ショタコン解決
見張りの男から得られた情報は、主に3つ。
犯人は楽人の予想通り4人で、残りは貸倉庫の中の3人のみ。
犯人たちは最近他所から来た半グレのグループで、目立つアル・ラクスと仲の良い子供を見て犯行を企てたらしかった。
目的は【リアライザー】の身に着けている物。
見張りの男には理屈は分からないが、主犯の男が言うには金になるらしい。
子供たちは二人とも無事。
口を塞いで柱に縛り付けてあり、夕飯も与え、トイレはロープで胴を縛ったまま、携帯トイレで済まさせていると言う。
倉庫内の狭い空間で漏らされると溜まらないからとのことだった。
携帯トイレは海に不法投棄していたが、証拠が無いので楽人は聞かなかったことにした。
「じゃあ始めるか」
ドンッ
「ああ、任せたまえ」
楽人の指示に、アル・ラクスは胸を叩いて応えた。
情報は概ね予想の範疇だったので、事前に立てた作戦に変更は無い。
* * *
チンチロ、チンチロッ
「……俺だ」
「奴が来ました」
縛られた見張りの男が、スマホのテレビ電話で、貸倉庫内のリーダーにアル・ラクスの到着を告げる。
楽人が彼のスマホを動かして、アル・ラクスをカメラに映した。
「わかった。シャッターを開ける。お前は見張りを続けろ」
「了解っす」
ガチャッ
見張りの男から聞き出した通りだった。
貸倉庫は電動式のシャッターで、中に連絡をして開けて貰う手筈になっていて、男はアル・ラクスの到着後も見張りを継続することになっていた。
「通行人に見つかりたくなかったら、静かに待っていることだな」
こくこくっ
楽人が忠告をすると、三度猿ぐつわをされて物陰に転がされた男は、神妙に頷いた。
彼は仲間に助けられることよりも、誰にも見つからず警察に保護されることを、心の底から願った。
シャーッ
間も無く、シャッターが軽快な音を立てて上がった。
倉庫の入り口付近は電気が消えていて、外から射し込む街灯の光が、辛うじて入り口付近を照らすだけだった。
「……ゆっくり入れ」
中からの声に従ってアル・ラクスが倉庫に入ると、シャッターはまた直ぐに下りてきた。
シャーッ……ガタンッ
しかし、建付けでも悪かったのか、シャッターは完全に締まらなかった。
声の主は訝しんだが、外からの光が差し込まないことを確認すると、アル・ラクスに次の命令をした。
「止まって手を上げろ。一応身体検査だ」
アル・ラクスは言われた通りに立ち止まって、両手を大きく上げた。
するとシャッターの陰から、背の高さの割りに細い男が現れた。
先に暗闇に慣れた彼は、明かりも付けずに、アル・ラクスの身体検査を行った。
パンッ、パンッ
「いい筋肉だ。同じ作り物でもこんなに違うんだな」
彼はアル・ラクスの全身を平手で軽く叩いて、武器などを隠し持っていないか確認しながら嫌味を言った。
彼も決して貧弱ではないが、筋肉質でも無い。
金と時間を掛ければ理想の筋肉も作れるが、それは金と暇を持て余しているか、他のことを捨てている人間に限った話である。
彼はそのどちらでも無く、だからこそ、いきなりテレビの中のヒーローそのままの筋肉を持って生まれたアル・ラクスに、羨望と嫉妬を隠し切れなかった。
「よし! 奥に向かって先に歩け」
細身の男は命令して、アル・ラクスの背中に、消音装置の付いた拳銃を突き付けた。
原作で数多の悪と対峙した彼は、見なくてもそれが拳銃だと理解した。
見張りに拳銃を持たせなかったのは、彼らのリーダーの警戒心からだった。
何かあれば最初に捕まるのは見張りの男。
その時に拳銃を所持していれば、直接証拠を残していないリーダーまで、逮捕状が発行され兼ねないからだ。
もし仮に、見張りが拳銃を渡されていても、結果は変わらなかっただろう。
アル・ラクスは黙って、男の指示に従って倉庫の奥へと進んで行った。
* * *
「ようこそ、アル・ラクス」
倉庫の奥には、トランクに腰掛けて足を組んでいる優男が居た。
車から持って来たのか、トランクにはクッションが乗っていて彼のお尻を堅いトランクから護っていた。
倉庫内に隠した車の中で待たなかったのは、アル・ラクスが何時到着するか分からないのに、狭い車内で子供に泣かれたり、暴れられたり、漏らされたりしたら面倒だからだった。
