権と言う法律を武器に戦う魔法使いであるが故に、法律を無視することは出来ない。
法律を都合良く無視することは、法律の有効性そのものの否定に繋がり、自らの首を絞めることになると、彼らは誰よりもよく理解している。
――だから彼らは人権問題を無視できない。
以前から、作品の人権問題を指摘されて内容を修正したり、一部地域での公開や販売を中止したりすることは何度もあった。
その彼らが、【リアライザー】の所有権を主張するはずが無かった。
そもそも、【リアライザー】は生成AIとは訳が違う。
フィクションのキャラクターを模倣していることは、誰も疑わない。
しかし、それと同時に、人類を超越した技術力に依ることも疑う余地が無い。
つまり、【リアライザー】を創り出した者に法律は通用しない。
また、明らかに生物なのが不味い。
【リアライザー】に一部が機械のキャラクターは居ても、完全に機械の【リアライザー】は居ない。
まだ人権は無いが、世間では時間の問題だと言われている。
勿論、どの国も認めたくないが、認めざるを得ない。
何故なら、世論を敵に回すことになるからだ。
完全に人間そっくりの【リアライザー】は人間と区別が付かない。
例えば、【リアライザー】を人間扱いしないと、「【リアライザー】と間違えた」と主張する犯罪者の罪が軽くなってしまう。
当然、人権保護団体や動物保護団体は、世界中で【リアライザー】の保護を訴えている。
何を考えているか分からない創造者を敵に回すことより、よっぽど厄介な相手だと言える。
それに何より、“ウォルフデスティニー”の基本はキャラクタービジネスである。
その彼らがキャラクターの権利を否定することは、自らを否定するに等しい。
夢の国が一転、強制労働の国だと証明したことになってしまうのだ。
だから、“ウォルフデスティニー”は【リアライザー】の所有権を主張せず、人権を認める方向で動いている。
しかし、彼らも転んでも只では起きない。
彼らは同社のキャラクターの【リアライザー】を雇用募集したのだ。
時給でも同社の基準の倍以上、生涯契約には法外な契約金を提示した。
これは急に生活費が増えた、【リアライザー】のパートナーにとっても悪い話では無い。
また、生涯契約は実質、【リアライザー】の所有権の譲渡であるが、本人の意思を必須とし、契約現場を放送してクリーンな同意をアピールしている。
現に今もテレビで、
《次は、白いカラスのヴァラーベ君の契約シーンです》
非人型の【リアライザー】すらこの扱い。
金のために努力を惜しまない、“ウォルフデスティニー”の面目躍如と言える。
“ウォルフデスティニー”にとっては、この契約金も必要経費に過ぎず、今後も盛り上げ、益々儲けていくことを誰もが信じていた。
“ウォルフデスティニー”程ではないが、他社も同様の動きが少なくない。
その一方で、“ミレニアム戦記”は運営が金持ちでは無いので、派手な報酬は提示されておらず、募集も閑古鳥が鳴いていた…。
* * *
「メスリンはどうしてますかねえ…」
「さあなぁ…」
楽人の隣に座って、一緒にテレビを見ていたサーニャが、妹の名前を呟いた。
メスリンはサーニャの妹であり、“ミレニアム戦記”でサーニャが不遇な最大の原因でもある。
――サーニャ・アンティノーマ。
彼女は“ミレニアム戦記”のサービス開始当初、光と闇の二面性を現す左右で白と黒に分かれたツインテールに、左右で色の違う瞳、ミステリアスなキャラクター、初期キャラクターで最も高い露出度、唯一の敵魔族、と属性の総合本社状態だったこともあり、トップクラスの人気を誇っていた。
しかし、そんな彼女の栄光も長くは続かなかった。
…まさかのキャラ被りである。
サーニャ人気に肖ったのか、それとも最初から予定されていたのか。
サーニャの妹として、髪の色が逆で、目の色が違う――紫と黄色――キャラ、メスリンが早々に登場した。
双子ならまだ良かった。
多少の違いはあっても、サーニャの人気もある程度維持されただろう。
…しかし現実は非情である。
メスリンはサーニャには無い、強力な武器を二つ持っていた。
一つ目は、貧乳。
巨乳が増えがちなソシャゲにおいて、貧乳はステータスになり易い。
“ミレニアム戦記”も例外では無く、キャラが増えるほどそれは際立っていった。
二つ目は、性格。
みんな大好き優しいメスガキ妹キャラ。
主人公を挑発したり小馬鹿にするような態度を取るが、落ち込んでいる時などは優しく、そのギャップにやられたプレイヤーは数知れず。
登場して直ぐに人気の出たメスリンの出番が増やされ、逆に似た容姿のサーニャの出番は減らされ、その影響で人気が更に上がり下がり、出番も釣られて増減し……そして今に至る。
現在の衣装実装数はメスリン7に対して、サーニャはたったの2。
人気投票の投票数はダブルスコアどころか二桁差。
最早、“ミレニアム戦記”でツインテールと言えば、九割のプレイヤーがメスリンを思い浮かべ、九分が楽人の食指に引っ掛からないキャラ、サーニャを思い浮かべる一分すらメスリンのオマケといった有り様だった…。
「………」
「ガクト? どうしたんです、悲しそうな顔をして?」
サーニャが心配そうに楽人の顔を見る。
「うわぁぁぁん」
現実を思い出して打ちひしがれた楽人は、サーニャの顔を見て居た堪れなくなり、小さな子供のように彼女の豊かな胸に泣き付いた。
むにゅうっ
メロンのような大きさと形の膨らみが、餅のように柔らかく彼の顔を包み込み形を変える。
――彼らはもう、この程度で恥ずかしがる時期は、当の昔に過ぎている。
「よしよし」
サーニャが優しく楽人の頭を撫でた。
――けれども、慣れることと鈍くなることは、似ているようでまるで違う。
(…癒される…)
楽人の顔が幸せに緩む。
その僅かな揺れが服を通して伝わり、心地好い擽ったさにサーニャの頬も緩む。
――彼らにとってのそれは、慣れることはあっても鈍くなることは無い。
「…どこにいるのか、【リアライザー】になってるかすら分からないけど、どっかで上手くやってるといいな…」
楽人はサーニャの胸に顔を埋めながら、先程の彼女の疑問に答えた。
――だから彼らは今日も。
「そうですねえ…」
サーニャも楽人の頭を撫でる手を止めずに同意した。
――母親が昼食の支度にサーニャを呼びに来るまで、まったりとイチャイチャして過ごした…。
三章は考察回に見せかけた砂糖スタート




