神の眼
その後、楽人はライトと一緒に、パトカーで宇津木家まで送り届けられた。
ライトのご両親には、誘拐犯の目的が【リアライザー】だったことは伏せて、「友達のアキラと一緒に誘拐されたけどアル・ラクスが助けてくれた」と楽人が説明をした。
警察官は渡良瀬警部の指示があったので、余計なことは言わなかった。
ライトのご両親は子供が帰って来たことを素直に喜び、警察官とこの場に居ないアル・ラクスに感謝した。
楽人も感謝されたが、彼はそれを丁重に断った。
何せ彼には…
「お帰りなさい、ガクト」
楽人が自宅の玄関ドアを開けると、連絡を受けて待ち構えていたサーニャが彼に抱き付いて来た。
彼の鼻孔を、最近嗅ぎ慣れてきた良い匂いが擽る。
「ただいま、サーニャ」
彼は抱き返し、彼女の背中を軽く叩く。
柔らかさと、温かさと、愛しさが彼を満たす。
サーニャを愛し、サーニャに愛される、掛け替えの無い日常。
(この時間を守るためなら、俺は何だって出来る。だってそれこそが、俺にとっての【リアライズ】なんだから…)
……その後、余りに長く抱き合ったまま家に上がらなかったので、痺れを切らした母親が奥から出て来て、彼らを冷やかしたことは言うまでも無い。
* * *
パトカーに送られて無事に帰って来たアキラを、両親は涙を流して抱き締めた。
宇津木の家と違って脅迫電話が来ていた分、気が気で無かったのだろう。
一時はアル・ラクスのせいで誘拐されたと憎んだ母親も、無事帰って来た子供と警察官の説明を聞いて、心の底からアル・ラクスに感謝した。
その後、家族でアル・ラクスを病院に送った。
【リアライザー】に保険は利かないが、そこは愛する我が子の命の恩人。
両親は喜んで医療費を負担した。
《スーパーヒーロー・アル・ラクス、悪漢から子供を助ける!》
この事件は翌日の新聞の一面を飾り、テレビやネットのニュースでも取り上げられた。
取材は秘密裏に行われ、アル・ラクスは公開されたが、誘拐された子供たちや家族は当然非公開とされた。
その背後に、警察や政治的な動きがあったと知る者は少ない。
人々は熱狂した。
テレビの中のヒーローが、本当に悪を倒したのだ。
《誰しも心に自分だけのヒーローを持っている》
とは誰の言葉だったか。
「【リアライザー】は見た目だけの一般人」というレッテルが剥がれた。
全員がそうとは限らないが、【リアライザー】への軽視が薄まる。
と同時に、【リアライザー】への関心は、嫌が応にも高まった。
関係無い人たちも気付いたのだ。
アル・ラクスは怪我をしても、保険を受けられなかったことに。
国民保険は愚か、民間の保険にすら入れないし、人権も認められていない。
この事件が切っ掛けで、【リアライザー】の人権問題が一気に動くこととなる。
「泥棒ーっ! 誰かーっ! 捕まえてーーっ!!」
御婦人の黄色い声が、昼間の道路に響き渡った。
「どけどけーっ!」
声の先では、スクーターが歩道を爆走していた。
その手には、乗っている若い男には不釣り合いの、女物のブランドバッグが握られている。
道行く人々は、跳ねられたら堪らないとばかりに、慌てて道を空ける。
しかし、そうではない男たちも居た。
一人は良く言えばスーツを着熟した、悪く言えば野暮ったい中年男性。
もう一人は帽子を目深に被った、それよりも頭一つ高い男。
「どけって言ってん…」
中年男性の方が振り返り、間近に迫ったスクーターの男の襟首を掴み、そのまま地面に叩き付けた。
ドカッ
「ぐはっ?!」
スクーターは狙ったように人を避けて、電柱にぶつかって止まる。
泥棒の男は一瞬意識を失ったが、直ぐに意識が戻り、地面に抑えつけられていることに気付いた。