人質の使い方をよく知っている者は、切れて事前に傷付けるような真似は決してしない。
犯罪者であっても、優秀な者はリスク管理を怠らないのだ。
パチパチパチ
声を掛けた優男――彼らのリーダー――は、トランクから立ち上がって拍手をした。
「流石ヒーローだ。本当にのこのこやって来るんだからな」
「約束通り一人で来たぞ! アキラたちは何処だ!? 解放しろ!」
優男が口を歪め、ポケットからリモコンを取り出してボタンを押すと、
ピカッ
倉庫の奥の一角に電気が点いた。
その下には柱に縛り付けられた子供たちが居て、髭面の男が彼らに消音装置の付いた拳銃を突き付けている。
「アキラっ!」
「――っ」
子供たちはアル・ラクスを見て助けを求めたが、口をハンカチで塞がれていて声にはならなかった。
無地の高級なハンカチは、何れもリーダーの私物。
それを惜しみなく使うところに、彼の性格が出ていた。
「まあ慌てるな。まずはお前を拘束させてもらう」
リーダーが意味深に人質へ視線を送る。
入口で拘束しようとしなかったのはその為だった。
細身の男が、何処で手に入れたのか手錠を取り出し、まだ両手を上げたままのアル・ラクスの腕を下ろさせようとした時、
ごとんっ
何か大きい物が落ちる音がした。
「何の音だ?」
声に出したのも周りを見回したのも優男だけで、子供たちに拳銃を突き付けている髭面の男は動かなかったし、細身の男も手が止まっただけ。
彼らは優秀だった。
しかし、優秀だからこそ、意識が他に向くことは止められなかった。
ダッ!
その一瞬の隙を逃さず、アル・ラクスは子供たちに向かって走り出した。
子供たちは元より、誘拐犯たちにとっても想定外だった。
少しくらい反応が遅れても、常識的に考えれば絶対に間に合わない距離。
世の中に馬鹿は多いが、まさかヒーローが、人質に拳銃を向けられているのに突っ込んで来るとは、その場の誰一人として想像だにしなかった。
《ヒーローは子供を見捨てない》
誰もがそう信じている。
悪党にすら信じさせてしまう何かがあるからこそ、本物の『ヒーロー』なのかも知れない。
「撃てっ!」
部下たちが驚いて動けない中、
最初に我に返った優男は、咄嗟に、驚いて固まった部下たちへ命令を飛ばした。
――現実はドラマとは違う。
彼の優秀さが、よく知らない敵への警告より、確実な部下への命令を優先させた。
彼自身も直ぐに、消音装置の付いた拳銃を取り出す。
……全ての拳銃に消音装置を付いているのは、彼らの安全対策。
「ちっ!」
髭面の男は一瞬躊躇ったが、直ぐに銃口を子供からアル・ラクスに向けた。
当然だ。
猛犬が襲い掛かって来ている時に、悠長に飼い主を狙う馬鹿は居ない。
「けっ!」
アル・ラクスを拘束しようとしていた細身の男も、手錠を手放してその場に落とし、拳銃を抜いて彼に狙いを付ける。
三人とも狙いはアル・ラクスの胴体だった。
彼らは決して、銃の腕が悪い訳では無い。
だからこそ、無理に全力疾走する相手の足を狙わなかった。
パンッ、パンッ
パンパンパンパンッ
パァンッ
消音装置越しの安っぽい玩具のような銃声が、倉庫内の閉じられた空間に鳴り響いた。
安っぽい音でも、本物は本物。
子供たちは驚いて、目を剥いて声にならない声で泣き叫んだ。
コンスタントに撃つ優男、慌てて乱射になる髭面、子供が視界に入って躊躇う細身の男。
ほんの数秒、されど数秒。
三人の誘拐犯から放たれた弾丸は数十を超えたが、その大半は、彼らの想像以上に速く走るアル・ラクスの身体に当たらなかった。
「とぅあっ!!」
アル・ラクスが疾走した勢いをそのまま乗せて拳を振るった。
グシャッ
何かが潰れるような音がして、髭面の男は壁まで吹き飛ばされ、そのまま意識を失った。
潰れるような音が先である。
しかも、十発を超える弾丸を受けたその身で。
――【リアライザー】は現実である。
漫画やゲームみたいに、物理現象を無視できる訳では無い。
それでは、ボディビルダー顔負けの詰まりに詰まった筋肉が、最大効率の力を発揮できるとしたら?
