表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

夢で逢えたら

 

「サーニャ?」


 楽人は掛布団の上から馬乗りになっている美少女の名前を呼んだ。


「うん、サーニャだよ」


 彼のよく知っている声だった。

 話し方も、アクセントも、非の打ち所が無く完璧。

 まだその姿は、一瞬しか見えていないけれど、彼にはそれで充分だった。


 外見も彼の見慣れたキービジュアルそのもの。

 頭の真ん中から右が白髪、左が黒髪に綺麗に分かれたツインテール。

 彼女の名前の由来、アレキサンドライトのように綺麗な、緑色の右目と赤色の左目。

 手に収まらない大きな胸の谷間は深く、肩や胸元の開いている、露出度と可愛さを両立した衣装は可憐。

 首のチョーカーには魔族のトレードマークである天の逆さ十字(あんちくろす)

 背中には小さな蝙蝠の羽がパタパタと動いていて、どこから生えているのか、細い悪魔のような尻尾もゆらゆらと揺れている。


 ……当然、新衣装では無い。


「……夢?」


 楽人は手を伸ばそうと身動ぎをしたが、サーニャの膝が乗っていて動かない。

 彼女がそれに気付いて膝を少し立てると、彼はその隙間から手を抜いて、彼女の方に伸ばした。


「にぎにぎ?」


 サーニャは嬉しそうに、その手を両手で包み込んだ。

 仄かな甘い香りが漂って、楽人の鼻孔を擽る。

 その温かい感触と香りが、彼にこれが夢では無いと教えてくれた。

 彼には、ゲームキャラである彼女の匂いに覚えは無い。


「でも何で……?」


 推しキャラ(サーニャ)が自分に跨って手を握っている。

 その非現実的な状況に、楽人は嬉しさよりも、理解が追い付かなかった。


「じゃあ、説明するね。……んー、あー、あー、こほんっ」


 サーニャは発生練習をした。

 それは彼女が何かを改まって発表する時の癖だった。


「おめでとう、ガクト。ガクトは当選したんだよ」

「当選?」


 楽人は首を傾げた。

 彼はサーニャに関するプレゼント企画は全て応募していたが、最近は身に覚えが全く無かった。

 “ミレニアム戦記”のサービス開始当初ならまだしも、彼女の人気の無くなった昨今、新たなプレゼント企画には採用されなくなって久しい。


「わたしたちは、《世界で一番思ってくれる人の前に現れる》の」


 楽人の胸が篤くなった。

 サーニャを一番思っている。

 彼はゲーム仲間からも常々言われているが、本人から言われた方が、何万倍も彼の胸を篤くした。


「《今この時、世界中で起きている》んだよ」


 サーニャの続く言葉を聞いて、楽人は腑に落ちた。


(……俺だけじゃない)


 彼だけが選ばれた訳では無い。

 彼が不思議な力に目覚めて、彼女を生み出した訳でも無い。

 その事実が、逆に彼に現実(リアル)を受け入れさせた。


「ここまでの説明は決められてるの」

「誰に?」

「わからない」

「おいおい……それなら何なら分かるんだ?」

「んーとね……」


 サーニャは楽人の手を離して、唇に人差し指を当てて、首を右に左に傾げながら考え出した。

 それを見て彼は思い出した。


(そう言えば彼女は……)

「何が知りたい?」


 彼女は考えても答えが出ない性格だった。



 * * *



「じゃあ質問」

「いいよ、何でも聞いて♪」


 サーニャは元気の良い返事をしたが、楽人は既に、彼女の返答を余り期待していなかった。

 世界一彼女を思っている彼は、世界一彼女を理解していた。


 楽人は質問を考えながら、自由になった手を枕元に伸ばし掛けて止まった。

 彼は少し躊躇った後、その手を腰の横――今度はサーニャの膝の横に降ろした。

 サーニャの視線はずっと彼の顔を見ている。


(夢なら覚めないで欲しい)


 それは誰もが思う、切なる願い。

 枕元のスイッチで部屋の明かりを点けることも、スマホで彼女の写真を撮ることも、それどころかスマホのレンズ越しに見ることさえ、夢から目覚める切っ掛けとしては十分なもの。


 楽人は暗闇で見えないサーニャの視線を感じ、真っ先に浮かんだ疑問を口にした。


「何で俺の名前を知ってるんだ?」


 そう、サーニャは最初から楽人のことを「ガクト」と呼んでいた。

 それは“ミレニアム戦記”で、彼が主人公に設定した名前では無い。


「生まれた時には、もうガクトの名前と顔を知ってたよ」

(睡眠学習みたいなものだろうか?)


