初デート:お披露目
暫くして、店内の正面、突き当りの曲がり角から母親が姿を現した。
彼女は楽人を見つけると、手招きを始めた。
楽人と父親が顔を見合わせて頷き、母親の手招きする方へ向かった。
「待たせたわね」
楽人たちが角を曲がると、試着室の前で、自身に満ちた顔の母親が待っていた。
試着室のカーテンは閉まっていて、その足元にはサーニャの靴が綺麗に揃えられている。
「それでは、お披露目しましょう!」
母親が深夜番組の商品か、バラエティー番組のゲストでも紹介するかのように、試着室に向けて両手を振った。
片手だったらツッコミにも見えるような動作。
パチパチパチ
楽人と父親が拍手を送ると、母親が満面の笑みを浮かべる。
彼らの付き合いの長さは伊達では無い。
シャーッ
軽快な滑走音を立てて、試着室のカーテンが開いた。
中から現れたサーニャは、胸元の開いた黒いレオタードに網タイツ、手首には白い付け袖、上に向かって長く伸びた動物の耳のヘアバンド、お尻の窪みにはソフトボール大のフワフワのポンポン……バニーガール衣装だった。
「バニーガールっ?!」
“ミレニアム戦記”では、二着目の衣装すらずっと実装されなかったサーニャに、バニーガールなんてものは夢のまた夢。
楽人は夢にまで見たサーニャのバニーガール姿に、感動のあまり言葉を失った。
「あ、あんまり見ないでください~……」
楽人に目を離せるはずが無い。
サーニャは恥ずかしそうにモジモジしたが、それは逆効果。
自身の二の腕を抱けば、挟まれた胸がグニグニと押されて強調され、片手で股間を隠そうとすれば、肌色面積が増えて余計に露出が多く見える。
彼女のファンで無くても、こんな姿を見せられて目を離せる男は居ない。
「どう?」
ぐっ!
口角を上げて自信満々の母親に、楽人は無言のサムズアップで応えた。
(こんなもの保存するしかない! ……ってあれ?)
楽人は懐に手を入れて、スマホを取り出そうとしてから気付いた。
「ここって店内撮影ありだっけ?」
「駄目みたいね。ほら、注意事項に《店内での撮影はお断りしています》って書いてあるわ」
母親が試着室内に貼られた注意書きを指差して言った。
「そりゃそうか。SNS用に試着した写真撮るだけで買われなかったら損だもんな」
楽人も学校で、「写真くらいイイじゃん」とか、「宣伝になるからイイだろ」と管を撒くクラスメイトたちを見たことがあった。
しかし、それは子供の理屈。
そんな真似を認めれば、SNS目当てだけの人が買わなくなり、終わるまで確実に試着室が埋まり服が売れない。
宣伝効果にしたって、店は必要ならプロと正式に契約を交わす。
『自信があるなら、ネットアイドルにでも成って、稼いだ金で服を買う方が、クレーマーになるより遥かに素敵だろうに』
楽人はその時、正論を口にしなかった……面倒だったから。
「仕方ない、心のメモリーに永久保存するか」
「しないでくださ~~~いっ!」
サーニャの可愛い悲鳴を無視して、楽人は心の大事なものフォルダに彼女の姿を保存した。
* * *
「さて、続いてはこちら……じゃじゃじゃじゃーんっ!」
母親が今度は、世界的名曲のフレーズを口で演奏しながら、再び試着室のカーテンを引いた。
今度の服は、純白の丈の短いワンピースに、レースのニーソックス、正面から見ると四角っぽい帽子。
「ナース服じゃん!」
楽人は見た瞬間、思わずツッコミを入れずには居られなかった。
バニーガールに匹敵するコスプレの定番、ナース服。
作りは本物と比べて遜色の無かったが、膝上までしか無いスカートの丈が、コスプレ用だと強く自己主張していた。
その分、裾とレースのニーソックスの間に絶対領域が出来ていて、サーニャの健康的な太ももが垣間見えていた。
「ど、どうですか?」
サーニャはやはりモジモジしていたが、バニーガールよりは余裕があるのか、自分から楽人に感想を求めた。
「似合ってるよ。可愛いしエロい」
「キャーッ♡」
サーニャは両手で顔を隠して身を捩らせ、恥ずかしがりながら照れた。
明らかに嬉しがっている比率の方が大きい。
露出度ではバニーガールに劣ったが、彼女の嬉し恥ずかしがる姿で、楽人の評価は良い勝負だった。
「……それにしても、何でナース服?」
楽人は訝しんだ。
父親が語る武勇伝にも出て来るバニーガールはまだしも、ナース服には心当たりが無かった。
しかし、母さんはしみじみと最悪な理由を口にした。
「だってねえ……あんた昔っからお医者さんごっこが好きだったじゃない」
「おい待てこらぁっ!?」
楽人は『母親に言われたくない言葉』常連を言われて、思わず叫んでしまった。
意味の分からないサーニャは、呆気に取られて目を白黒させた。
……と同時に、彼は心当たりを思い出し、心の中で言い訳を始めた。
(……別に母さん相手にお医者さんごっこをしたがった訳じゃない。断じて、決して、天地神明に誓って……)
――彼が小学校に上がる前のこと。
よく遊んでくれた近所のお姉さんが、よくお医者さんごっこをやりたがった。
幼かった彼は、意味が分からないなりに、それが楽しいことなのだと思って遊んだ。
当時の彼は、彼女がお医者さんばかりやりたがることを不思議に思わないほど、純粋無垢な子供だった。
(懐かしいなあ……お姉ちゃん、今頃どうしてるんだろうか?)