そう。
【リアライザー】は物理的な限界は超えられないが、生物的な限界は超え得るのだ。
その肉体は正に超人。
その拳は鍛えた人間を相手にして尚、一撃必殺足り得る。
しかし、子供たちの近くに居た髭面を倒しただけでは、事態の解決にはならない。
残る二人の誘拐犯が、二手に分かれて拳銃を構えた。
アル・ラクスに飛び道具は無い。
彼が犯人の片方に向かえば、その間にもう片方が子供を撃つことも、子供を奪い返して頭に銃を突き付ける事も出来る。
正面に子供たちが居た先程とは違い、次は上手くいくとは限らない。
だからアル・ラクスは、その大きな体で子供たちを抱き締めて、銃弾から庇うことしか出来なかった……はずだった。
ブゥンッ
細身の男の足元に向かって、物陰から何かが飛んで来た。
それは数十センチの荷造り紐の両端に、ゼリー飲料の容器を結んだ、即席のボーラだった。
ボーラの紐が男の足に当たると、重しの遠心力で両足に絡まって一纏めにした。
「うわっ?!」
バタンッ
細身の男は溜まらす、バランスを崩して転んだ。
彼は足に絡まったボーラに気付いて、解こうと藻掻く。
そこへ今度は、物陰から人影が飛び出した。
「後ろだっ!」
優男が人影に気付いて、細身の男に警告を飛ばしたが遅かった。
「でやああぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!」
床に倒れたまま藻掻く細身の男に、人影――楽人は後ろから飛び掛かった。
ボキッ
「―――――――――っ!」
狙い違わず、落下した楽人の全体重が掛かり、細身の男の利き腕が鈍い音を立てて折れた。
男の言葉にならない絶叫が倉庫内に響き渡る。
楽人は透かさず、手の中の荷造り紐を男の首に掛けて締め上げた。
「―――っ?!」
ダンッ、ダンッ、ダンッ
男は苦しさでのたうち回ったり、荷造り紐に手を掛けて外そうと藻掻いたが、楽人は手を緩めなかった。
「アルクスっ! そいつで最後だっ!!」
楽人の声にアル・ラクスが、彼に続いて優男が気付いた。
身体能力で圧倒的に上回るアル・ラクス相手に、この差は優男にとって致命的だった。
グチャッ
アル・ラクスは大きな身体で子供たちを射線から庇いながら、優男に突っ込んで行ってぶん殴った。
ただそれだけだ。
優男は髭面の男と同様に、壁に叩きつけられて意識を失った。
ザッザッザッ
決着を付けたアル・ラクスは子供たちの元へ戻り、ハンカチの猿ぐつわや、柱に縛っていたロープから子供たちを解放した。
「遅れて済まなかったな。大丈夫か? 怪我は無いか? 痛いところは…」
力強く、優しい声。
「あるくす~っ!!」
「うわーんっ!」
子供たちはアル・ラクスに泣き付き、彼はその広く厚い胸板と逞しい腕で二人を抱き締めた。
……感動的な場面の外で、最後に残った細身の男は窒息で意識を失った。
男も非力では無かったが、マウントポジション、片腕骨折、首絞めの三重苦では、体格に大差の無い楽人に勝てるはずも無かった。
抵抗が無くなると、楽人は荷造り紐を握る手を緩めた。
楽人は男の呼吸を確認しようとして、男の首だけでは無く、自分の手にも跡がクッキリと残っていることに気付いた。
彼はそれから、犯人たちを荷造り紐で拘束して周った。
(結構ヤバい音がしてたけど、これって大丈夫なのか?)
