一番は一番
6月27日。
週が明けた月曜日。
須磨楽人はいつも通りサーニャ・アンティノーマに起こされて、いつも通りサーニャと朝飯を食べて、いつも通りサーニャに見送られて、いつも通り狼もどき【リアライザー】を散歩させるボクサーを見かけ、いつも通り10頭身【リアライザー】を見せつける女子大生をスルーして、いつも通り登校した。
彼の日常は、フィクションに支配されて久しく、既に気にすることを諦めている。
ガラッ
「おはよう」
楽人が教室に着くと、これまたいつも通り、クラスメイトたちは今朝も、【リアライザー】の話題で盛り上がっている。
土日を挟んだ分、今までで一番、話すネタが多かった。
電話やSNSがあると言っても、やはり直接会うのとは違う。
人付き合いの少ない楽人には、あまり分からない感覚だった。
「おはよう須磨。金曜は何があったんだ?」
「ふっ……男には秘密があるものなのさ」
「はははっ。なるほど、わからん」
隣の席の伊藤蓮が、早退した楽人を心配した。
金曜日、楽人は音無先生と共に、誘拐されたユントロを探した。
音無先生とユントロの関係は公開されていないため、楽人が適当に恰好を付けて誤魔化すと、伊藤も深く追求しないで、笑ってその話を終わりにした。
(気の良い奴だ)
楽人は元々、あまりクラスメイトと連絡を取らない。
特に土日は、“ミレニアム戦記”のイベント消化や、ありもしないサーニャ情報の収集に勤しんでいることもあって、クラスメイトと一切連絡を取らないことも珍しく無い。
そのため、クラスメイトたちの追求も高が知れたものだった。
「じゃあ、これは知らないかもな」
「何かあったのか?」
伊藤が思わせぶりに言ったので、楽人は話に乗った。
彼は人付き合いが悪い訳では無いのだ……ソシャゲが絡まない限り。
「【リアライザー】の新情報だよ」
「それは聞きたいな」
「だろう? だろう?」
誰かに話したくて仕方の無かった伊藤は、あまり親しくも無い楽人相手でも調子に乗った。
(人はどうして、知識を衒らかしたい時に、ウザいムーブをしなければ気が済まないのか)
楽人は自分のことを棚に上げて、哲学的な感想を抱いた。
彼は“ミレニアム戦記”を尋ねられたら、この三倍はウザい。
「あのギャルゲーの角扉次郎が【リアライザー】をブログに上げたんだよ」
「マジか…」
角扉次郎と言えば、有名なラノベ作家でもあり、『自分のキャラは全て愛してる』と言って憚らない一部では有名な人物。
“ミレニアム戦記”にラノベ化の話が上がった時、作家として彼の名前が候補に挙がったが、忙しくて引き受けて貰えなかったと言うのは、“ミレニアム戦記”ユーザーの間では有名な話だった。
「ああ。しかも一番好きだと公言してるキャラだけ」
「…だけ?」
楽人は訝しんだ。
角扉次郎の風評からすれば、【リアライザー】が現れたこと自体は何の不思議も無い。
実際、「彼の作品の一番のファンは彼自身」だと言うファンは多い。
だからこそ、【リアライザー】が一人しか現れていない事実は、楽人を混乱させた。
「動画で部屋中映してたから間違いないぞ」
「それだと他にも居たら映るよなあ……」
【リアライザー】として現れるほど、そのキャラクターに執着している人が、家から追い出して撮影することは有り得ない話だった。
≪世界で一番思ってくれる人の前に現れる≫
楽人の脳裏に、サーニャが言っていた言葉が蘇った。
(……そういうことか)
楽人はユントロ誘拐事件の犯人を思い出して納得した。
彼女のユントロへの執着は、ある意味で音無先生に勝っていた。
しかし、実際にユントロが現れたのは、彼女ではなく音無先生の方。
それは取りも直さず、【リアライザー】の言う“一番”とは思いの“強さ”だけではなく、“比重”も差していることを意味していた。
故に、彼女の下にユントロは現れず、角扉次郎の下に【リアライザー】は一人しか現れなかったのだ。
