初デート:ランチ
到着したのは雑居ビルの二階にある、普通のファミリーレストラン。
サーニャの初めての外食になるので、母親は種類の豊富なファミレスを選んだ。
ファミレスの中では味が評価されているチェーン店なので、専門店には及ばないがハズレが少ない。
「いらっしゃいませ。お名前を頂戴できますでしょうか?」
「四名で予約しておいた須磨です」
「須磨さまですね。お席にご案内いたします。こちらへどうぞ。……四名の須磨さま、ご来店で~す!」
地味な給仕服のウェイトレスが出迎え、父親が彼女に予約を伝えると、彼らをボックス席へ案内した。
通路から見て右側の席に母親と父親が、左側の席にサーニャと楽人が座った。
「うわぁ……」
窓の外を見たサーニャが、その景色に目を奪われる。
外の通りは、色取り取りの服を着た人々が行き交い、一瞬として同じ景色を見せなかった。
(外からは目立っていないよな?)
楽人は外の様子に変化が見られないことに安心した。
建物の中から見下ろすとそうであるように、外から見上げても個人の判別は難しい。
サーニャの黒髪が窓側を向くような席に座らせたのも、そのためだった。
「ご注文がお決まりになりましたら、お声掛けください」
サーニャが去っていくウェイトレスを物珍しそうに見送った。
「ウェイトレスならあっちにも居なかったか?」
楽人は“ミレニアム戦記”を思い出しながら尋ねた。
彼からしてみれば、中世風ファンタジー世界に登場する酒場のウェイトレスも、現実のファミレスのウェイトレスも、大差が無いように思えた。
「日本のウェイトレスって、言葉遣いが丁寧なんですね。貴族のメイドかと思いました」
サーニャが鍔広帽子を脱ぎながら答えた。
「なるほど……」
楽人はフィクションと現実の違いを思い知らされた。
ファンタジー世界の食堂――所謂酒場は、西部劇のように荒くれ者が集まる印象が強い。
同様に、そこで働くウェイトレスにも、礼儀正しい印象を持つ者は少ない。
現代社会では常識である客商売の礼儀正しさも、無法者相手では逆効果なのだから、それも当たり前のことだった。
「サーニャちゃんは、どれが食べたい?」
楽人がカルチャーショックに陥っていると、母親が正面からサーニャにメニューを広げて見せた。
彼が隣に座ったメリットを奪われて、慌ててテーブルを見渡すと、
「父さんのお勧めはこれだぞ」
彼の探していた期間限定用のメニューは、既に父親の手の中にあった。
「う~んと……」
サーニャはメニューに載っている大量の写真を見比べて、可愛く唸った。
正面に座る父親と母親が、それを微笑ましそうに見る。
サーニャの横顔しか見えない楽人は、それは違うと分かっていても、両親が煽っているように見えて敗北感を感じた。
(!)
彼の脳裏に、こういう時にクラスの女子がよく言うセリフが閃いた。
「好きな……」
「気になったもの、好きなだけ頼んで良いわよ。皆でシェアしましょう」
……そしてまた母親に先を越された。
「え? いいんですか?」
「ええ、良いわよ良いわよ。どうせ余ったら楽人とお父さんが全部食べるんだから、幾らでも注文しちゃいなさい」
「ガクト……」
サーニャが期待に満ちた目で、上目遣いに楽人を見る。
「いいぞ。好きなだけ頼め」
楽人は心の涙を隠して、笑顔で平静を装った。
「わぁ~い! ありがとうガクト!」
彼の荒んだ心に、好きな子の笑顔は眩しかった。
母親がニヤニヤと彼を見る。
(くっ、今日はこれくらいで許してやるか)
楽人は心の中で母親に感謝した。
……それから二時間後、彼は地獄を見ることになる。
* * *
「お待たせいたしました。こちらがご注文の―――でございます」
楽人がサーニャにスマホの基本操作を教えていると、最初の料理が到着した。
彼は、『好きな子に知識を衒らかして尊敬を集める』という、至福の時間の終わりを惜しみながら、スマホを上着のポケットに入れた。
サーニャもそれを真似をして、スマホをポケットに入れると、大事なものを確かめるように服の上から手を当てて確認した。
「いただきます♪」
母親に促されて、注文したサーニャが最初に料理へ手を伸ばした。
そういう意味では、このランチの注文は全てサーニャに優先権がある。
