帰り道
「もうこの辺でいいっしょ?」
範子が楽人の手を握ったまま足を止める。
楽人の足も止まり、左腕に抱き着いているサーニャも止まった。
プリ機を離れて数メートルも歩くと、少し広い場所に出た。
他の客も、他人の邪魔にならないように、この辺で写真を見ている姿が目立つ。
「そうだな。綾波さん」
両手が塞がっている楽人が、首だけ貴巫女の方を振り向く。
貴巫女は小さく溜め息を吐くと、楽人たちの前に回り込んで写真を差し出した。
「はい、どうぞ」
サーニャと範子が楽人と繋がったまま、半歩前に出て写真を囲んだ。
「どれどれ、どんな感じかな~☆」
写真はいずれも中々の力作揃いだった。
範子の盛った写真は最初に撮ったもの。
ベージュの背景に、範子とサーニャが前列でピッタリとくっ付き、貴巫女と楽人が後列で少し離れて立ち、全員揃って外側の手で横ピースのポーズ。
被写体のイメージはきらきらアイドルで、光加減が秀逸。
目が盛られていて、二重まぶたと涙袋に、ピンクのラメでシャドウが入り、ギャルやキャバ嬢のような感じに仕上がっている。
特筆すべきは範子のアイカラー。
左目が緑、右目が赤になっていて、隣に並んでいるサーニャと左右対称。
全体を額縁のようなフレームが囲っていた。
「綺麗にできてます♪」
サーニャの写真は、薄いイエローの背景。
前列では楽人とサーニャが手を握って寄り添い、後列では範子と貴巫女が、二人の顔の間に外側の手を合わせてハートを形作っている。
淡いピンクの手書きの大きなハートが、全員の顔を一纏めに囲い、周囲にはこれまた手書きの、色取り取りの小さなハートが大量に舞っていた。
特筆すべきはその背景。
背景の左半分が、手書きで薄いパープルに塗り潰されていた。
紫と黄色、メスリンの瞳の色のイメージである。
「シールだと少し潰れたみたいね」
貴巫女の写真は、濃いブルーの背景。
貴巫女とサーニャが前列で撮った二枚目の写真。
一枚目は上手く取れていなかったので、リベンジしたものだ。
ポーズは二人が向かい合って、人差し指をお互いの口に当ててカメラ目線。
後列では範子が楽人の腕に抱き付いている。
青系の色を何種類も使って、被写体を避けて背景だけ斜めに引いた天の川。
白と黄色と赤の潰れた菱形みたいな星々が、背景中に散らばっていた。
「こんなもんか」
楽人の写真はライムグリーンを背景に、四人がダイヤモンド型に並んだもの。
範子が後列で両手横ピースをし、中列ではサーニャと楽人が少し離れて肩の高さで手を繋ぎ、前列の貴巫女は少し前屈みで薄い胸元がワンピースから見えそう。
デコレーションはシンプルで、四人の中央に手書きのユントロと、周囲にデフォルメされた花のスタンプが入り乱れているくらい。
最初は皆、自分の加工した写真の出来栄えを確認した。
数センチ四方のシールになると、多少の粗は目立たない代わりに、細部に拘っても潰れてしまう。
その影響を諸に受けたのはサーニャだったけれど、彼女は初めての本格的なデコレーションに満足していた。
自分の確認が終われば、次に気になるのは他の人の写真。
「うんうんサーニャんのハート可愛い☆ 貴巫女っちのうちぅキラキラ☆ 須磨っちの……ちょ、ま! 何これ可愛いっ☆」
「えっ?! ガクトのどれですか!? …ユントロですっ♪」
範子とサーニャは、楽人の描いたユントロを発見して目を輝かせた。
写真は選択順に印刷されていたので、どれが誰のデコレーションかはバレバレだった。
「あの短時間でよくやるわね」
貴巫女が顔を上げる。
写真を受け取った時に見ていたので落ち着いたものだ。
「ありがとう。でも縮小のお陰だよ。拡大したら見れたものじゃない」
楽人は両腕を塞がれていて肩を竦められず、代わりに眉尻を下げて謙遜した。
「それより綾波さんの天の川、グラデーションが利いてるね」
「ありがとう須磨君。でも私も縮小のお陰よ」
「はははっ」
いつの間にか、サーニャと範子も彼の顔を見ていた。
「シールはどうする? 自分がデコったので良いか?」
楽人が尋ねると、サーニャと範子は皆の顔を見たり、シールに目を落としたりして悩み始めた。
「…盛り盛り…ハート…ユントロ…盛り盛り…ハート…ユントロ…盛り盛り…ハート…ユントロ……」
「……ガクトのユントロ……貴巫女さんのお星様……」
(悩むほどのことかな? 自分で欲しいから落書きしたんだろ?)