「何しやがんだ、てめぇ! 慰謝料払え! 出るとこ出るかゴラァっ!!」
「……現行犯だ」
泥棒を押えている中年男性は、彼の言葉を無視して告げた。
「あぁん? どこにオレがスったって証拠があんだよ? お前こそ暴力の現行犯だろうがゴラァ!」
「……盗人猛々しいとはこのことか」
中年男性は聞き飽きた言い訳に呆れた。
確かに、盗みを証明できる人物――盗まれた当の御婦人は未だ遥か彼方。
人混みに邪魔されて、到着するにはまだ時間が掛かる。
しかし、
「【心眼】」
中年男性は振り向きもしないで、隣に立つ長身の男に声を掛ける。
【心眼】と呼ばれた男は、目深に被った帽子を取って断言した。
「間違いない」
その顔は黒いアイマスクで覆われていた。
アイマスクは一定の太さで、両目と両の眉毛が完全に隠れている。
ガチャッ
中年男性は腰の後ろから手錠を取り出して、泥棒の両手に、後ろ手に手錠を掛けた。
「あぁ!? 何やってんだてめぇ! 何の権利があってやってんだ、ゴラァ!!」
「傷害罪だ。車両で歩道を走れば只の犯罪者だ。小学校からやり直して来い」
中年男性は懐から警察手帳を取り出して、抑えつけている泥棒の眼前に突き付ける。
ざわ、ざわ……
「……おい、あれってまさか……」
「ああ、間違いない……」
捕り物を見物していた周囲の野次馬たちが、アイマスクの男の正体に気付いた。
「心眼の英雄だっ!!」
ワアアアアアアアアアァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーっ!
誰かがその名を口にすると、野次馬たちから歓声が巻き起こった。
泥棒を捕まえた瞬間よりも盛り上がる。
――心眼の英雄。
とある乙女ゲーの攻略キャラの一人。
そのスラリとした長身に、中二病を擽る見た目と設定から、男女問わず人気があるキャラ。
誰でも知っているとまではいかないが、人が集まれば誰かは知っている。
その程度には有名なキャラクター。
嘗てなら、誰もがコスプレを疑わなかったその姿も、今の世の中では【リアライザー】を期待する眼差しを向けられる。
況してや、目の前の彼は杖も突かず、手も引かれず、エコーロケーションも使わず、無造作に一人で歩いている。
どちらの可能性が高いかは言わずもがな。
「かっけー!」
「【心眼】さまっ!」
「サインくれ」
「私も!」
「握手してください!」
何人かの【心眼】のファンが声を掛けると、他の野次馬たちも尻馬に乗って騒ぎ出す。
当の【心眼】は面倒臭そうに、彼らへ手の平を向けてファンサービスを断る。
彼のアイマスクに覆われた視線が、野次馬の一人が手にした新聞で止まる。
新聞の一面には、爽やかに笑うアル・ラクスの写真が載っていた。
「あっ、見るっすか?」
視線に気付いた野次馬が嬉しそうに、【心眼】に新聞を差し出した。
「忝い」
【心眼】が礼を言って受け取る。
野次馬は満面の笑みを浮かべ、周りの人たちから羨ましがられる。
【心眼】はそれを無視して新聞を広げ、目を通して(?)不敵に笑う。
「ククク。ヒーローはそうでなければな」
突然笑い出した【心眼】に、野次馬たちは不思議そうな顔をする。
「しかし温い」
【心眼】は詰まらなそうに言葉を締めた。
「放って置け」
相方の中年男性――高町尚也は、泥棒を抑え付けたまま新聞を一瞥すると、【心眼】を窘めた。
「本物は多いに越したことは無い。もし…」
高町の視界に、漸く追い付いて来た御婦人の姿が映る。
彼らはありふれた休日の仕事を熟す。
ありふれた日々。
ありふれた犯罪。
ありふれた捕り物。
しかし、世の中は確実に、変化の兆しを見せ始めていた……。
【俺たちの】リアライザー見学スレpart5648【ヒーローがやってくれた】




