ガチャは悪い文化
火曜日は“ミレニアム戦記”のメンテナンス日である。
午後の授業中、楽人はこっそり、スマホから“ミレニアム戦記”を起動した。
メンテナンスは予定通り終わり、タイトル画面にはメンテナンス前と同じサーニャの姿があった。
楽人はログインをすると、直ぐにガチャ画面へ移動した。
“ミレニアム戦記”のガチャは、メンテナンス直後が当たり易い。
彼は先週、そのジンクスに裏切られて、2000連ピックアップ無しという盛大な爆死をしたが、まだ希望を捨て切れなかった。
『生活に無理のない課金、略して無課金だからセーフ』
それを誰が言い出したか彼は知らなかったが、少なくとも彼には当て嵌まらなかった。
何せ全財産を注ぎ込んで爆死したお陰で、初デートでサーニャに服の一つも買ってやれなかったのだから。
……尤も、例え彼にお金があっても、母親が全額出して何も変わらなかった可能性が高い。
《天の魔族サーニャ限定ガチャ》
楽人が用事があるのは、これ以外にありえなかった。
先週のリベンジである。
《召喚結晶53個》
ゲーム内でガチャを回すためのアイテム、召喚結晶。
課金すれば購入できるが、イベントを熟すことでも少しだけ入手できる。
この一週間、現金を稼ぐ時間も体力も無いどころか、出費だけが嵩んだ楽人には、この53個が全財産だった。
《1連》《10連》
ガチャ画面には二つのボタンが並んでいる。
召喚結晶5個でガチャ1回。
先週の爆死から何とか掻き集めた、塵積で有乎無乎の10連。
(これに全てを賭ける!)
楽人は迷わなかった。
メンテナンス直後に当たるというジンクスには、一瞬の迷いも許されない。
彼が《10連》ボタンをタップすると、ボタンが凹み、ガチャの演出が始まった。
5個の結晶が集まって一つの光になる。
鈍い色が続く。
鈍い色ほどレア度が低く、派手な色や演出ほどレア度が高い。
(駄目か…)
諦めが彼の脳裏を過ぎった時、10連最後の一つが虹色に輝いた。
(確変!)
楽人は久しぶりの確変に目を見張った。
――確変とは通称であり、公式用語では無い。
ソシャゲのガチャにおける確変は、最高レアがあまりにも出ない時に出ると言うのが通説。
これにはガチャの仕様が深く関わっている。
例えば、“ミレニアム戦記”のように最高レアが3%に設定されている場合、100回連続で一度も出ない可能性は2%ほどになる。
それを「当たり前」と言う勿れ。
当事者にとっては不幸のどん底であり、ゲームを辞めたくなるプレイヤーも少なくない。
その絶望感たるや、小学校の給食で一人だけプリンが配られなかった時に匹敵する。
“ミレニアム戦記”のプレイヤー間では、大好きなプリンを食べ損なうキャラに因んで、「ナナリーのプリン」とネタにされるほどだった。
ソシャゲのガチャは、その多くが一回500円。
金持ちなら端金と思う人も多いが、投資とは見返りあってのもの。
何の成果も無く延々と続けられる狂人は、他人が思っているほど多くない。
これは何もプレイヤーだけの問題では無い。
ソシャゲの運営からしてみれば、普通に発生する確率でプレイヤーが減っては死活問題。
――そこで重用されているのが、確変というギミックである。
ハズレが続いた後に、派手な演出で低いレアが最高レアに変わる。
これで盛り上がらないはずが無く、プレイヤーの溜飲は下がり、ゲーム離れが阻止される。
確変とは運営の収入とプレイヤーの心情、双方にとって有益なシステムなのである。
(あ…)
確変の光が収まった後に、召喚結果が一つずつ表示されていく。
一人目、二人目と続いていき、最高レアの番でついに念願のサーニャが出た……但し初期ユニットの方が。
(あああああぁぁ……)
そう、確変が起きても、ピックアップされているものが手に入るとは限らないのだ。
(サーニャだけど、このサーニャじゃないんだ、今俺が欲しいのは……)
ソシャゲを長くやっていれば誰でも一度は経験する展開。
確率だけで言えば、ピックアップされていない最高レアは、確率上昇されているものの数十分の一以下であり、持っていない人権性能なユニットだと大当たりと言われたりもするが……。
(……サーニャ32人目)
当然、楽人は初期のサーニャを持っていた。
ゲームのサービス開始から三年で32体という数は、初期に実装されたという点を考慮しても異様。
これは決して、単なる偶然の産物では無い。
彼はサーニャの新衣装を求めるデモ行為として、初期サーニャがピックアップされる度に、サーニャが出るまでガチャを回して来た。
その想いが何か変なものにでも伝わったのか。
ピックアップされていない時も頻繁に擦り抜けて来て、気付いてみれば初期のサーニャが32体。
通常、同じユニットを合成して強化するシステムであっても、10体以上必要とされることは少ない。
普通なら余ったユニットは処分されるのだが、彼には愛するサーニャを処分するなんてことは出来ず、余ったサーニャは全て倉庫番と化して倉庫を圧迫している。
時々、同じユニットを出撃させられるステージで、サーニャだけのチームを組んで遊んでいるが、最高レアであってもかなり難しい。
例えるならキャッチャーだけ9人の野球チーム。
どんなに優秀であっても監督は頭を抱えるだろう。
(確率的には当たり。サーニャだから当たり……)
楽人は自分にそう言い聞かせて、そっと“ミレニアム戦記”のアプリを終了した……。
* * *
――ミレニアム戦記は、昔ながらのシミュレーションRPGである。
主人公は英雄の血を引く皇族の皇子。
国が魔族に襲われて、主人公が落ち延びた先で女神の加護を授かり、強い仲間――九割九分美少女――がポコポコ仲間になって俺ツエーする、王道の貴種流離譚。
21世紀のスタンダードである祝福・忖度・覚醒を煮詰めた内容は、好きな人には溜まらないもので、省エネ運営ながらコアな人気を博している。
その一方で、楽人はサーニャとゲーム性にしか興味が無かった。
サーニャが不人気で出番が少ないこともあって、ストーリーを真面目に読むことも少ない。
しかし、彼女の新衣装が実装されたこともあり、先週からのイベントには彼女も登場している。
楽人は珍しく、今週追加された分のストーリーを読み耽っていた……。
とんとんっ
楽人の肩が優しく叩かれる。
「ブツブツと何やら楽しそうだな、須磨」
彼が顔を上げると、そこには青筋を立ててにこやかに笑う先生の顔があった。
久しぶりの推しメインのイベントだから仕方なし




