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ショタコン対価

「ちょっと出かけて来る」

「こんな時間にどうしたの? もしかして、宇津木さんち?」

「ああ、心当たりを探してみる」


 楽人がリビングに声を掛けると、キッチンから母親が顔を出した。

 サーニャはモジモジしているが、何かを言おうとしては踏み止まる。

 彼女も、付いて行けば足手纏いになると理解していた。

 原作のように魔法が使える訳では無く、身体能力も普通の女の子と大差無い上に、近隣の地理にも疎い。


 なでなで


「ふぁっ?!」


 楽人が頭を撫でると、サーニャは驚いて変な声を出した。


「母さんを任せたぞ」

「―――っ! はいっ! 任されました!」


 頭を撫でられほんわかしていたサーニャは、リップサービスだと理解した上で元気良く応えた。

 お互いに心配させまいという言外の気持ちが伝わり、二人は心が温かくなった。


「帰ったら膝枕をしてあげます」


 んふっ


 楽人の口から思わず苦笑が漏れる。


「ああ、俄然やる気が出た」

(犯人の目的が【リアライザー】全般なら、サーニャにも危険が及ぶ可能性が高い)


 それは現実に在り得る可能性。


(俺はヒーローでも勇者でも無いんだ)


 それはよく知らない子供のために危険を冒す、精一杯の建前だった。


「楽人!」

「んっ? んがっ?! はふっ、はふっ」


 母親に呼ばれて振り返った楽人の口に、揚げたての唐揚げが突っ込まれた。

 彼が熱々の唐揚げに苦戦していると、彼女は菜箸を唐揚げが盛られた皿に載せて、


「これも持っていきなさい」


 エプロンからゼリー飲料を二つ、彼の手に押し付けた。

 それは音無先生にも持っていった、彼のお気に入りの栄養食品。


「夕飯は取っておくから、早めに帰って来るのよ?」

「…善処する」


 楽人は受け取ったゼリー飲料をリュックに入れて家を出た。



 * * *



 楽人は家を出ると、自転車置き場からママチャリを引っ張り出して跨り、ゼリー飲料を一つ飲みながら、スマホを弄って貸倉庫を探し始めた。


「多いな……どこから探すか……」


 彼が想像していたよりも貸倉庫の数は多かった。

 一つの検索サイトだけでも全国に何千件とかザラにあり、近隣の湾岸に限っても、その数は少なくない。


 トゥルルルッ、トゥルルルッ……


 彼が取り合えず近場から手当たり次第に探そうと思った矢先、スマホが鳴った。


「……お姉ちゃん?」

『みんなのお姉ちゃん、昇子ちゃんよ♪』

「冗談なら切る……」

『あっ、待って待って! SNS見て!』


 さっき数年ぶりに会話したばかりなのに軽過ぎる昇子に、楽人は胡散臭いものを感じながら、指定されたSNSを見た。


「……地図?」


 SNSにはマーキングされた近隣の地図が共有されていた。


『そう。白いのはその辺りで最近貸し出し中になった貸倉庫。黒いのは契約が空いたとこね』

「凄い! こんな短時間で……」

『えっへん。お姉ちゃん楽人ちゃんのために頑張ったから♪』


 楽人が正直に褒めると、また調子に乗って一気に胡散臭くなった。

 ショタコンが高校生のためと言っても説得力が無い。


「……それで対価は何だ?」

『信用ないな~』

「……うちには弟は居ないぞ?」

『知ってるわよ~』

「じゃあ何だ?」

『楽人ちゃんのむ・す・こ(・ ・ ・)♪』


 ガチャッ


 トゥルルルッ


「……はい、楽人です」


 楽人が思わず電話を切ると、直ぐにまた昇子から電話が掛かって来た。


『いきなり切るなんてひどいよ楽人ちゃんっ!』

「黙れショタコン! 未来の息子を売る親がどこに居る?!」

『いいじゃない減るもんじゃなし!』

「減るわ!」

『何がよ!?』

「俺の良心と息子の純情が減る!」

『大丈夫! 優しくするから!』

「駄目だ! 俺の純情は減った! 説得力が無い!」

