ショタコン真相
「四カ所目……」
楽人は隣町の埠頭にある倉庫街で独り言ちた。
もうすっかり日は落ち、倉庫街に等間隔に並ぶ街頭には明かりが灯っている。
明かりが照らしているのは主に倉庫の入り口。
倉庫街の大半は、そこに並ぶ倉庫が落とす陰に昼間の姿を隠していた。
楽人は倉庫街に入る前に自転車のライトを消し、目的の貸倉庫の近くで自転車を降りた。
周囲に目を配り、建物の陰に身を隠しながら、目的の倉庫を目指す。
そこは愛染昇子から貰った地図にあった一つだった。
警察にも管轄がある。
当然、管轄内で起きた事件を解決するために、管轄外へ出向くこともあるが、明確な証拠でも無ければ、捜査はどうしても管轄内から行うことになりがちである。
だから犯人からしてみれば、犯行現場の警察の管轄を離れた辺りは、最も近い安全地帯に成り得た。
「当たりだな」
そして予想は当たった。
暗い倉庫街の埠頭に、人工的な光が灯っていた。
煙草の火だ。
煙草の小さな火が、そこから立ち昇る煙を夜闇に照らし出す。
カチッ、カチッ
「……早く来やがれってんだ」
数分経って火が消えると、愚痴とライターの着火音がして、新しい煙草に火が付いた。
こんな時間、こんな場所にも関わらず、人影はその場を離れる気配が無い。
多少歩き回っても、また同じ場所に戻って来る。
(見張りか)
誘拐犯は住宅地の公園で誘拐した。
どんなに注意を払っても、住宅街で大型車は目立つので、住民の関心を集めたくなければ普通車を選ばざるを得ない。
無論、子供をトランクに入れるなんて真似は絶対にしない。
座席なら子供が気絶していても、寝た子を乗せているように見えるが、トランクでは遠くからでも見られたら、一目で犯罪だとバレて通報されてしまう。
(外に一人、中は三人……多くても四人か?)
人数が増えれば分け前が減る。
組織だった常習犯でも無ければ、車一台を超える人数は考え難かった。
(厳しいな)
楽人には自信が無かった。
彼は身体は鍛えていても、格闘技を習っている訳では無い。
一応、リュックには色々と準備をしてきたが、不意を打てても、大人二人以上を同時に相手に出来る自信は無かった。
(…誰か来る!)
倉庫街の入り口の方から足音が聞こえて来た。
コンクリートの地面は意外と音が響く。
しかし、見張りの男は聞こえていないのか、それとも珍しくも無いのか、気にもせず煙草をくゆらせていた。
間も無く、足音の主は角を曲がり、建物の陰から姿を現した。
(でかい!)
楽人はその姿を見て目を見張った。
足音の正体は、身の丈2メートルに達しようかと言う巨漢。
単純に背が高いだけではなく、ボディビルダーも斯くやという、はち切れんばかりの筋肉は、上腕二頭筋でもサーニャの腰よりも太い。
その筋肉を包むのは、全身にピッタリとフィットした派手な色のボディスーツ。
手足のゴム手袋や長靴もまた派手な色をしている。
精悍な顔立ちを隠す物は無く、多少長い金髪は風を受けているかのように後ろに流れ、鋭い眼光は深い慈しみに満ちていた。
(…俺は勘違いしてたのか!)
何処からどう見ても物語の【ヒーロー】だった。
コスプレと言うには筋肉の盛り上がり方が異常で、まるでアメコミから飛び出してきたような姿。
【リアライザー】は少年ではなく、この男だったのだ。
(不味い!)
