番外編:バッドエンド7
――月凪市。
【七災厄】の一人、サーニャ・アンティノーマが支配する街。
いや、支配というのは正確ではない。
彼女は支配などしていない。
只好き勝手に振舞っているだけだ。
彼女は愛する【共生者】とイチャイチャするためだけに、その比類なき魔力で全ての障害を排除する。
彼女の魔法は、最強の隕石召喚デッドエンド・インフェルノだけでは無い。
手を振り翳せば微風は吹雪と化し、振り下ろせば晴天から雷が轟き叫ぶ。
荒れ地を指差せば森が生い茂り、荒波を見渡せば海は静けさを取り戻す。
草も木も、火も水も、風も大地も、全ては彼女のためにある。
彼女の意思は、天変地異さえも従える。
――故に【七災厄】。
そんな彼女が加減をするのは、楽人とイチャイチャする場所が無くなると困るからという、ただそれだけの理由。
つい先日も、楽人の悪口を言っている桜井姫奈を、偶然見つけた時は酷かった。
その左半身を太陽より熱い熱でジワジワと焼き、その右半身を見るも悍ましい疫病でジワジワと腐敗させ、長い時間を掛けて甚振り殺した。
楽人が止めなければ、或いは、サーニャが途中で加減することに飽きなければ、ひとメスの苦しみは未だに続いていたかもしれない。
しかし、サーニャは楽人が関わらなければ、至って常識的な(?)恋する乙女。
だから、誰もが彼女の機嫌を損ねまいとした。
それは人間だけでは無く、バトルマニアの【Zナンバーズ】ですら例外では無い。
彼らでさえ、月凪市近隣で暴れることを避けた。
そしていつしか、月凪市は彼らにとっても、のんびり食事をしたりする憩いの場となっていた…。
そんな月凪市の中心、月凪駅前の裏通りにある繁華街。
「よっ、真一郎」
高いスーツを着込んだ紅顔の美少年が、同じくスーツを着込んだイケメンに声を掛けた。
「なんだ耕介か」
真一郎と呼ばれた青年が振り返る。
見るからに絵になる二人。
彼らは【リアライザー】である。
彼らだけでは無い。
繁華街を歩く男女の一割が見目麗しい【リアライザー】。
1%が聞いて呆れる、あまりにも異常な人口比。
それは何故か?
それは彼らが、頭脳派悪役だからである。
――【リアライザー】は設定通りの力が再現されている。
しかし、再現されるのはキャラクターの設定であって、作品の設定では無い。
彼らの作中での成果の大半は、彼らの能力の結果ではなく、作品の展開による産物。
そこに彼らの知能は関係ない。
《作者より頭の良いキャラは作れない》
有名な言葉だが、これは正しくない。
馬鹿でも時間を掛ければ難問を解けるように、時間を掛ければ作者より頭の良いキャラは演出できる。
それは人間にも同じようなことが言える。
頭の良い人間も悪い人間も、等しく詐欺師に騙される。
これは詐欺師の知能が特別高いのではなく、IQやEQなどが公称に反して、特定のパターンに対する適応力でしかないため。
実際は、IQが160あろうが70だろうが誤差の範囲。
現実には公称の100前後と変わらず、時間を掛ければ容易く逆転する程度のもの。
それではフィクションのキャラクターはどうか?
