初デート:スマホ
駅前の駐車場。
車から降りたサーニャは、通りに出ると人の多さに目を丸くした。
「うわぁ~、人族がいっぱいいます~」
ぽこっ
「あいたっ!」
そして第一声からミスをして、楽人に帽子を軽く叩かれた。
「ひ・と、がどうしたって?」
「はわわわ~、人がいっぱいいます~」
楽人が間接的にミスを指摘すると、サーニャは慌てて訂正をした。
「迷子になるなよ」
「これで大丈夫です♪」
サーニャは楽人に注意されると、彼の左側に回って、彼の右手を握って微笑んだ。
後から車を降りて来た両親は、それを見て幼い頃の楽人を懐かしんだ。
サーニャはテレビやネットでしか、地球のことを知らない。
“ミレニアム戦記”にも人混みのシーンはあったが、軍隊であれ、街並みであれ、人々の服装はどれも似たり寄ったり。
それに比べると、現代日本の街並みは、一般人であっても色取り取りで個性豊か。
それを直接目にしたサーニャが、初めて動物園へ行った子供のように燥いでも、致し方のないことだった。
……尤も、“ミレニアム戦記”はゲームなので主人公陣営はその限りでは無く、特に女性キャラクターは個性的な衣装が大半である。
「行くぞ」
父親は息子たちに声を掛けると、当然の権利のように妻と腕を組んで歩き出した。
楽人とサーニャも、その後ろに続く。
「♪」
サーニャは歩き出してからも、周囲の景色に目移りして浮かれていた。
月凪市は人口三十万人の中核市。
大都市では無いけれど十分に栄えていて、駅前は日曜日らしく人で溢れ、その往来は人の流れが途絶える気配が無い。
(連れて来て本当に良かった……)
楽人は楽しそうなサーニャの様子に頬を緩ませた。
彼女の安全だけを考えるなら、人気の多い都市部まで来る必要は無い。
買い物だって、外食だって、近所で済ませた方が良い。
でも、それでは態々外出する意味が無い。
楽人はサーニャが好きで、彼女が大事だったから。
彼女を護りたい気持ちと同じくらい、彼女を喜ばせたい気持ちが強いことも自覚していた。
それは多分、一昨日の出来事も無関係ではないんだろう。
彼らの目の前を、若い女の子の二人連れが通り過ぎた。
ピンクの髪に銀色の目。
紫の髪に橙色の目。
しかし、その顔は飛び抜けて可愛い訳では無い。
(それに駅前の方が目立たない)
彼女たちは【リアライザー】では無い。
駅前なら、彼女たちのような、派手な髪やカラーコンタクトが珍しくないことも、楽人の背中を後押しした理由の一つだった。
「あれっ! あれは何ですかガクト?」
サーニャが楽人の手を引いて、携帯ショップを指差した。
店先には看板こそ出ているものの、店のガラスには広告が貼られているだけで、商品が並んでいない。
彼女の原作には携帯電話の類が無かったため、店の見た目で分かり難いこともあって興味を惹かれた。
「サーニャにはまだ早い」
「えぇ~?! なんですかそれは~~!?」
楽人が軽く遇うと、サーニャは不貞腐れた。
「サーニャちゃん、あれはね……」
母親が楽人に代わって、サーニャに優しく説明を始めた。
【リアライザー】であるサーニャには身分証明書が無いので、スマホの契約は出来ない。
現状、サーニャは楽人のパソコンでネットを見ている。
仮に契約が出来ても、家から出ないサーニャにスマホは無用の長物だった。
「ちょっとサーニャちゃんと見に行ってくるわね」
サーニャを説得していたはずの母親が、息子と夫に声を掛けて、サーニャと連れ立って携帯ショップへ姿を消した。
残された男二人は、携帯ショップが見える通りの植え込みに腰掛け、彼女たちをのんびり待つことにした。
* * *
(本当にここは人が多いなぁ……)
楽人は携帯ショップを視界に収めながら、ぼんやりと考えた。
目の前の通りは、視界が通らないほどでは無いが、相変わらず人が引っ切り無しに行き交っている。
彼は週末に駅前へ来ることは少なかったが、それでも長年過ごして来た見慣れた街並み。
今、その通りにある小さな店に、彼の愛する空想世界の住人が居る。
もしかしたら、俺が気付いていないだけで、今この瞬間も【リアライザー】が目の前を通り過ぎているかもしれない。
(不思議な感じだ……)
フィクションの中だけの存在が現実に現れた者、【フィクション・リアライザー】。
彼が直接面識があるのは、サーニャとユントロの二人だけ。
後は精々、学校や塾への往復でも何人か見かけた程度。
テレビでは、番組ごとに違う【リアライザー】が出演しているが、その総数は依然として知れず。
(人気キャラは全員【リアライズ】したんだろうか?)
