女教師の誘惑授業
「須磨君、次を読んで下さい」
翌日の火曜日。
事件があってから初めての、2年B組での音無先生の授業。
生物の授業も眼鏡も興味の無い楽人は、先週のこともあって何気無く彼女の顔を見たら、目が合って当てられた。
「はっ、はいっ!」
くすくすくす
楽人は慌てて返事をしたので吃ってしまい、クラス中から笑い声が上がる。
彼は苦笑いを浮かべ、周りの視線に耐えながら教科書を朗読した。
「はい、そこまで」
暫く朗読した後、先生からストップの声が掛かって、彼は羞恥プレイから解放された。
その後、彼は真面目に授業を受けたつもりだったが、終盤、もう一度先生に当てられて、もう一度クラスに笑いが起こった。
(そんなに気が抜けて見えたのかな?)
彼は訝しんで、自分の行動を振り返ってみた。
彼はいつも通り授業を受け、いつも通りノートを取り、いつも通り余った時間でサーニャに思いを馳せていた。
(……うん、気が抜けてたわ)
彼は以前から、授業中に“ミレニアム戦記”のことを考えることが多かったが、今は寝ても起きてもサーニャのことが頭にある毎日。
それはある意味で、【リアライザー】が現れた者の面目躍如とも言える。
(サーニャが来てから初めての先生の授業だっけ。気が抜けてると思われても仕方ないか)
彼はサーニャのために反省をした。
* * *
「今日の音無先生、何か変じゃ無かったか?」
クラスの自称情報通、他称“眼鏡オタク”手塚新蜂は、授業が終わって教室を出て行く音無先生を、名残惜しそうに見送った後、楽人の席に来て同意を求めた。
「そうか?」
楽人は首を傾げた。
現実の女性に興味が無かった彼は、普段の彼女をあまり覚えていないので、比較のしようが無かった。
(そう言えば、顔は思ってたより整ってたし、胸も大きかったような……?)
彼は先週の彼女を思い出してみたが、フィクションの美少女にベタ惚れの彼には、その程度の感想しか無かった。
「音無先生に当てられるという羨ま……栄誉に預かりながら気付かないとは。……お前それでも男か」
「酷い言いがかりだ」
(俺は毎日サーニャとイチャついている健全な男子高校生だぞ)
とは、流石に口に出さなかった。
「あれは恋する乙女だった」
「はあ…」
手塚が遠い目をする。
楽人は「また何か始まった」という呆れた顔になった。
「ああ~、先生にもついに想い人が出来てしまったか~……。堅物の女教師の氷の心を解かすのが俺の夢だったのに~……」
片手を胸に当てて、何かを求めるようにもう片手を天に差し出し、その先を見上げる芝居がかった姿は、普通なら演劇以外に生で見る機会の無い、2年B組では稀によく見かける光景だった。
2年B組の恋バナ四天王たちが、尊そうに彼を見つめている。
楽人が半目で呆れ返っていると、手塚が急に勢い良く彼の方を振り向いた。
「まさか、お前じゃないだろうな?」
手塚の目には光が無い。
「なんでそうなる?」
「さっきの授業、お前に対する態度と言うか話し方と言うか、何か変だった」
「濡れ衣が過ぎる」
楽人は、受け手に因って違う個人の感想で恨まれるのは、勘弁して欲しかった。
「それに先週の金曜日、先生は午後も学校に来なかったし、お前も戻って来なかったよな?」
ギクッ
楽人は内心の動揺を必死に仏頂面で隠し通した。
ここで引いたら負けを認めたようなものだった。
身に覚えのない嫉妬を認められるほど、彼は自分を評価していない。
「漫画の読み過ぎだバカ。その程度で疑ってたら、お前の母ちゃんはスポーツジムのコーチと不倫してることになるぞ」
以前、楽人は手塚から、母親が健康のためにジム通いをしている話を聞いた。
何故そんな話になったかは、二人とも覚えていなかったが、親の愚痴は子供の義務なので、いつもの成り行きだろうと二人は考えた。
グサッ
「ぐはっ!」
「どうした田中?!」
ザシュッ
「ぴぇーん…」
「急に泣き出さないでよ杏ぅ。わたしも悲しくなっちゃうじゃない……うぇーん、うぇーん…」
スパンッ
「違うんだ……あれは一緒にシャワーを浴びてただけなんだ……」
「……一樹、それ完全にアウト」
何故か教室のあちこちで流れ矢がクリティカルヒットしてしまった。
(うちのクラス、ジム通ってる母親多過ぎだろ……)
クラスの惨状に楽人と手塚は顔を見合わせた。
「……なんか、済まん……」
「……いいよ、もう」
我に返った手塚が謝り、楽人も謝罪を受け入れた。
「……そうだよな、先生がお前なんか相手にする訳無いよな……」
肩を落とした手塚が、自分の席に戻りながら凄く失礼なことを呟いたが、楽人はもう面倒なので聞かなかったことにした……。
スポーツジム率一割。