確かに、彼らは何桁もの暗算が出来たり、複数の言語を話せたりするだろう。
けれどそれ以上に、凡人に言い負かされ、騙され、心酔し、遅れを取ることもまた事実。
それは自己投影を楽しむギャルゲーや乙女ゲー、ハーレムラノベに於いて、主人公の頭脳が人並みに設定される弊害。
――天才美少年/美少女が惚れて褒めてくれる展開を嫌う人間は少ないのだ。
その結果、所謂頭脳派キャラは設定上のIQが百でも、千でも、万でも、その実態はIQ100の凡人と変わらない。
それは【リアライザー】が、設定を反映されているが故の現実。
設定を再現された【超人】たちが犇めく中、そんな彼らが選んだ道がホスト/ホステスである。
真一郎たちは、原作からして“普通”の主人公を垂らし込むのが役割。
そんな彼らにとって、ホスト/ホステスは天職以外の何物でもない。
【リアライズ】によって今までの社会が崩壊した、明日をも知れない世界。
心の拠り所を求める人々は、夢か画面の中にしか居なかった美男美女が、直接接待してくれることに依存した。
「最近調子はどうだ」
「ぼちぼちってとこさ」
真一郎が言う通り、最近は特に変わったことは無い。
馬鹿が週に数人死んでいる程度で、下手をすると【リアライズ】前より平和だ。
「ふぅ、そうか。お前は彼女に溺れるなよ」
「彼女?」
「“鉄壁の姫”だよ」
――“鉄壁の姫”、イージス・プリンセス。
【リアライザー】に貢がせるリアライザー活動、略して“リア活”のプロ。
彼女は数多の【リアライザー】に愛されているが、決して心を許すことは無く、その胸は薄く、とても薄く、果てしなく薄く、男は元より子供よりも薄い、正に絶壁。
そこで付いた徒名が“鉄壁の姫”。
――この月凪市の繁華街で、その名を知らぬ者は居ない。
彼女は【リアライズ】以前から、過剰な報酬を求めない。
今の彼女が求めるのは、生活圏の安全。
それがこの月凪市の平和に一役買っていた。
ざわっ
繁華街の一角が騒めく。
その先から現れたのは一人の少女。
その出で立ちは華やかではあるが、下品な派手さは無く、服の隙間から覗く鎖骨や太ももを除けば露出も少ない。
控えめの化粧は、それでも女らしさを主張し、胸元はフリルが無ければ平面と変わらない。
フィクションにありふれた露出痴女とは違う、それは正に清楚ビッチ――
――噂の鉄壁の姫、綾波貴巫女その人である。
「姫だ!」
耕介が彼女の下に駆け寄る。
その姿は遊んでくれる飼い主を見つけた時の飼い犬そのもの。
注意を促した本人の有り様に、真一郎が肩を竦めながら追い駆ける。
無論、豊満好きの彼も、当の昔に“鉄壁の姫”の虜である。
貴巫女は寄って来るホストたちに笑顔で応えつつ、目敏く街に変わりがないことを確認する。
彼女は【リアライズ】から間も無く、親友の範子が馬鹿をやって、巻き添えで命の危機に晒された時に決意した。
≪自分の生活圏だけでも、何としてでも守ろう≫と。
その成果が今の月凪市。
範子はもうこの世に居ない。
「ガクト~♪ 待って~っ♪」
貴巫女の心の平穏は、遠くから聞こえてきた声によって終わりを告げる。
彼女が道を空けると、繁華街の者たちもそれに倣って道を空ける。
事情を知らない余所者の【リアライザー】も、ホストやホステスに手を引かれて道を空ける。
「ガクト~♪」
「ははははっ」
その空いた道を、楽人とサーニャが通り抜けていく。
楽人はゆっくり走り、サーニャは小さな蝙蝠の羽でフワフワと飛び、入れ替わり、立ち代わり、手を繋ぎ、離し、また繋ぎ、繁華街の通りを過ぎ去っていく。
それは一見すると、恋人同士の他愛ない鬼ごっこ。
しかしその実態は、誤って楽人に声を掛けた女性がサーニャの逆鱗に触れ、楽人が憐れんでサーニャの気を惹いてその場を離れた、温情から始まった鬼ごっこ。
楽人が機転を利かさなければ、その場はサーニャの怒りの炎(魔法)で跡形も無く焼き尽くされていた。
擦れ違い様、楽人が貴巫女に手を振る。
サーニャも、それで彼女に気付いて手を振る。
楽人が手を振った女性が、サーニャの唯一の親友で無ければ、サーニャの雷(魔法)が相手に落ちていた。
…あの日の範子のように。
貴巫女は胃をキリキリと痛めながら、笑顔で手を振って彼らを見送る。
他の者は手を振らない。
振るわけにはいかない。
ホストであっても手を振らない。
釣られて女性が手を振ってしまえば、惨劇の未来を誰も否定できないのだから。
…それが彼ら、頭脳派悪役キャラたちの生存戦略。
世界有数の平和な街、月凪市。
その平和を外部から守るのは、【七災厄】の一つ、サーニャ・アンティノーマ。
その平和をサーニャから守るのは、楽人や貴巫女の涙ぐましい努力。
綾波貴巫女は今日も胃薬を飲みながら、切実に願う。
「…誰か代わって」
と。
(*´ω`*)「どんなに有能な人類でも所詮現実の人間。空想の体現者に勝てるはずがないのです」