「お前も気付いたようだな」
楽人の様子を見て、伊藤が不敵に笑う。
「やるな」
「お前こそ……と言っても、俺はネットの考察を見て知った口だけどな」
サーニャ一筋の楽人も、外に目を向けなければ気付けたかは怪しい。
「あと面白いとこだと、読み書きも出来るらしいな」
「ああ、そうらしいな」
楽人は、テレビを見ていたサーニャに、文字の読み方を尋ねられて気付いた。
サーニャが読めないのは、主に難しい漢字や最近の読み方だった。
例えば『重複』という漢字の場合、彼女は従来の読み方の『ちょうふく』と読んで、教育の敗北である『じゅうふく』と言われると首を捻る。
無論、キラキラネームも読めないが、その点に関しては楽人も同様だった。
「ちっ、知ってたのか」
「何となくな」
伊藤が知識を衒らかすチャンスを一つ逃して悔しがる。
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン……
予鈴が鳴ったけれど、彼らの雑談は担任がホームルームに来るまで続いた……。
* * *
楽人は午前中の休み時間、クラスメイトのノートを写して過ごした。
昼休みには当然のように出遅れ、彼が最初から諦めて、のんびりとオタク同好会の部室へ向かうと、部室の外には先週以上の行列が出来ていた。
「っぱ本物よ」
「あのつぶらな瞳が私を待っている……」
「ぬいぐるみでは再現できないあの感触! ……一本貰えないかしら?」
「今日こそユントロに会って見せるわ」
男子生徒も女子生徒も、リピーターも連敗続きも並んでいて、聞こえて来る会話も先週と変わらず、不穏な会話や雰囲気は無い。
音無先生は今日から出勤して、ユントロと触れ合う会(仮称)も無事再開していた。
彼女が先週の件を後に引いていないことに、楽人は密かに安堵した。
「……うちの近所にも、可愛い子がいるって聞いて週末見に行ったんだけど……」
(ん?)
並んでいる女子生徒の会話に興味を惹かれ、楽人は耳を澄ませた。
「……態度がわるいの」
「どっちの?」
「もち、飼い主よ!」
友達に話を振った女子生徒が顰めっ面をして、両手の人差し指を立てて頭の上に持っていく。
鬼みたいと言いたいらしい。
「『あらあなた、【フィクション・リアライザー】が来なかったの?』」
話し手の女子生徒が急に口元に手を当てて、顎を引いて上目遣いで言った。
「『……んふっ、可哀想に』」
「うわっ! 性格わるぅっ!」
楽人も心の中で、聞き手の女子生徒に同意した。
「『世界で一番じゃないなんてねぇ……』」
話し手の女子生徒はそっと目を逸らし、
「『……下らない男なんかに現を抜かしているから来ないのよ』」
吐き捨てるように言った。
「『良かったら、わ・た・く・しが、どうしたら【フィクション・リアライザー】が来るか教えて差し上げるわ』」
今度は顎を上げて目線を下げることで、物理的に見下して言った。
仕草の端々から、お高く留まって性格の悪そうな雰囲気がよく滲み出ている。
(どこの悪役令嬢だろう? うちの近所じゃないといいなあ……)
それは別に、珍しい話では無かった。
【リアライザー】に限らず、他人が羨む降って湧いた幸運に、態度を変えずに居られる人間は少ない。
その一人だから、彼は理解に苦しんだ。
「……性格わるすぎない?」
「でしょ! でしょ!」
聞くとは無しに話を聞いていた、前に並んでいた女子生徒が振り返って反応すると、話し手の女子生徒は我が意を得たりとばかりに相槌を打った。
「そう考えると、うちのオタって神だよねー」
「ねーっ!」
音無先生がユントロの相棒だということは、まだ知れ渡っていなかった。
それはオタク同好会と先生の関係が変わっていない証であり、ブログを周回するような熱心なユントロのファンが、学校に居ない証拠でもあった。
楽人はユントロとの逢瀬を諦め、昼食を食べるために、行列を後にして教室へと戻った…。
二章、始めました。