楽人はノートにした落書きを忘れていたことを棚に上げ、目の前で唸る彼女たちを訝しむ。
「この中から一つ選べだなんて、須磨っちのおにちくっ!」
範子が意外と真面目な顔で彼を責める。
「選べませ~ん…」
サーニャも目に涙を浮かべて、上目遣いで彼を見た。
彼女の涙に勝てない楽人は、助けを求めて正面の貴巫女を見る。
「範子、もうダウンロードできるんじゃない?」
「はっ! 言われてみれば!」
範子はバッグからスマホを取り出して、プリ機の製造メーカーのサーバにアクセスして確かめた。
「うぃ☆ ダウンロードできるから皆に送るね☆」
ピロンッピロンッピロンッ
範子がサーバからプリクラのデータをダウンロードして、楽人たちに一斉送信すると、彼らのスマホが次々に着信した。
「来ましたっ♪ 全部ありますぅ♪」
サーニャは小さな鞄からスマホを取り出し、写真を見て喜んだ。
貴巫女はスマホを確認すると直ぐに戻し、範子たちに提案した。
「シールはスマホとかに貼りたいのを選んで、後はスマホの待ち受けとかにすればいいでしょ」
「はいっ♪」
「おけい☆」
サーニャたちがシールを選び始めた横で、楽人は自由になる左手だけで、スマホの壁紙設定をサーニャのデコった写真に変更するのだった。
* * *
結局、シールは全員、自分でデコった物を選んでスマホの裏に貼った。
彼らが延々悩んでいる内に、九条たちもプリクラを撮り終わり、楽人たちの背後を通りかかった。
それに気付いた貴巫女が人差し指を口に当てると、九条も人差し指を口に当てて統子たちを促し、先にプリクラコーナーを後にした。
新しいプリクラに御執心のサーニャと範子は気付かず、楽人は彼らを見なかったことにした。
それから間も無く、
「それじゃあ帰るか」
「はいっ♪」
楽人たちは意気揚々とプリクラコーナーを後にし、帰路へ就いた。
途中、「毎日違うアイスを楽しんで欲しい」で有名な365アイスクリームで、七段重ねのアイスを買ったサーニャが食べている途中で落としたり、書店業界大手チェーンの期伊國屋書店で、貴巫女がグロいデスゲーム漫画を手に取って、横から覗いた範子が吐きそうになったり、出口付近のバラエティショップで、範子が印刷したプリクラ用にコレクションケースを新調して、サーニャもお揃いの物を買ったりしたくらいで、特に何事も無くエイオンモールを後にした。
駅へ向かう最中も、サーニャは楽人の腕に抱き付きながら、ずっとスマホの画面に映るプリクラに御執心だった。
転びそうになった彼女を楽人が支えたのも、一度や二度では無い。
初めての友達との思い出の品に浮かれる彼女に、彼は少しだけ妬いたけれど、それ以上に温かい気持ちになった。
(サーニャにやっと友達が出来たんだ。【リアライザー】が普通に生きられる時代は、もう始まっているんだ…)
【リアライザー】が現れて早二ヶ月。
早くはあるが、決して短い時間ではない。
その間に世間では色々な出来事があった。
人権問題や版権問題、個人、団体、国家……楽人の知るだけでも、数え上げれば切りが無い。
しかし、それでも今、人類は【リアライザー】との共存に向かっている。
その為に動いている人たちが居る。
(国、政府…)
【超生物保護法】を作った人たち。
(警察、自衛隊、裁判官、人権団体、活動家たち…)
それを守っている人たち。
(…彼らには感謝しかない)
楽人は彼らに感謝した。
(これからも人類と【リアライザー】の間には、様々な問題や障害が立ち塞がるだろうけれど、彼らなら何とかしてくれるはず)
彼は他人にあまり興味は無かったけれど、サーニャと出会ったことで多くのことを知った。
人間は身勝手で小悪党が多く、どうしようもない悪人も少なく無いけれど、同様に、本気で他人のために動ける者も少なくないことを。
そこには人間も【リアライザー】も違いは無かった。
(俺なんて只の学生だ。ヒーローでもチーターでも無い俺に出来ることなんて、高が知れている)
彼は自分が物語の英雄でも、才気溢れる天才でも無いと自覚していた。
(だから…)
彼が視線を左に向けると、彼の愛して止まない半身が、スマホから顔を上げて彼を見上げた。
「ガクト?」
特に理由は無い。
彼女は何となく、そうしなければならない欲求に駆られて彼を見たのだ。
「楽しそうだな」
彼は先程までの真面目な顔から優しい顔になって、素直な気持ちを口にした。
「はいっ♪」
彼女は万感の思いを込めて微笑んだ。
彼も笑顔で返すと、彼女は小首を傾げて、再びスマホに視線を落とした。
(…だから俺はサーニャのために出来ることをする)
それが彼、須磨楽人の覚悟だった。
* * *
駅前に到着した。
楽しい時間も、永遠には続かない。
永遠の名を冠したショッピングモールにも閉店時間があるように、何時の間にか別れの時が訪れていた。
範子は繋いでいた楽人の右手を離すと、数歩駆けて振り返って笑顔で言った。
「今日は付き合ってくれてあんがと。マジ楽しかった☆」
範子はお膳立てに気付いたことを隠そうとしたけれど、言葉の端々が隠し切れていなかった。
「わたしも楽しかったです♪」
サーニャは気付かず、無邪気に笑った。
「二学期に間に合いそうか?」
楽人が空いた右手で指を二本立てて見せると、唯一事情を知らないサーニャは小首を傾げて、彼の真似をしてピースサインをした。
「くすっ。もち☆ 須磨っち成分とサーニャん成分をい~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っぱい充填できたかんね☆」
それを見た範子は、満面の笑みで彼らにピースサインを返した。
その横で、親友の貴巫女が肩を竦めた。
範子のモチベーションは得られても、最後まで手綱を引くのは彼女なのだ。
「それじゃ、またな」
「さようなら、のりっちさん、貴巫女さん」
「またね、サーニャん、須磨っち☆」
「須磨君、サーニャさん、今日は本当にありがとう」
お互いに手を振って別れた。
それは友達同士のよくある光景。
けれども、サーニャにとっては初めての、友達と遊んで迎える別れだった。