楽人は状況が変わったことを悟り、【ヒーロー】の先回りをして、見張りの死角になっている場所に隠れて【ヒーロー】を待ち伏せた。
「黙って付いて来て貰おうか?」
楽人が隠れている場所まで【ヒーロー】がやって来ると、楽人は彼の背後からトーンを落とした声で命令した。
「………」
【ヒーロー】は警戒したが、楽人の指示に従って付いて来た。
楽人は見張りの男から十分に離れた所で足を止めた。
それからスマホのテレビ電話を起動して電話を掛け、【ヒーロー】に向けた。
『どうした、坊主。何かあっ……ほぅ?』
電話に出た渡良瀬警部は【ヒーロー】を見て感嘆の声を漏らした。
「関係者です。彼への説明と情報交換をお願いします」
『任せろ』
警部は事情を察して【ヒーロー】に事情説明を始めた。
警察手帳を見せたこともあって、【ヒーロー】も警戒を緩めて情報交換に応じた。
* * *
「まず、あんたを何て呼べばいい?」
「私はアル・■■■」
【ヒーロー】は人間には困難な発音で名乗った。
「? あるらくす?」
楽人は正確に聞き取ることが出来ず、近い発音で聞き返した。
「それでいい。親しい友人は、略してアルクスと呼ぶよ」
――アル・ラクス。
その意味は、在る・憐み深き・報いる者――Al Rawuf Muqsit――。
似非アラビア語である。
正確な発音は、『ラゥフクィスト』を短縮した形となる。
発音の難しさから単純にアル・ラクスと呼ばれ、それが作品タイトルや一般表記となっている。
番組内では、敵からはアル・ラクス、一般人からは気安くアルクスと呼ばれていた。
(ラテン語の虹か)
楽人は人並の中二病の嗜みとして、多少の格好良いラテン語は知っていたが、アラビア語はあまり知らなかった。
「俺は須磨楽人。楽人でいい」
「わかった。ガクト君、何から話せばいいかな?」
アル・ラクスは真剣さの中にも爽やかさの感じられる声で、楽人に尋ねた。
「状況を全て」
「わかった」
アル・ラクスの話を纏めると、こういうことだった。
彼は楽人が公園で見かけた少年、アキラの元に現れた【リアライザー】だった。
楽人が【リアライザー】だと勘違いしていたアキラは、最近引っ越して来ただけの普通の少年だったのである。
アル・ラクスがいつもの時間に公園へアキラを迎えに行くと、そこにはアキラの姿も、友達のライトの姿も無かった。
彼は公園に落ちていたアキラの迷子札を見つけて、誘拐だと思って暫く探したけれど、アキラもライトも見つからなかった。
一先ず世話になっている親御さんに報告しようと帰宅すると、アキラの母親に泣いて責められた。
母親が言うには脅迫電話があり、「アキラを返してほしければ【リアライザー】一人で指定の場所へ来い」とのことだった。
「警察に話したら命の保証はしない」と忠告されていたこともあり、彼は子を思う母の批判を素直に受け入れた。
それから、彼は一人で指示された貸倉庫を目指し、この倉庫街まで来たのだと言う。
「でも俺が先に着いて、本当に良かった」
本来なら、何時間も先に出たアル・ラクスを、楽人が追い抜ける道理は無い。
しかし、アル・ラクスは【リアライザー】だった。
金も自転車も無い彼は、自分の足で歩いて来た。
地元民でも無ければスマホも無い彼は、住所を確認しながら目的を目指した。
もしアキラの母親が冷静なら、彼に近くまでタクシーを使わせただろう。
「来る途中、目立っただろ」
「少し写真を撮られたり声を掛けられたくらいだな。意外と気にされないものだな」
渡良瀬の疑問に、アル・ラクスは爽やかに答えたが、その背中には哀愁が漂っていた。
原作の彼は主人公であり、比類なきヒーロー。
しかし、現実では、数あるヒーロー作品のヒーローの一人に過ぎない。
その落差が、彼に自身の存在理由を問うのだ。
……尤も、彼があまり声を掛けられなかった一番の理由は、人々の認知度では無い。
彼は縦にも横にも常人を遥かに上回る、見るからに強靭な肉体を誇る、全身タイツの偉丈夫。
彼が如何にイケメン&イケボのヒーローでも、日が暮れた街でその姿を見かけて話し掛けようと思う猛者は、多いはずも無かった……。
「それでどうするかね?」
楽人たちにそう問い掛ける渡良瀬に、焦燥は無かった。
【リアライザー】であるアル・ラクスに「一人で来い」と呼びだした以上、徒歩で来ることは相手も想定している。
犯人の計画性から見ても、今更少しくらい遅れたところで、人質をどうこうされる心配は無い。
無論、彼は警察として動く。
誘拐が確定した以上、警察は動ける。
アル・ラクスが楽人を見る。
「俺にいい考えがある」
楽人はどこかで聞いたような言葉を口にした……。
私にいい考えがある