 楽人は悪い意味で取られることを危惧して、それを言葉にしないで、その代わりに今湧いた別の疑問を口にした。


「……ってことは、最初からその姿なんだ?」

「そうだよ♪」


 サーニャは嬉しそうに答え、楽人に次の質問を期待した眼差しを向けた。


「その羽でどれくらい飛べるんだ?」

「う~んしょ、う~んしょ……」


 サーニャは豊かな胸元で小さい握り拳を作って、必死に羽をパタパタとさせる。


(かわいい)


 楽人にはサーニャの顔も殆ど見えなかったけれど、その愛らしい仕草と頑張る声に感動した。


「……飛べない」


 サーニャは無念そうに呟いた。


「尻尾は?」


 楽人がサーニャの尻尾を指差す。

 彼女は尻尾をその手に絡みつかせて引っ張った。

 しかし、尻尾は見た目通り赤子にも劣る非力さで、彼の手は微動だにしない。


 見兼ねた彼が、自力で起き上がろうとすると、彼女は素直に腰を浮かし、少し後ろ――彼の太ももの上――に下がって座り直した。

 潰れていたお尻が一度元の形に戻り、再び押し潰される。


(……柔らかい)


 楽人は改めてその柔らかさを認識した。

 掛布団越しなので体温までは伝わって来ない。


 ぶんぶんっ


 彼は小さくを首を振り、両手を広げてサーニャに向けた。


「力比べをしよう」


 サーニャが嬉しそうに手をワキワキさせる。


「いきなり全力じゃないぞ? 少しずつだぞ?」


 楽人は慌てて念を押した。

 もし彼の予想が悪い方に当たっていた場合、彼女が全力を出したら、彼の手はミンチより酷いことになる。


「わかった♪」


 サーニャは全然安心できない返事をして、楽人の手を握り返した。


 にぎっ


(……柔らかい)


 その手は柔らかかった。

 両手で包まれた時や、掛布団越しの太ももよりも体温が伝わり、楽人の脳髄を揺さぶった。


「う~ん、う~ん……」


 楽人が感慨に耽っている間も、サーニャは手に力を込め続けた。

 しかし、唸るばかりで全然力が入っていない。

 彼は唸り声で初めて、力比べをしていたことを思い出した。


「もう少し力を入れても大丈夫だぞ」

「ごめん、ガクト。これが限界」

「マジか……」


 サーニャは見た目通り、普通の女の子の握力しか無かった。


(考えてみれば当たり前か、フィクション何て大半が馬鹿力だもんなぁ……)


 楽人は竜の珠を集める、世界的人気漫画を思い出した。

 その登場人物は、素手で大地を割るくらいは当たり前、何なら月や地球を一撃で真っ二つに割れるキャラも少なくない。


 もし、そんなキャラが再現されたらどうなるか。

 うっかりや気紛れで、あっという間に地球が宇宙の藻屑と化すことは、想像に難く無かった。

 無論、それ以前の問題として、そんなものが物理的に存在できないことは、子供にも分かる現実(リアル)