彼が知る作品は、決して多くない。
しかし、彼が時々見る小説投稿サイト、“小説家になろうぜ”には100万以上の作品がある。
その主人公だけでも100万人以上に達する。
もし仮に、フィクションのキャラクターが全員【リアライザー】になっていたら、日本人の120人に一人は“小説家になろうぜ”の主人公と同居していることになる。
(……有り得ない)
世の中には小説以外にも、日本だけで万単位の漫画やゲームがある。
その割りには、有名作品の有名なキャラクターでも、【リアライザー】の目撃情報が少ない。
≪思いが足りないと生まれない≫
彼はサーニャの言葉を思い出した。
(実は有名キャラでも難しいのか? それとも皆、俺みたいに隠しているだけなのか?)
須磨楽人は隠し、音無静香は公表している。
それが平均だと考えると、彼が見かけた人数から、【リアライザー】の数は人口の1%に満たないと思われた……。
「――お待たせ」
母親に声を掛けられて、楽人は物思いから現実に引き戻された。
彼の隣では、一緒に植え込みに座っている父親が、小さく手を挙げて最愛の妻に応えていた。
「ガ~クトっ♪」
両手を後ろで組んだサーニャが、楽人の前まで来て、嬉しそうに前屈みになって視線を合わせた。
ワンピースに包まれた大きな胸が、屈んだ勢いで暫く揺れていた。
「じゃ~んっ!」
どこで覚えたのか、サーニャは口で効果音を演出して、彼に両手を差し出した。
「スマホ?」
その手には、楽人と同じスマホが握られていた。
機種だけでは無く、色まで全く同じ。
「おっそろい~♪」
「やったな」
楽人はお揃いを喜ぶサーニャに一先ず祝辞を送った後、彼女の後ろに視線を送った。
「……母さん、契約は?」
「安心しなさい。契約は私の名前、契約内容は楽人と同じにしておいたわよ」
母親は自信に満ちた顔で答えた。
通常、一人が契約できる回線の数には限りがあるが、一つで十分な彼女は、身分証明書を持たないサーニャの代わりに名前を貸した。
「それにしても、機種はまだしも契約まで覚えてるとは思わなかったよ」
「その方が楽人が教えてあげられるでしょ?」
母親がニンマリと意味深に笑う。
(流石俺の母さんだ。相変わらず、俺の二手も三手も先を読む気配り上手だ)
くぅ~……
楽人が母親に感心していると、彼の顔の近くで、聞き覚えのある可愛らしい音が鳴った。
雑踏の途切れない街中なので、それが聞こえたのは目の前の楽人だけ。
「母さん、腹減った。俺待ち草臥れて、お腹ペコペコだよ」
楽人はサーニャを一瞥もしないで、お腹を擦って母親に空腹を主張した。
「はいはい。予約はしてあるから、もう少し我慢しなさいね」
母親は小さい子供をあやすように相槌を入れる。
楽人が彼女から目を逸らすと、またサーニャと目が合った。
彼はわざとらしいほど、口角を上げて見せる。
(目立つサーニャをこれ以上目立たせてやるものか)
サーニャの顔が、少しばかりの恥ずかしさと嬉しさに照れる。
楽人は立ち上がって彼女に手を差し伸べた。
「行こう」
「…うん!」
サーニャが笑顔でその手を握る。
楽人たちは父親の先導で、予約した店に向かった……。
どうせ使わないとか言ってはいけない(戒め)