サーニャが箸で料理を摘まむ。
日々の訓練の成果か母親の指導の賜物か。
サーニャの箸使いは小学生レベルに達していた。
初めて見る料理を恐る恐る口に運び、
ぱくっ
「おいしい~♡」
サーニャは両手で口を押えて喜んだ。
一口、二口と、料理を次々に口へ運んでいく。
「お待たせいたしました。こちらがご注文の―――でございます」
直ぐに次の料理が運ばれて来た。
サーニャはまだ最初の料理に御執心だったので、楽人は彼女より洗練された箸使いで、先に新しい料理へ箸を伸ばした。
ひょいっ、ぱくっ、むしゃむしゃ……
「あっ、それどうですか?」
サーニャは漸く次の料理に気付いて興味を示した。
楽人が箸でもう一つ摘まんで、
「旨い」
と言って口に放り込むと、
「わ、わたしも食べます!」
無くなったら大変とばかりに、サーニャも新しい料理に手を伸ばした。
サーニャから解放された最初の皿に、母親と父親が箸を伸ばす。
彼女たちの賑やかなランチは、まだ始まったばかりだった……。
* * *
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
最後にデザートを運んできたウェイトレスは、爽やかな笑顔で定番の台詞でオーダー終了の確認を行った。
「サーニャ、何か追加で注文する?」
「いいえ、ガクト。もう十分いただきました♪」
サーニャが可愛いお腹に手を当てて擦る。
楽人の視界の片隅に映る彼女のお腹は、全く膨らんでいなかった。
彼女があまり食べなかった訳では無い。
彼女は自分で注文した料理を、何れも半分以上食べた上で、お腹が膨らんでいない。
彼女以外が注文した物は、各自の飲み物とデザートだけ……。
敗戦処理を覚悟していた楽人と父親は、密かに震えた。
彼らの胃袋はいつもより膨れ、心地良い重さに満足している。
つまりサーニャは……。
――サーニャは家でもよく食べる。
母親に出された料理を残したことが無い。
飽くまで残さないだけで、並べられた料理が無くなれば、それ以上は欲しがらない。
母親の作る料理は、いつも大差無い量なので、彼らはサーニャの限界を勘違いしていたのだ。
そんな彼女も、カカオだけは苦手。
“ミレニアム戦記”ではカカオは神聖な食べ物なので魔族は嫌う……といった種族的な理由では無く、単純に独特な苦みが苦手なだけ。
カカオの濃いチョコレートは苦手だが、甘いチョコレートやココアは大丈夫。
そんな些細な設定でも、彼女は影響を受けていた。
そのため、母親の健康用チョコレートの減りは、以前と変わらない。
母親が代表して、笑顔でウェイトレスに頷く。
ウェイトレスは最後まで笑顔を崩さず、御辞儀をしてフロアの定位置へと戻って行った。
髪の半分が白く両目の色が違う程度で反応していては、プロのウェイトレスは務まらないのである。
そんな彼女も、サーニャの変わらず細いウエストに、三人前以上の料理が収まっていると知れば、平静を保てたかは怪しい……驚きよりも嫉妬的な意味で。
ウェイトレスが居なくなると、サーニャたちはデザートに手を伸ばした。
「どーお? 美味しい」
「すっごく、おいしいです♪」
母親がサーニャに感想を求めると、サーニャは幸せそうな笑みを浮かべて答えた。
「良かったわねえ」
「はい♪」
食後のデザートを楽しむ彼女たちを余所に、男二人は、自分たちも料理を注文しても良かったと反省するのだった……。
* * *
「「「「ごちそうさまでした」」」」
デザートを食べ終わって間も無く、楽人たちは食後の挨拶を唱和して、帰り支度を始めた。
「サーニャ、忘れ物は無いよな?」
楽人は一番最初に通路へ出て振り返り、サーニャの忘れ物が無いか、目と口で確認した。
「……はい、大丈夫です♪」
サーニャはポケットの中のスマホを確認して安心し、白い鍔広帽子を被って答えた。
彼らは支度が整うとレジへ向かい、父親が会計を済ませる。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
レジ担当の明るい声に見送られ、楽人たちはファミレスを後にした。
頼んでいいのは食べきれるものだけ!(Unlimited Eating Stmach)