 世紀末に看護婦(はなこさん)が小惑星を叩き落として地球を救ったなんてネット動画もあるが、そんなものは都市伝説の類、最新のCG技術を使ったお遊びである。


「魔法も使えないのか?」


 楽人は“ミレニアム戦記”の設定を思い出して呟いた。

 ゲームに於けるサーニャは魔族であり、魔法を得意とするキャラだった。


「やってみるね」

「あっ……」

 《命よ走れ(EKA) FD+)……、星よ燃えよ(=D) M%))……》


 止める間も無く、サーニャは魔法の詠唱を始めた。

 しかも、それは彼女の最強の攻撃魔法、《デッドエンド・インフェルノ》だった。

 “ミレニアム戦記”のインフレが進んだ今、魔力消費や詠唱時間では後発の魔法キャラに大きく劣るが、これの破壊力だけは未だゲーム中トップクラス。

 彼女の新衣装が全く実装されなくても、運営に見捨てられた訳では無いと信じられる、一番の理由だった。


 《……全ての(R~WK)辿り着く(QSLZH)先に(XGI)……、覆滅の(”H?ZK)業火が( B$TT)降り注がん(”LCCTY)…………》


「不味いっ!」


 楽人はサーニャの両肩を掴み、彼女と上下が入れ替わるように、ベッドに押し倒して覆い被さった。

 ついでに掛布団も被った。

 それでも彼女の詠唱は止まらず、間も無く詠唱が完成した。


 《でっどえんど……いんっ、ふぇるの~~~っ!!》


 そして、気の抜けるような掛け声が、部屋中に響き渡った。

 彼女は巫山戯ている訳では無く、至って大真面目だった。

 “ミレニアム戦記”プレイヤーの間で、この独特のアクセントが彼女の魔法が最強である理由だと、実しやかに囁かれるくらいには……。


「………」

「………」


 楽人は夢に見る程聞き慣れた掛け声から、その魔法の効果を思い出した。


 ――デッドエンド・インフェルノ。

 数多のゲームで最強クラスに挙げられる、隕石を落とす魔法。

 星々の世界から隕石を召喚して地上に落とし、辺り一面を衝撃と業火で破壊し尽くす。

 隕石召喚の例に漏れず、詠唱から発動まで時間差があることも、ゲーム中でサーニャの使い勝手が悪いことに一躍買っている。


「………」

「………」


 サーニャが楽人を見上げる。

 上を警戒していた彼が、視線を感じて見下ろすと視線が絡み合った。

 夜闇の布団の中、お互いに届く吐息だけが、お互いに見えない顔が近いことを実感させた。

 彼女の唇が動く。

 規則正しい吐息が乱れ、彼は引き寄せられるように顔を近付けて行き……、


「……ごめん」


 サーニャが唐突に謝り、楽人はショックで泣き出しそうになった。


「魔法失敗した」

「……あっ」


 楽人は自分の勘違いに気付いて恥ずかしくなり、顔を隠しながらサーニャの上から避けた。

 被っていた掛布団が、彼の背後に落ちていく。

 不思議そうな顔を向ける彼女に、彼は涙を拭いて笑顔を見せた。


「いいよいいよ。魔法が使えないのは予想できてたしね」


 現実(リアル)に魔法なんてものは存在しない。

 小さな羽で空を飛べず、腕力も見た目通りなのに、魔法だけが使える道理は無い。


「痛いの?」


 サーニャが起き上がって、楽人を心配する。

 その純真な気遣いが眩しかった楽人は、誤魔化すように少し早口で新しい質問を口にした。


「大丈夫。それよりゲームの知識なんだけど……」


 サーニャは人間より長寿な魔族だけあって、その緩い性格に反して博識なキャラ付けをされている。

 しかし、楽人が色々と確認をしてみると、彼女は意外なほど何も知らなかった。


 ゲーム中で彼女が関わったキャラや話していた内容、ゲーム中で誰でも知っている常識とされていた知識は知っている。

 しかし、その細かい理屈や理論は、全くと言って良いほど知らない。

 何なら楽人の方が、“ミレニアム戦記”世界の知識について詳しく、博識だと感動されたほどだった。


「サーニャの御両親の名前は?」

「う~ん……わかんない。パパはパパだし、ママはママとしか呼んで無いよ」


 特に顕著なのは、家族の名前すら知らなかったこと。

 原作で設定されていない知識を持っていないことは明らかだった。


「異世界の知識で無双って訳にはいかないのか」

「?」


 サーニャが愛らしく小首を傾げた。


(まあ俺も、異世界転生ラノベを一般常識扱いされたら、自分の常識を疑うけど……)

「『わたしたち(・・・・・)』って言ってたけど、他に誰が居るか分かるか?」

「う~ん…、…誰って?」

「例えば……」


 楽人はサーニャの妹を含む、“ミレニアム戦記”の主要人物の名前や、有名な漫画やアニメ、ゲームのキャラクターの名前を挙げてみた。


「多分だけど、居ると思うよ。でも【思い(エナジー)】が足りないと生まれない? ……うん、生まれない」

「【思い(エナジー)】ってどれくらい必要なんだ? 俺くらいか?」


 楽人は適当に肩幅に両手を広げて見せた。


「え~っと……全員?」

「全員」

「うん。人類全ての思いの合計? ……合計が一定を超えてると生まれる……みたいな感じ?」


 サーニャの言葉は要領を得なかった。

 原作の彼女を知っている楽人は、それが知識では無く推測だと気付き、信憑性を心のゴミ箱に投げ捨てた。


「わからないのか」

「何となく。でもわたしへの感情はわかるよ。ガクトは6000万くらいかな?」


 サーニャが思い切り両手を広げてみせた。


(取り合えず相当多いってことか)


 その数字は少なくとも、楽人の課金額やガチャの回数では無かった。


「もしかして、【思い(エナジー)】が溜まればこれからも生まれて来るのか?」

「ううん。今回だけ♪」


 サーニャは考えなくても良い返事を嬉しそうに答えた。


(そう考えると今日だったのは幸運としか言いようがないな。これが一か月後とかだったら、爆死のショックでサーニャへの気持ちが薄れてたかもしれない……)


「……ねぇ、ガクト?」


 楽人が小さな幸運に感謝していると、サーニャが物言いたげに話し掛けた。


「ん?」

「あふ……おやすみ…………」


 サーニャは小さな欠伸をすると、楽人の方に倒れ込む。

 彼は彼女の柔らかさを全身で受け止める形になってしまい、心臓が跳ね上がった。


「……サーニャ?」

「スー……スー…………」


 楽人が恐る恐る声を掛けると、安らかな寝息が返って来た。


「設定通りなら早寝早起きだもんなぁ……」


 楽人は溜め息を漏らして頬を緩めた。

 今は深夜。

 大の大人でも、大半が翌日に備えて眠りに就いている時間。

 彼は耳元でサーニャの寝息を聞いていると、自分も段々と眠くなってくるのを感じた。


「続きは明日でいいか」


 楽人はもう、これが夢だと疑っていなかった。

 彼はサーニャを起こさないように、そっとベッドに寝かせて掛布団を掛けた。

 暗くて見えるはずの無い、ゲームで見たことも無い彼女の無防備な寝顔が、彼は見えた気がした。


 楽人はベッドから降りた。

 手探りで見つけたクッションを頭の下に敷いて、絨毯の上で横になる。


「今日は本当に色々あったなあ……」


 最後にもう一言だけ呟いて目を閉じると、彼もまた直ぐに、深い眠りへと落ちて行くのだった……。

お休みなさい。

次は明日の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