『ええぇぇぇぇ~~~~~!? 今度こそ頑張るから! 気を付けるから! ちょっとだけ! さきっちょだけ! ね! いいでしょ……』


 ガチャッ


 トゥルルルッ、トゥルルルッ……プツッ


「ふうーっ」


 楽人は電話を切って直ぐに着信拒否を設定し、額を前腕で拭い、やりきった男の顔をした。


「あんなのに構っていたら時間がいくらあっても足りない。こっらが大きくなって趣味も理解してるからと思って調子に乗り過ぎだ……」


 彼は口に出して愚痴りながらも、顔が少しにやけた。

 昇子の性格には問題しか無かったが、有益な情報を得られたのも確か。


「……今度菓子折りでも送ってやるか」


 それでも、直接会ってお礼をすることには抵抗を禁じ得なかった。


「さて、今度こそ探すか」


 昇子が集めた情報は、今彼が一番欲しいものだった。

 地図上に貸倉庫の表示があるだけではなく、住所のリンクのお陰でGooGreatストリートビューで周辺の様子も見れる。


(こういう時はアレだ、プロファイリングだ。俺の得意な“ミレニアム戦記”……もといシミュレーションだ。相手の行動を読むのは同じ。俺ならできるはずだ)


 楽人は自分に言い聞かせて、現状と犯人の立場で思考をフル回転させた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 俺が誘拐犯だったらどうするか?

 GPS付きの迷子札が落ちていた、つまり犯人は冷静に合理的に考えて行動している。

 場当たりじゃない分、行動が予想し易くて助かる。

 あの子たちが二人だけで公園を離れるのは不自然だ。

 外で拉致するなら公園内になる。

 どちらが【リアライザー】か分からなかった?

 いや、知らないで拉致するのは無計画過ぎるから、最初からショタ二人を狙ったか、【リアライザー】のオマケでもう一人拉致しても構わなかったと言うことか。

 公園には防犯カメラがあるけど、24時間全部のカメラを人力で監視はありえないし、宇津木さんも周辺で遺体を発見してもいない。

 つまり、殺さずに拉致された時点で、まだ生きている可能性が高い。

 急ごう。

 防犯カメラのある高所から顔が見えないように隠して、子供を拉致したら直ぐに車で離れたはず。

 でも路上の全ての防犯カメラを避けるのは現実的では無い。

 途中で方向転換して、追っ手を攪乱しない手は無い。

 バスやトラックなどの大型車は普通、ドライブレコーダーを搭載しているので、追跡を避けるならこれらにも注意が必要だ。

 殺す気が無い以上、身を隠すなら騒がれても困らない、音でも振動でも他人に気付かれる心配が無い場所へ逃げるのが理想的だ。


 いや違う。

 殺さない目的は何だ?

 母さんは宇津木さんの子供が行方不明だと言っていた。

 身代金目当てにしては要求がまだ無いのは遅過ぎる。

 ショタコンが弄ぶために攫うには、二人同時はリスクが大き過ぎる。

 子供二人を殺す以外で何とかする手段となると……やはり人身売買か。

 それなら【リアライザー】目当てでも辻褄が合う。

 目的が人身売買だとすると既に高飛びしている可能性が高い。


 いや待てよ。

 本当に頭の回る人間が、逃亡先にまでリスクを持っていくだろうか?

 例えば、森で熊さんに襲われて軽傷(こども)で逃げられた者が、街に逃げ帰るまで治療をしなければどうなるか。

 答えは、血の匂い(こども)熊さん(けいじ)(あじと)までご案内だ。

 追っ手を撒く自信があれば、一先ず隠れてやり過ごし、火種(こども)を処理してから高飛びするだろう。


 つまり、直ぐに警察に見つからない場所に隠れている可能性が高い。

 直ぐに警察に見つからない場所……警察が直ぐに探さない場所……警察が直ぐに探せない場所。

 犯人の居場所に目星が付いた。

 完璧な推理なんて思わないが、闇雲に探すよりは遥かに良い。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「――良し、保険を掛けておこう」


