誤解の恋愛相談
「須磨、放課後、生徒指導室へ来るように」
「ええええっ?!」
帰りのホームルーム。
楽人は担任から生徒指導室への呼び出しを受け、動揺を隠せなかった。
担任の名は遠山銀司。
まだ中年といった年齢だったが、既に頭頂部は禿げていて、生徒たちからは『将来の教頭先生』という不名誉な渾名を貰っていた。
無論、これは悪口なのだが、厳格な性格に反して生徒思いな指導が多いこともあって、親しみを込めて呼ぶ生徒の方が多く、それを理解して担任も笑って済ませていた。
そんな担任が「生徒指導室に来い」と言うのだから、只事では無い。
放送で呼び出させず代弁を引き受けた当たりに、彼の人柄が現れていた。
「返事は?」
「はい……」
楽人は無駄な抵抗を諦め、渋々返事をした。
「須磨もとうとう年貢の納め時か」
「やっぱりなあ」
「ソシャゲなんてやってる奴は落伍者よ」
「その落伍者より成績悪いお前もなんだなあ、これが」
「高橋君の成績低過ぎ?!」
「あーしも落語者だった?!」
「あんた発音違ってない?」
同級生たちは言いたい放題だった。
しかし、彼らに悪意は無い。
中には、いじめに聞こえる言葉もあったが、彼らの大半は友人へのツッコミも激しく、陰湿さを感じさせない。
「ソシャゲ君」の仇名に動じない楽人もまた、その程度でストレスを感じるほど豆腐メンタルでは無かった。
「じゃあ断頭台に行って来るわ」
「おう。骨は拾ってやるからな」
楽人は軽口を叩いて席を立ち、クラスメイトの相槌を背に、生徒指導室へと向かった。
* * *
「須磨楽人、入ります」
ガラッ
楽人が声を掛けて生徒指導室に入ると、学年主任の真島が入口に立っていた。
担任から直接言われたので、てっきり担任が待っていると思っていた楽人は驚いた。
「よく、来たな。まあ座れ」
学年主任は、指導机の入り口に近い椅子を薦めた。
楽人がその椅子に座ると、学年主任はドアに鍵を掛けて、楽人の対面の椅子に座った。
「先週のことを確認したい」
(先週と言うと、音無先生の件だよなぁ……)
楽人に後ろめたさは無かったが緊張した。
下手なことを言えば、音無先生にも迷惑が掛かることは想像に難くない。
学年主任は彼の方を見ず、右手にペンを持ち、机に置いた紙を見ながら尋ねた。
「須磨は先週の金曜日、ホームルーム前に具合が悪くなって早退をした。間違いないな?」
「はい」
その確認口調は、まるで警察の事情聴取だった。
(確かそんな感じで仮病をしたんだっけ)
楽人が記憶と照らし合わせている間にも、質問は続いた。
「ちゃんと帰宅した。そうだな?」
「……はい」
(変な質問だ。意図が分からない上に、「はい」以外に答えようが無い……)
楽人は真面目な顔を崩さず訝しんだ。
学年主任は気にせず言葉を続ける。
「今後は体調管理に気を付けるように」
「はい、分かりました」
「よし、では以上だ」
カチッ
そう言うと、学年主任は細長い棒状の物のボタンを押して、机の上を楽人の方へ向かって転がした。
学年主任が手を差し出すので楽人が持ってみると、それはよくあるペン型のボイスレコーダーだった。
時間は止まっていて、録音は終了している。
「さて、建前は終わりだ」
学年主任が机に両手を突いて身を乗り出し、初めて楽人の顔を真っ直ぐに見て言った。
「音無先生に問題は無かったんだな?」
質問が曖昧過ぎて、楽人はどう答えて良いものか悩んだ。
彼が悩んでいると、学年主任はとんでもないことを口にした。
「【リアライザー】の持ち主が音無先生だと言うことは聞いている」
楽人は彼に音無先生のブログを見せたので、彼がそれを知っていることは不思議ではない。
しかし、彼は「聞いている」と言った。
(誰から聞いた? 音無先生から? オタク同好会から? それとも……)
学年主任は楽人の緊張に気付いて、手の内を明かした。
「安心しろ。私の他に知っているのは、校長と教頭だけだ」
あの日、職員室でユントロの話をしていた者は居ない。
それに彼は、楽人が電話に割り込んだことを責めなかった。
今日だって彼は、生徒指導室の鍵を閉め、ボイスレコーダーを止めて放って見せた。
楽人は学年主任を信頼できる大人だと考えた。
「本当に音無先生は無事だったんだな?」
学年主任はもう一度同じ質問をした。
その顔には急かす様子も、責める様子も無い。
あの日、電話で音無先生の声を聞いた彼だからこそ、心配しているだけだった。
しかし、楽人には何を持って無事と言えば良いか分からず、彼は事実だけを素直に答えた。
「…俺が見た限り、それと音無先生から聞いた限りでは、軽い怪我だけで、大怪我や暴行の様子はありませんでした」
「そうか…」
学年主任は安堵の溜め息を漏らした。
(もしかして、学年主任は音無先生のことが好きなんだろうか? そう考えると色々納得がいく。でもそうなると……)
「音無先生は、先週のことを何て言っていたのですか?」
「音無先生からは、『今回の件は全て自分が悪い。須磨君は悪く無い。処罰なら自分が受けるから彼を責めないで欲しい』と言われたよ」
じ~ん
楽人はその言葉を聞いて胸が篤くなった。
(いい先生だ。生徒のためにそこまで言える先生は多くないよなぁ……)
感動して黙ってしまった楽人に、学年主任は忠告をした。
「先生の勘違いなら良いが、もしそうなら、バレないように気を付けろよ?」
「?!」
楽人が驚いて学年主任を見返すと、彼は鷹揚に頷いて見せた。
(理解ある大人だ。俺が【リアライザー】と同居していることも想像が付いてるんだ……)
楽人は音無先生に学年主任、二人も良い先生に恵まれたことに感動した。
「はい! ありがとうございます!」
「あ、ああ。気を付けて帰れよ」
「はい!」
楽人は席を立って深々と礼をすると、ドアの鍵を開けて生徒指導室を後にした。
一人残された学年主任は独り言ちた。
「…片思いか。不憫だな…」
彼は表立って公言はしないが、その手の恋愛を否定しない。
ただ、五月蠅い連中に目を付けられるのは可哀想だし、学生の本分は勉強だと思っているので忠告はしたが、無駄になりそうだった。
彼は遠い目をして、まだ若い後輩の恋を少しだけ応援しようと思うのだった……。
擦れ違い!