髭面と優男は、肋骨が折れて血を吐いていた。
単なる高校生に過ぎない楽人には、彼らがどれくらい重症なのかは分からなかった。
後で、手術は必要だったが一命は取り留めたと聞いて、見張りの男が一番マシだったと思うのは、また別の話である。
見張りの男は、恥ずかしい写真は警察に渡されても、拡散されることは無かったのだから。
* * *
「お前なあ……無茶はするなって言っただろ?」
誘拐事件解決の知らせを受けて飛んできた渡良瀬警部は、到着早々、現場の惨状を見て呆れ返った。
現場の貸倉庫内には、ほぼ無傷の楽人と、全身に銃弾を受けて血を流すアル・ラクス、彼の腕の中の無事な子供たち二人、それと重傷の犯人たち三人。
無事三人、大怪我四人なので半死半生だからセーフ……とはならない。
「ちゃんとGPSは入れてますし、報告も小まめにしましたよ」
「関係者――アル・ラクス――に会った時と犯人を捕まえた後にしか報告しないのは小まめとは言わん」
楽人は心外だとばかりに訴えたが、渡良瀬に正論で返されてしまった。
市民に愛される警部は、市民が危ない真似をすることにお冠な御様子。
「じゃあ次に活かします」
「おいおい、また事件に首突っ込む気かよ」
「そうならないことを祈ります」
「はぁ…、やれやれ……」
渡良瀬は呆れながら、部下に犯人たちの搬送を指示した。
外に裸で縛られて転がっている見張りは警察、残り三人の重傷者には病院送りの指示が下った。
「…アル・ラクスも病院だな」
「いや、俺は後でいい。先にアキラたちを親の元に届けて、安心させてやりたい」
傷だらけのアル・ラクスは痛みなど噯にも出さず、無傷の子供と心配する親のことを思う。
その在り方は、正しく本物のヒーローだった。
彼の足にしがみ付く子供たちが、渡良瀬を不安げな目で見上げる。
がりがり
「ぬぅ……どいつもこいつも……」
渡良瀬は頭を掻いて唸った後、
「……はぁ……送ってやるから、親御さんを安心させたら直ぐに病院だぞ」
アル・ラクスの要求に交換条件を出した。
「ありがとう」
アル・ラクスが相変わらずの爽やかな声と爽やかな笑顔で返礼する。
「あっ、とライト君は俺が送ってくよ。宇津木さんちは事件のこと知らないから……」
「なら別々の車で送るとしよう」
楽人が言葉を濁すと、渡良瀬はそれを理解して肩を竦めた。
【リアライザー】のいる子供の巻き添えで誘拐されたと知ったら、普通の親はどうするだろうか?
『もうあの子と遊んじゃいけません!』
と言うだけなら、まだ平和なものだ。
多くの人間は、思うがままに批難する。
当然、その矛先は犯人だけに留まらず、子供にも【リアライザー】にも及ぶ。
子供を失いかけた気持ちを抑えて、友達を貶められる子供の気持ちを考えられるほど、人間は器用には出来ていない。
だから部外者の楽人や渡良瀬が気を遣うのだ。
例え誰に感謝されないとしても。
とことこ
「きんぎょのにいちゃん」
外ハネの子供がアル・ラクスの腕から離れて、楽人の下へ駆け寄った。
楽人は屈んで視線を合わせる。
「きんぎょじゃない。近所だ」
しっかり躾られて育った楽人は、彼の将来を思って真面目な顔で訂正した。
とんっ
アキラは駆け寄って来た勢いのまま、楽人に抱き付いて、
ちゅっ
「?!」
「ありがとう、きんぎょのにいちゃん」
彼の頬に口を当てると離れ、少し恥ずかしそうに照れながら礼を言って、アル・ラクスの元へ駆け戻って行った。
(……今何が起きた? キス? いや子供の愛情表現だろ? なら何で俺は動揺している? 俺はホモでもショタコンでも無いノーマルだ、あんな写真を撮ったけど既に渡良瀬警部に送って元データは消した、いやこの年頃なら性別は……)
楽人の心の葛藤を余所に、事件は静かに幕を閉じたのだった……。
もうちょっとだけ続くんじゃよ(二章が)




