初デート:風船
昼食後、楽人たちは本来の目的地であるデパートを目指した。
目的はそこで、サーニャの衣類を買い揃えること。
【リアライザー】である彼女は、着替えを持っていない。
最初に着ていた衣装も、露出度の高い非常識な戦闘服なので、普段着に使えるような代物では無い、
そのため、彼女は普段、楽人の母親が若い頃に着ていた服を着ている。
若い彼女に、いつまでも古着では忍びないし、何よりブラジャーのサイズが合わなかった。
彼女は今もブラジャーは付けておらず、厚手の服と肌着を重ね着して誤魔化していた。
「♪」
外食で味覚とお腹が満たされ、サーニャの足取りが今まで以上に軽い。
いつもより食べた父親と母親の歩みは遅く、いつの間にか楽人とサーニャが前を歩いていた。
前から小さな女の子が走って来た。
手に持った風船が、彼女を追うように少し後ろから付いてくる。
楽人は女の子にぶつかると思い、サーニャの手を引いた。
しかし、浮かれていた彼女は反応が遅れた。
むにゅっ
「きゃっ?!」
女の子がサーニャの胸に顔から突っ込み、弾き返されて尻餅を突いた。
その拍子に女の子の手から風船が離れ、空へ登っていく。
「大丈夫ですか?」
サーニャが女の子に手を差し伸べる。
女の子が顔を上げると、風船が視界の上に消えて行った。
「あっ!」
伸ばした手は、風船の紐にも届かない。
「待って!」
女の子は直ぐ様立ち上がって飛び跳ねるが、風船の紐は手が起こす風圧に揺られて逃げ続ける。
サーニャは女の子に釣られて空を見上げ、目に入った風船の紐に、背伸びをして手を伸ばしたけれど届かなかった。
「よっ、と!」
楽人は女の子が立ち上がった時点で状況に気付き、全身のバネを使って跳び上がり、何とか風船の紐を捕まえた。
「はい。どうぞ」
「ありがとう、おにいちゃん!」
楽人が風船を女の子に手渡すと、彼女はしっかり頭を下げてお礼を言ってから、走り去って行った。
楽人は風船が無事に帰り着けないことを確信し、遠い目で見送った。
「ガクトはすごいですね。それに引き換えわたしは……」
サーニャが女の子の役に立てなかったことを落ち込む。
「気にするなって。身長差だから仕方ないよ」
楽人がサーニャの頭を撫でると、彼女は照れ臭そうにはにかんで機嫌を直した。
そうは言ったものの、彼は本当の理由に気付いていた。
彼女は気付いていなかったが、彼女は咄嗟に飛ぼうとしていたのだ。
羽で飛ぼうとせず、普通に跳んでいれば間に合った可能性が高い。
――【リアライザー】の知識は与えられたものであって、経験で得たものでは無い。
それでは、「慣れ」はどうか?
癖が設定通りであるように、これも与えられている。
それでは、「条件反射」はどうだろうか?
無論、これも設定通りである。
しかし、【リアライザー】の身体能力は物理法則に準じている。
つまり、彼女は飛べもしないのに、飛べる感覚で身体を動かす癖が染み付いているのだ。
これは非常に危ういことだった。
普段は意識することが出来ても、先程のように咄嗟の無意識の行動までは抑えられない。
「? どうかしましたか?」
撫で方が甘くなったのか、撫でられ飽きたのか。
サーニャは楽人を見上げて、小首を傾げた。
「何でも無いよ」
楽人は笑って誤魔化した。
(癖なんて簡単に直るものじゃない。俺が気を付ければ済むことだ)
生き物は簡単に変われない。
だから群れを成して協力し合う。
そこに人間と【リアライザー】の違いは無かった。
「あっ、何か隠してる顔です」
「ほんとに何でも無いって」
「言ってください。気になるじゃないですか~」
「言っていいの?」
「はい。お願いします」
サーニャが小さな両の拳を握り締め、真剣な眼差しで楽人を見つめ、どんな理由でも受け止める意気込みを見せた。
だから楽人も真顔で応えた。
「照れるサーニャが可愛くて見惚れてた」
「へっ?!」
サーニャの顔が一瞬で真っ赤になり、彼女は慌てて両手で顔を隠した。
(サーニャの可愛い顔に見惚れながらでも無ければ、俺が真面目なことを考えられるはずが無いからな)
それは“ミレニアム戦記”を横に受験勉強をした男の自己分析だった。
「あらあら、熱いわねえ~」
母親が息子たちを冷やかす。
楽人は根拠の無い自信を見透かされたような気がして、少し憮然とした。
「む~……」
母親の言葉でもダメージを受けたサーニャが、眉を顰めて口を可愛く尖らせる。
「ほら、置いてくぞ」
「む~……」
何が気に入ったのか、気に入らないのか。
サーニャが顔を隠していた自分の手を見て、楽人に対しても口を尖らせる。
まるで機嫌を悪くした子供みたいだった。
「サーニャ……?」
「……手?」
「手?」
「……手を繋いでくれたら許してあげます」
楽人はサーニャに言われて初めて、昼食を食べてから手を繋いでいなかったことに気付いた。
無論、彼に否は無い。
「これでいいか?」
「はい♪」
楽人がサーニャの手を取ると、彼女は直ぐに機嫌を直して、しっかりと手を握り返した。
その手は午前中よりも力が入っていて、「もう二度と離してやるものか」という強い意思を、楽人は感じた。
両親だけでは無く、周りの通行人たちからも生暖かい視線が注がれる。
サーニャは冷やかしには照れる割りに、こういうことには全く動じない。
楽人は自分だけ照れるのも悔しいので、平気な振りをして、アパレルショップへ歩き出した……。
隙あらば砂糖!