 楽人は束の間の思案から我に返ると、最近できたコネに電話を掛けた。



 * * *



 トゥルルルッ、トゥルルルッ……ガチャッ


『――はい、渡良瀬だ』


 電話が繋がると、中年男性の声が名乗った。

 警視庁捜査一課の警部、渡良瀬駿司。

 その声は長年現場で指示を飛ばしてきた叩き上げのもので、聞く者に安心感と頼もしさを与える。

 楽人もまた、その声に心強さを覚えた。


「お久しぶりです。渡良瀬警部。先週お世話になった須磨楽人です」


 彼らは先週、ユントロ誘拐事件の後、電話番号を交換した。


『おう、あの時のあんちゃんか。今日はどうした? 年上の女を堕とす方法なら、生憎品切れ中だぞ』

「違いますよ。なんでそうなるんですか」

『おや? 違ったのか? 俺の勘も鈍ったかな…』


 一介の高校生と捜査一課の警部とは思えない、まるで旧知の仲のような軽い会話が交わされた。

 それもまた、市民に愛される敏腕警部の秘訣だった。


(なんでどいつもこいつも恋バナが好きなんだ。俺に浮いた話なんて、世間に隠してるサーニャしか無いし、他には欲しくも無いぞ)


 楽人は親友からの謂れのない嫉妬を思い出して内心愚痴った。


「そうじゃなくて事件です、誘拐事件」

『もしかして、まぁた【リアライザー】かぁ?』


 口調はおどけたままだが、渡良瀬の声音が真剣なものに変わった。

 実際、「【リアライザー】が誘拐された」と警察に届ける者は、日に日に増えている。

 しかし、その大半は【リアライザー】のパートナーである証拠に乏しく、それどころか【リアライザー】を奪おうと目論む騙りが多い。

 騙りに踊らされて市民の顰蹙を買った事例もあり、警察は対応に慎重になっていた。


「恐らく。それと小さい子供も一緒で…」

『それを早く言え!』


 渡良瀬が急に大声を出し、楽人は驚いて目を白黒させた。


『なんだ早く続けろ』

「いえ、意外だったもので」

『はぁ? 俺だって人の子だぞ』


 楽人が初めて会った時に感じた、親しみ易い市民に愛される警部の顔には、子供好きという一面もあった。

 だから彼は渡良瀬を信頼し、知っている情報と予想を全て伝えた。


『なるほどなあ……それで、俺にどうして欲しいのかね?』


 渡良瀬は楽しそうに尋ねた。

 初めて会った時は余裕が無かった楽人も、今なら渡良瀬が立場上好意を隠しながら値踏みしているのが理解でき、思わず口元が緩んだ。


「公園周辺の防犯カメラから、誘拐犯の車と行き先の特定をお願いします」

『ふっ……今度はちゃんと言えたな』


 電話越しにも分かるほど、渡良瀬はハッキリと不敵に笑った。

 そう、普通は警察が求めるのは助けを乞われることだが、彼が本当に求めたのは自分の考え。

 あの時の楽人は、先生のために動いていたのに、最初は何も言わなかった。

 だから渡良瀬は、楽人が警察に丸投げしたと思って、最初呆れたのだが、今回は違う。

 彼を認めた。


「俺は範囲外から当たります」

『管轄外か……なるほど。相変わらず無茶をする奴だ』


 渡良瀬はまた笑ったが、今度は半分呆れている。

 楽人は納得ができなくて憮然としたが、自覚はあったので文句を言うのも違うと思い格好を付けた。


「心外ですが、それって若さの特権でしょ?」

『ははは、言ったな!』


 渡良瀬は今度は朗らかに笑った。


『なら忠告をするのは先達の義務だな。無茶はするな。GPSは入れとけ。報告は小まめにしろ』

「あっははは。世話好きのおっさんみたいだ」


 思わず楽人も笑い出してしまった。


『俺はおっさんだよ』


 年上を敬っていないように聞こえる言葉(おっさん)を笑って誇れる本物の大人が、そこに居た。


「行きます」

『おうよ』


 ガチャッ


 部下ではない高校生(がくと)と上司では無い警部(わたらせ)は電話を切り、それぞれの役目を果たすため動き出した……。

頼りになる(まともな)大人

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