楽人は優しいお姉さんを想像して思い出そうとしたら、何故か嫌な汗が流れ始めた。
(……おかしいなあ。近所の少年を捕まえて毒牙に掛けている姿しか思い浮かばないよ……)
彼の心が穢れてしまったのか、近所のお姉さんが悪いのか。
彼は思い出にそっと蓋をして、厳重に鎖で縛って、鍵を掛けて、重しを大量に繋げて、そのまま心の腐海に沈めるのだった……。
* * *
「健康的でいいね」
次はタンクトップにホットパンツと言う、外しようのない組み合わせだった。
「えへへ~♪ 動き易くていいですよね」
前から見れば緩い胸元から、横から見れば袖の無い肩口から、サーニャのたわわな膨らみがこっそり顔を出していた。
ホットパンツからは適度に肉付きの良いお尻が少し見え隠れしていて、そこからスラッと伸びる生足も艶めかしい。
(サーニャは嬉しそうだけど無防備過ぎる。【リアライザー】で無くても、変な連中の目を引くこと間違いなしだな……)
「怪我すると危ないから、それで外出するならストッキングやパーカーが欲しいな」
ぱさっ
楽人が本音を隠して問題点を指摘すると、母親が直ぐに、サーニャの肩にパーカーを掛けた。
「これでどうかしら?」
パーカーはタンクトップとホットパンツに似合っていて、勝ち誇る母親の手には、白と黒と茶色のストッキングが揺れていた。
息子の懸念なんて、母親の慧眼の前では全てお見通しだった。
「じゃあ、次に行きましょう」
それからもサーニャのファッションショーは続いた。
例えば、ギャルっぽい服装。
上は長袖で結構着込んでいるのに、下は股下ギリギリのスカート。
今日も駅前の通りで時々見かけたような、定番のファッションだった。
サーニャと母親がネットで参考にしたお陰で、ギャルっぽいポーズも様になっている。
流石に髪の色を左右で分けているギャルは早々居ないが、カラコンくらいは珍しくないので、ギャルの集団が居たら普通に溶け込みそうな感じだった。
“ミレニアム戦記”よりも露出度は低かったが、街角やネット、雑誌などでも見かけて身近な分、楽人はコスプレには無い現実感を感じた。
「可愛い。アイドルみたいだ」
「キャーッ♡」
「でもデビューはしないでくれ。俺が泣く」
「しませんよ~♪ ガクト以外に見られても嬉しくありませんし~♪」
例えば、質素なワンピース。
今日のお出かけで着て来た母さんの古着を、最近の流行に合わせてブラッシュアップしたようなデザイン。
シンプルイズベスト。
黙っていれば良家のお嬢様に見える清楚さも兼ね備えていた。
「見違えた。どこかのお嬢様かと思ったぞ」
「えぇ~? わたしこれでもお嬢様ですよ」
「知ってる」
例えば、愛らしい寝間着。
ネグリジェみたいに露骨に透けていたり、開放的だったりとする物ではなく……子供が喜びそうな着ぐるみパジャマ。
狐を彷彿とさせる明るい黄色が、肌触りの良さとマッチしている。
どこかで【リアライザー】が発生していても不思議では無い、愛らしいデザインの……。
「……って、これユントロじゃないか。色は違うけど」
「あら、楽人も知ってたの?」
「一応」
驚く母親を、楽人は適当に誤魔化した。
彼は音無先生の個人情報を、母親にとは言え漏らす気は無かった。
その代わりに、彼の感想を待ってモジモジしているサーニャに近付いて、着ぐるみの頭を撫でて感触を楽しんだ。
「かわいい。抱いて寝たいくらいだ」
「―――っ!」
サーニャが卒倒しそうなくらい動揺したが、楽人は気にしないで撫で回し続けた。
「これならムラムラしないでぐっすり眠れそうだ」という本音は口に出さずに。
* * *
「だららららら~~~~~~っ……だんっ! 本日の最終エントリーはこちら!」
シャーッ
母親が舌を嚙みそうな口ドラムで盛り上げてから開いたカーテンの中から現れたのは、
「……セーラー服?」
セーラー服だった。
それも只のセーラー服では無い。
月凪市で最も可愛い制服と言われていて、有名で人気も高く、毎年近隣の街からも受験者が殺到して、進学率の割りに倍率が異常に高いことでも有名。
当然、月仰高校の制服よりも可愛く、楽人のクラスにも、あっちに落ちて悔しがっているクラスメイト何人か居た。
楽人も“ミレニアム戦記”でサーニャに心奪われるまでは、高校受験の候補に入れていた。
「まさかとは思うけど……」
「もちろん違うわよ。可愛いから着せただけ」
楽人が最後まで言う前に、母親が手首を力無く振って否定した。
「……似合っていませんか?」
何かを勘違いしたサーニャが、祈るように両手を重ねて、上目遣いで楽人を見つめた。
「違うよ。うちの制服じゃないから驚いただけ。似合ってるよ」
パアアアアァッ
サーニャの顔が、花が咲き誇るように見る見る笑顔になった。
母親がそれを見て、満足そうに目を細めた。
楽人は追及されると面倒なので、母親に気付かない振りをして、サーニャに微笑み返しながら独り言ちた。
(まあどんなに似合っていても、制服は生徒以外は買えないんだけどな)
その後、楽人たちは購入した大量の服を抱えてアパレルショップを出た。
無論、手が塞がったのは楽人と父親だけ……ではなく、サーニャも一袋、嬉しそう抱えている。
男性陣の手は足りていたが、彼女は自分の手で持つことで、幸せを実感することを望んだ。
――尚、楽人がサーニャ・オン・ステージを満喫している間、父親は空気を呼んで、近付く他の客を追い払っていた。
ガッツが足りない!(足りた)




